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第3章 お姫様、着せ替え人形にされる

   ††(フィリス視点)


 クルクス砦に望んで赴任してきたフィリス王女だったが、砦に着任したときに与えられた部屋は、彼女の侍女たちを呆れさせるものだった。


 勿論、砦の司令官に与えられる部屋ゆえ、間取りや内装などは、下級の兵士たちからは想像も付かないようなものだったが、それでも一国の姫が滞在するにしては無骨すぎたし、華麗さに欠いた。


 ゆえに、着任したその日の最初に行われた仕事が、部屋の模様替えというのは、至極当然だった。

 以来、王女の部屋には色とりどりの花々が飾られ、ベッドにも簡易的ではあるが天蓋(てんがい)などが備え付けられるようになった。

 侍女たちは最低限の仕事はこなし、満足していたが、それも過去のものになってしまった。


 なぜならば、自分たちの使える主、フィリス王女が浮かぬ顔をしていたからである。

 彼女に仕える侍女の一人、最も古株のマリーは、遠慮がちに尋ねた。


「おひいさま、気分でも優れませぬか?」


 その言を聞いたフィリスは忠実な侍女の方へ振り向くと、彼女の顔を見つめた。

 相談しても良いものか、判断に迷ったが、フィリスは結局相談した。


一人で考えていても良案が浮かぶとは思えなかったし、今考えていることは軍事機密でもなく、この砦に住まう人間ならば誰でも知っていることだった。それに彼女たち、特にマリーは信頼が置ける人物だった。


「……自分の無能さ、頭の回らなさに少し憂鬱になっていたのです」

「まさか。マリーは、おひいさまほど賢いお方を知りません」

「ありがとう。でも、それは買いかぶりすぎです」


 本当に賢いものならば、刺客に狙われる可能性があるのに、僅かな手勢で砦を飛び出したりしないだろうし、護衛の者とちりぢりになったりもしないだろう。そもそも、少しでも要領よく立ち回れるのならば、こんな砦に赴任などしていなかったかもしれない。


「わたくしの勝手な振る舞いで砦は大騒動になったと聞きました。あの温厚なザハード千人隊長も珍しく怒っていました」


「ザハード千人隊長、ですか……」


 あの方は怒っている、というよりも()ねている、と表現した方が適切なような気がした。


ザハード千人隊長とは、フィリス王女がこの砦に赴任する前の砦の主で、長年に渡り北方の地を守ってきたエルニカ王国の宿将だった。


 実績も能力も申し分のない人物なのだが、突然、王都から姫将軍が派遣されてきてその下に組み込まれたこと、王宮や部下たちから年寄り扱いされることが多くなってきたことに憤っている、ともっぱらの評判だった。

 マリーはそのことをよく知っていたが、今は言っても詮ないことなので、話を本筋に戻した。


「確かにおひいさまは自身を危険にさらす、というこの砦を預かる者として、一国の王女として、してはならないことをされました。正直、マリーも少し怒っております」


「……すみません」

「おひいさま!」

「す、すみません」

「……まったく、これだからおひいさまは」


 ちなみにマリーが呆れているのは「すみません」と謝罪したことにある。

 一国の王女が臣下に簡単に頭を下げるなどあり得ないのだ。


 フィリスは幼き頃、王宮の外で臣下の者に育てられたことがある為だろうか、時として町娘のような真似事をしてしまうことがある。


 たぶん、ここでそのことを注意してもまた「すみません」と謝られてしまうだけなので注意しないが、この癖はなるべく早く直して欲しいものだった。


「――こほん、分かって頂ければそれで宜しいのです」


 マリーはそこで(わざ)とらしく咳払いをすると、今度はフィリスを褒めることにした。


「おひいさま、確かにおひいさまの行動は褒められたものではありませんが、それでもおひいさまは結果として見事白銀のエシル様をこの砦にお迎えすることに成功したではありませんか。それは胸を張って他者に誇っていいことだと思われます」


