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第2章 悪漢と美女

   †


 カイルはこのまま中央交易路を北に進み、ジルドレイ帝国へ向かうつもりでいた。


 特に帝国に赴く理由があるわけではないのだが、エルニカ王国の治安は乱れており、この経済状況下では詐欺の実入りも少ないだろうと判断したのだ。

 帝国も帝国で、皇位継承問題できな臭いとのことだが、それでも大陸一の強国であることに変わりはなく、メシの種にも困ることはないだろう。


 そんな計算をしながら、見飽きた田園風景を眺めていると、遥か遠方に土煙を上げる物体があることに気がつく。

 最初にそれが馬であると知覚したのはエシルであるが、馬に乗っているのが美少女であることを見抜いたのはカイルだった。


 エシルは、

「フードをしているのになんで分かるのだ」

 と抗議をしたが、


 カイルは、

「俺の好きな小説では、こんな状況下で現れた女は美女って相場が決まってるんだよ」

 と返す。


「お前の読む本とは、女が簡単に股を開くしょうもない本のことだろう」


 エシルは呆れながらそう返すが、カイルは、

「文学と呼べ」

 と言い切ると、明後日の方向へ走り出した。


「どこへ行く?」


「決まっている。美女を助けて俺に惚れさせる。どこかの御令嬢で酒池肉林の歓待を受けるかもしれない」


「助ける?」


 (いぶか)しむエシルは交易路の先を見やる。

 そこには黒づくめの格好をした集団がおり、馬で疾走していた。


 カイルは一団が通り過ぎるのを待つと、最後尾の男に石を投げつける。

 哀れな男は地面に接吻を強いられ、気を失う。当然、全力疾走で馬を走らせる他の男たちが気がつくわけもなく、そのまま走り去る。


 カイルはそれを見届けると、その場でいななきを上げ、興奮している馬をなだめ、次いでその背にまたぎ乗る。


 カイルはそのまま馬を走らせる。

 エシルはその後ろ姿を見送りながら、こう漏らした。


「……面倒くさいことに巻き込まれてるではないか」


 ちなみに悪漢どもに追われていた少女、顔こそフードに覆われており確認できなかったが、馬上で揺れるその胸は圧巻の一言であった。

 脳内で何度も再生される謎の少女の乳揺れにエシルは憤慨すると、八つ当たりするかのように倒れ込んでいる悪漢をロープできつく縛り上げた。





 零細詐欺師であるカイルに、愛馬などというお上品なものはないが、馬に乗るのはこれが初めてではない。

 久しぶりの乗馬で感覚を取り戻すのに時間が掛かったが、すぐに黒ずくめの集団に追いついた。


「やばいな、女が囲まれている」


 見れば女の乗った馬に二人の男が並んでいる。

 手を伸ばせば届きそうなほど近接しているが、女が落馬することを恐れているのだろうか、併走するだけでそれ以上のことはしなかった。


 その光景を見ただけで、女に商品価値があることを悟ったカイルは、女の前に回り込み、馬の疾走を止めようとする男に、二の腕をぶつける。


 馬の速度と不意打ちにより何乗にも倍加されたその一撃で男は悶絶すると、その場に倒れ込む。

 仲間を二人倒され、やっと自分たちも追われていることに気がついた男たちは、気勢を上げながら腰の長剣を抜き放つ。


 つまりカイルにはなんの商品価値もないということだ。

 そんなことは百も承知なので、今更落ち込むこともなく、冷静に言い放った。


「女! 助かりたければ俺の指示に従え!」


 簡潔にして不遜であるが、悪漢の一人を倒したことで信頼を得ていたのだろう。女は無言で頷く。

 それを見たカイルは笑みを漏らすと、剣を抜き放ち、女と併走する。


「この先、二手に分かれてるが、左の道は道ともいえないような岸壁だ。この速度で行けばそのまま谷底に落ちる」


「分かりました。右に行けば良いのですね?」


 得心した女はそう応えたが、カイルは首を振る。


「逆だ。このまま左に行け、俺は右に行く」


 女は思わずカイルの顔を見返してしまう。この期に及んで自分を見捨てるというのだろうか。だが、女はその表情に偽りがないことを確認すると、カイルを信じて左側へ向かった。


 カイルはそれを見届けると、悪漢の一人の進路を妨害するように馬のスピードを緩め、そのまま一人を右側の道へと誘い込んだ。



 こうして残った悪漢は二手に分かれたわけであるが、女と同じルートに乗った悪漢は密かにほくそ笑んだ。

 先ほどの男が誰だかは分からないが、手柄を独り占めさせてくれることに変わりはなかったからである。

 倒された仲間たちにとっては悪魔のような男だろうが、自分にとっては守護天使も同じだ。

 そう思いながら女を追った。


 男は手を伸ばせば女に手が届く位置まで詰め寄ったが焦ることはなかった。

 女を無理矢理引きずり下ろして首でも折られては敵わないし、この険路の先は行き止まりであることくらい容易に想像がつく。


 行き止まりまで追い詰めさえすれば、これ以上の逃亡を許すことはないだろう。

 そう計算したのだが、男の計算は的中した。

 見れば数百メルン先には道が途絶えており、その下には濁流のような河川が流れていた。これで女は袋のネズミである。


 そう思い、再び頬を緩める男だったが、その余裕が男の敗因となった。

 男はもちろん、邪魔者が後方から迫ってこないか、細心の注意を払っていた。

 前方の少女にも、落馬や転落の危険がないよう心を砕いた。

 だが、男は側面には全く無関心だった。


 切り立った崖であり、ほぼ垂直に近い傾斜があるため、その上から何かがやってくるなどとは夢にも思わなかったのである。

 それが男の命取りとなったわけであるが、誰も男を責めることはできないであろう。

 あの断崖を駆け下りる馬鹿者が存在するなど、常人には考えつくわけもないのだから――



 カイルは二手に分かれた後、何十合にもおよぶ打ち合いの末、悪漢を馬から引きずり下ろし、全速力で崖の上へ駆け上がった。


 旅の途中で立ち寄った場所で多少土地勘があったのが幸いしたが、いざ、崖の上に立つとさすがに恐怖を覚える。

 だが、崖の下に女と悪漢がいるのを確認してしまっては止まるわけにはいかない。


 カイルは、

「女がお金持ちでありますように、女がお金持ちでありますように……」

 と念仏のように唱えると、そのまま崖を滑り落ちていった。


 斜面と言うよりは、やはり崖としか言いようがない場所を転げ落ちるかのように下ると、カイルはその勢いごと男に突進した。


 はば数メルンしかない場所でそんなことをしてしまえば、追突された方は当然、崖下の濁流へと飲まれるしか道は残されていなかった。


 ついでに言えばカイルもそれにならうはずだったのだが、首の皮一枚で救われる。

 崖下にあった木に偶然引っかかったのである。


 カイルは「神は常に正義を見ておられるのだ」と格好つけてみたが、小枝のようにか細い木と、激しい水しぶきを交互に見やり、救助の到来を切実に願った。




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