八話 不器用な付き合い
「春美ちゃん大丈夫?」
帰りに充君と食事に行こうということになり、居酒屋に来ている。
明日も仕事なのでそれほど酒を飲むつもりはないので、食べることがメインだが、先程からあたしのお箸は一向に食べ物を掴んでいない。
「あっ、うん。ちょっと疲れたみたいで、大丈夫」
あたしが笑顔を浮かべても充君は心配そうにあたしを見つめてくる。
「出てくるの遅かったけど、もしかしてまたあいつに何かされた?」
充君は元々優馬を毛嫌いしている。
「別に何もないよ。本当に疲れて・・・ほら、今日なんだかいつもより張り切ってたじゃない?」
あたしがおどけたように言うと、充君は不思議そうな顔で「そうだったの」と言った。
充君の目にはいつものあたしも今日のあたしも同じようにしか映らないんだ。
「でもすごいよね。俺はそんなにお客さんを楽しませれないし、無言になる時間の方が多いよ。春美ちゃんの時はいつも明るい声が聞こえてきて羨ましいよ」
充君は本当に尊敬していると言ったように言ってくる。
「俺はどっちかって言うと地味だし、美容師としてはぱっとしないでしょ? 学生の時もどっちかっていうと埋もれてた方なんだけどさ。
春美ちゃんはリーダー的な存在だったんじゃないの? きっと女子のムードメーカーだったんでしょ」
充君はくったくのない笑顔で羨ましそうに言ってくる。
あたしの心が見えない何かで抉られていく。
そんな存在なら良かったのに、素で明るくて何も考えずに人と接することのできる人ならよかったのに・・・。
息がつまりそうになった。
充君はそんなあたしにも気づかない。
それからも充君は楽しそうに話をしてくる。
きっと元気のないあたしを盛り上げようとしてくれているのだろうけれど、やはり充君もこれまでの男と何も変わらない。
あたしのことを何も見えていない。
いつもそんな男を見ながら思う。
あたしをちゃんと見て欲しい。あたしのことを知ってほしい。
でも、知ってほしくなくて、踏み込んでほしくもない。
知ったらきっと幻滅するんだ。
だってみんなあたしの明るさに惚れてるんだから。
充君をぼんやり見つめていると、優馬の顔が出てきた。
今までにいなかった男。
あたしをきちんと見てくれる男。
でも、最低な男だ。
優馬が充君のような性格だったならあたしはもっと彼に素直に接していただろう。
でも、どうしてよりによって、あんな最低な男に全てを見透かされてしまったのか。
結局あたしは優馬のことばかり考えて充君の話をまともに聞いていなかった。
最後まで元気のなかったあたしに気を遣ってくれたのか、充君はすぐに「帰ろうか」と言ってくれた。
優馬が来なければ、悩むことなんて・・・。
でも、充君のことは関係ない。
優馬がいようがいまいが、あたしは充君と素直に付き合うことはできていないはずだ。
その日はあまり眠れず、翌日にそれは響いた。
それでもお客様に疲れを見せることはできず、店に入る前に気合いを入れ直した。が・・・
「ちょっと、なんなのそれ。へらへらしてんじゃないわよ。こっちはただ髪切りにきただけでしょ?
なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないわけ?
全く気分悪いわ」
初めて、客を、怒らせて・・・しまった。