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第2章 美女の正体は・・・

   †


 カイルの目論見は見事に的中した。

 女の親は見立て通り金持ちだったのである。


 しかもカイルの想像以上の金持ちで、その財産はこの国の国土すべてだった。

 つまりカイルが助けた女は、この国の王女だったのである。


 かなり遅れて現れた王女の護衛は、王女の恩人であるカイルに対しても横柄さを隠すことなく、そう説明してくれた。


「本来なら、貴様のような下賤(げせん)(やから)がフィリス様に話しかけるなど、あり得ないのだが」


 王女の親衛隊長を務めるアザークという女のような男は、人を不快にさせる天才なのだろう、そう前置きをすると、王女と会話する許可をくれた。


 一方、王女は人を幸せな気持ちにさせる天才なのかもしれない。


「アザーク、わたくしの恩人に対する無礼は許しませんよ」


 と、アザークを叱りつけると、改めて礼を述べた。

 カイルは改めてこのデコボコ主従を見やると、単刀直入に言った。


「褒美をください」

 と――。


 その単刀直入具合にアザークは呆れ、王女であるフィリスも言葉を失ったが、すぐに表情を取り戻すと、カイルに金貨の詰まった袋をくれた。


 ずしりと重い。

 この感じだと金貨50枚は下らないかもしれない。命をかけた救出劇の対価としては十分満足行くものだった。


 なので、このまま礼を言い、立ち去ろうとする。

 横にいたエシルは「いいのか?」と小声で尋ねる。


「どういう意味だ?」

 カイルは小声で返す。


「お前の大好きな(うし)(ちち)(むすめ)だぞ? 気を引くために助けたのではないのか?」


「――あほ、いくら巨乳の美少女とはいえ、一国のお姫様だ。小説じゃないんだから、ここからラブロマンスに発展することはあり得ないだろう。なら報酬だけ貰ってさっさとお別れするのが正しい対処だ」


「……身も蓋もない男だな」


「師匠曰く、抱けない女は絵の中の美女と変わらない、だ。生憎と俺は挿絵では欲情しないタイプでな。それに――」


「それに?」


「たぶんだが、このベッピンさんはなんだかすげいトラブルの匂いがする。このままここに留まるとモニカ村の少女と出会ったときみたいな、……いや、お前と出会ったとき以上の不幸を俺にもたらしそうだ」


 カイルは改めて王女に視線をやる。

 先ほどまではフードをかぶっていたため気がつかなかったが、この娘、かなりの美人である。


 貴人特有の整った顔立ちと、庶民の娘のような朗らかさを併せ持ち、その身体を覆う金色の髪は、ロズウェル教会が必死に存在を主張する天使の存在を証明するかのようにきらめいている。