「それです。それなのです」


 フィリスはその言を聞くと、食いかかるようにマリーに詰め寄る。


「確かに白銀のエシル様をこの砦に連れてくることはできました。ですが、わたくしはまだ、彼を軍師にしたわけではないのです」


「なるほど、それで浮かない顔をされていたのですね」


「はい、正直、白銀のエシル様は聞きしに勝るお方でした。見ず知らずのわたくしを、わたくしが王族だとも知らないのにも関わらず、命がけで救ってくれたのです。まさしく、英雄としての器を持っているお方でした」


 エリーが聞いたならば腹を抱えて笑い、本人が聞いたならば苦笑いを浮かべるであろうが、フィリスは続ける。


「白銀のエシル様、――カイル様は噂に違わぬ英雄でした。

 ですがひるがえってわたくしはどうでしょうか? 

 わたくしに彼を迎え入れる資格はあるのでしょうか?  

 将軍として彼を(かたわ)らに置く資格はあるのでしょうか?

 勿論、その資格はある。

 或いはそうでありたい、そう思い、彼を探す旅に出たのですが、実際にお逢いしてしまうと、その自信に何の根拠もなかったことを思い知らされました」


「………………」


 マリーは主のその言を聞き、沈黙してしまう。

 マリーはフィリスのことを、世界一の「おひいさま」であり世界一の「主」だと思っている。彼女の器量ならば天秤評議会の軍師といえども決して見劣りしないとも思っている。


 だが、この不器用な主に必要なのは、そんな言葉などではなく、勢いなのだ。だからマリーは敢えて感情を込めずに指摘した。


「――ですが、今のおひいさまには天秤評議会の軍師、白銀のエシル様のお力が必要なのでしょう?」

「……必要です。この砦のためにも。弟を守るためにも。――そしてこの国の民のためにも」


「ならば余計なことを考えず、エシル様を軍師にすることを考えれば宜しいのです。憂鬱の海で泳がれるのは、エシル様に断られた後でも遅くはありません」


「……マリー」


 その言を聞いたフィリスはしばし忠実な侍女の瞳を見つめると、

「……確かに、確かにその通りです。分かりました。断られるにしても、全力を尽くしてから断られましょう。落ち込むことはいつでもできますから」

 と、いつもの朗らかな表情を取り戻した。


 その姿を見たマリーは、さすがは我が主、と自分の主を選ぶセンスに間違いはなかったと、改めて確認した。

 そして、今度は「どうやってエシルを説き伏せる」かに悩んでいる主に対して建設的な意見を述べた。



 その意見とは、

「男なんてどうせオッパイのことしか考えていないのです」

 作戦だった。


 要は色香で釣れ、という至極単純なものであった。

 男が女の胸のことしか考えていない、などとはマリーの思い込みなのかもしれないが、少なくともあの白銀のエシル様という男は、胸には弱そうだった。


 その理由として侍女たちの顔よりもまず胸をチェックする目の動き、

 連れの童女に対する酷薄さ、などが挙げられるが、

 それよりも何も、些細なことで揺れるフィリスの胸を見逃さない眼光の鋭さが、あの男の弱点を物語っていた。


 フィリスはもちろん、

「カイル様はそのようなお方ではありません」

 と弁護したが、生娘の主張など、この際どうでも良いことだった。


 マリーは後輩の侍女たちに指示をする。


「王都から持ってきた煌びやかなドレスの中でセクシーな物をすべて持ってきなさい」


 その言を聞いたフィリスは軽くおののく。

 セクシーなドレスとはアレのことだろうか?

 王都にいたときでも着ることを拒んだ衣服に身を包むのも耐えられないが、それ以上に、今のように目を輝かせているマリーも恐ろしいのだ。


 この表情を、この瞳をしているマリーを止められるものはいない。

 かつてこの瞳をしたマリーは、一昼夜に渡ってフィリスを着せ替え人形にしてしまったのだ。

 しかし、フィリスはそんなマリーに抗議はすれど、結局はその身を委ねてしまった。

 カイルを説得するにしても、他に方法など思いつかなかったし、彼と逢うのに小綺麗な格好をしておいてマイナスになるとも思えなかったからだ。


 フィリスはしばし羞恥心(しゅうちしん)に耐えながら、この国の未来について思いをはせた。




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