 大陸中をさすらい色々な女を見てきたカイルだが、こと可憐さに関しては彼女の右に出る者はいないと断言してもいいほどだ。


「ほんと、これで一国のお姫様じゃなければなあ。せめて大商人の娘なら釣り合いがとれるのに」


 カイルは誰も賛同しない愚痴を漏らすと、今度こそその場を辞した。


 ――したつもりだったのだが、とある言葉に反応してしまう。


 その言葉とは、アザークという護衛がフィリスに発した言葉である。



「フィリス様、白銀のエシル様の探索は我々臣下の者にお任せください」


「わたくしはどうしても白銀のエシル様にお会いせねばならないのです」


「ですが、《奴ら》に嗅ぎ付けられ、このような目にあわれたではありませんか。奴らの手は決して長くはありませんが、次もこのような幸運に恵まれるとは限りませんぞ」


「分かっています。……分かってはいるのですが」



 その台詞を聞いた途端、カイルの素朴な疑問は氷解した。

 つまりなぜこのような可憐なお姫様がこんな辺鄙(へんぴ)なところにいるか、という疑問である。


 なんてことはない、このお姫様は、白銀のエシルを探していたのである。

 エルニカ王国の辺境の村に現れた、という天秤評議会の軍師を自分の臣下に加える。

 白銀のエシルという名の軍師は、一国の王でさえ欲しがるような人材なのだ。このような事態になるのは必然と言ってもいいかもしれない。


 カイルは腕を組み、しばし熟考する。

 《本物》のエシルは、その姿を見てニヤニヤとこちらを見ている。

 その表情がなんだか見透かされているようでむかつくが、カイルは結局、フィリス王女に自分が白銀のエシルであることを打ち明けることにした。


 金貨50枚をくれる度量の深さに感服したということもあるが、軍師を探すという理由だけでこんな辺境の地までやってくるお姫様に興味を引かれた、ということもある。


 ともかく、カイルは自分でもよく分からない理由で、フィリス王女に、

「自分が白銀のエシルである」

 と、印綬を見せてしまった。


 その印綬を見たフィリスは破顔し、はしゃぎ回り、

 護衛のアザークは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


 またも見事な対比であるが、それ以降、アザークの言葉遣いがやや丁寧になったのは言うまでもない。



   †



 カイルはてっきりこのまま王都に案内されるのかと思ったが、フィリスたちに連れていかれた場所は、王都とは似ても似つかない場所だった。


 ジルドレイ帝国との国境付近にある砦である。

 正直、この可憐なお姫様と砦というのは酷くミスマッチである。

 (いぶか)しげな表情をしているカイルに、アザークは説明する。


「フィリス様は現在、この砦に王族将軍として配属されている。国家の安寧(あんねい)のために尽力されているのだ……、いや、いるのです」


「無理に丁寧語になる必要はねーよ。なんだかケツの辺りがムズムズする」

「むう、そうか、それは助かる」


「つうか、お前はお姫様以外にはそんな偉そうにしゃべるのか? そんなんじゃ出世しないぞ」


「馬鹿にするな。他の方々には丁寧に話すわ」

「じゃあ、なんで俺には横柄なんだよ」


「分からない。なんだか敬うのが惜しいというか、気安く話しかけられるというか……」


「……正直な奴だな」


 そう表したが、それ以上追求はしなかった。或いはアザークという男は、その肌でカイルが偽物であると見抜いているのかもしれない。案外、こういう鈍感な奴に足をすくわれるのが詐欺業という奴なのである。注意せねばならない。


一方、フィリス王女といえば、逆にカイルを完全に白銀のエシルだと信じ込み、貴人に対するよう接してくれた。


「エシル様、あの砦が、現在、私が預かっているクルクス砦でございます」


 遥か前方に見えてきた砦を誇らしげに指し示してくれる。

 確かに自慢するだけのことはあり、立派な砦だ。

 この地域にあるということは恐らく北のジルドレイ帝国に対する備えということだろう。あの規模の砦ならば、いかに大陸最強を誇るジルドレイの軍隊でも、容易に侵すことはできないはずだ。


 しかしそれにしてもなぜあのような要塞に一国の王女が赴任しているのだろうか。

 カイルは率直にその理由を訪ねた。


「お姫様っていうのは、てっきり王宮で綺麗な服を着て、庭園でお花でも摘んでいるのが仕事だと思ったんだが」


「確かにそういう姫君もいます。私の姉たちのほとんどはエシル様のおっしゃるとおりの生活を送っています」


「だろう。つうか、正直、君に戦争は似合わない」


「皆にそう言われます。実際、ここに赴任する際も周囲の者に反対されました。ですが、わたくしはここに赴任せざるを得なかったのです。なぜなら――」


「フィリス様ッ!」


 その理由を語ろうとするフィリスをアザークは制止する。


 だがフィリスは、「アザーク、いいのです。これから大陸一の賢者に助力を願おうというのに偽りを申すなど考えられないことです。すべてを打ち明けた上でお願い申し上げるのが筋というものでしょう」と制止を振り切った。


「エシル様、エシル様ほどのお方ならば容易に想像がつくでしょうが、宮廷という場所は一見華やかでありますが、その実、その裏にはおぞましい闇も抱えています」


「光が強力な分、陰も色濃くなる、というわけか」


 フィリスはこくんと頷く。


「恥ずかしながら、わたくしは母と折り合いが悪く、宮廷に居場所がないのです。ゆえに自ら望んでこの地に赴任してきました」


「要は宮廷の陰謀劇から逃れるためにやってきた、というわけか」

「はい」

「つうか、さっきの男たちも、あんたの家庭環境とかと関係あるのか?」

「……恐らくは」

「難儀な人生だな」

「神がわたくしに与えたもうた試練だと思っています」

「………………」


 フィリスは母と折り合いが悪い、などと言うが額面通りに受け取る必要はないだろう。王族の折り合いが悪いイコール命の取り合いをしているということだ。

 先ほど現れた黒ずくめの集団も、差し詰め王女の命を狙う王妃の刺客、というところか。


 つまりフィリスは自分の命を守るためにこの辺境の地に赴いた、ということになる。

 齢14の少女の送る人生ではなかったが、齢14の王族の人生としては特に珍しい人生ではなかった。

 ゆえに同情することなどなかったが、それでも哀れには思った。


 だがカイルはそのことを口にしなかった。

 フィリスが凜とした表情と瞳で自分の生い立ちを語ったからである。

 そのような表情をする者に哀れみの言葉を送ることなどできるわけがなかった。


 カイルは砦に着くまで黙って馬を進ませていたが、門のところまでやってくると、ポツリと漏らした。


「そうだ、お姫様、一つだけ言い忘れていた。確かに俺は白銀のエシルに違いないが、それは二つ名でな。本名はカイルって言うんだ」


 王女が正直に事情を話してくれた返礼というわけではないが、カイルは正直に本名を名乗った。

 なぜだか彼女には、エシルという偽りの名より、カイルという名前を口にして欲しかったのだ。


 フィリスは、「カイル……、カイル様ですね、分かりました」と噛み締めるように漏らすと、「カイル様という名前もとても素敵だと思います」と笑顔を漏らした。


 カイルはその笑顔に暫し見とれながら、砦の大門をくぐった。




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