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四話 小さな一歩

休みも明けて火曜日の出勤日がやってきた。


結局あの後朝になるとお互いすぐに家に帰った。

ただの一夜の関係に終わったのか、付き合ったのかよくわからない。


今日からどう接していけばいいのだろうか。




「おはようございます」


「あら、おはよう。ねっ、ねっ、ちょっと来て」



店にはまだ恵美さんしか来ておらず、恵美さんはあたしの姿を見つけるなり急いで奥まで手を引っ張っていった。



「なんですか?」


「一昨日なんだけどね。私たぶん居酒屋で寝ちゃったでしょ? で、気づいたら家にいたんだけど、旦那がすごく怒ってて、

何?って言ったら、優馬が私をおぶって家まで運んでくれたんだってね。あなたたち気遣ったの?

まあ、旦那も私の酔いブリ知ってるから疑わずにすぐに許してくれたけどね。せめてあなたも一緒に着いて来てほしかったわ」



恵美さんは怒っているのか喜んでいるのかわからない。

確か優馬を気に入っていたが、あの日のあたしはそれどころではなかったのだ。

しかしまさか先に帰って充君と一夜を共にしたなど言えるはずもなく、ただ笑って事を済ました。



それから準備をしていると、充君が出勤してきた。



「おはよう」


とりあえずいつものように挨拶をしてみたが、充君はやはりどこかぎこちなかった。


あたしも普通過ぎただろうか。



「ちっす」


少しして優馬が出勤してきた。

火曜日は大学の授業がないので皆と同じように朝から出勤してくる。



「優馬君、一昨日はごめんね。わざわざ送ってくれて」


恵美さんが嬉しそうに近づいていく。


優馬は「いえ、別に」とだけ言ってあたしをちらりと振り返った、気がした。



すぐに恵美さんに向き直って指示を受けていたので気のせいだろう。



店の開店までもうすぐと言うところで、あたしたちはお客様を待つために待機した。



恵美さんは早速朝から予約の電話に追われている。



今日も夕方から忙しくなりそうだ。




「なあ、あの後なんかあったんだろ」


優馬が後ろから話しかけてきたので、あたしは飛び上って驚いた。



「何よ」


「あいつとなんかあったんだろ。いやによそよそしいからよ。もしかしてヤッたか」



優馬はニヤニヤしながら言った。


本当にこいつは最低だ。

デリカシーの欠片もない。



「もうすぐ店開くから私的な話は止めて」


あたしがそう言うと、優馬は何故か満足そうな顔をしていた。



「いらっしゃいませ」


充君が客の接客をしている。


充君目当ての女性客だ。




充君はいつも通りの笑顔を浮かべて女性客を椅子まで案内している。


客は充君を見てまるで恋する乙女のように微笑を浮かべている。



いつも不思議だ。

別にそれほど好きで付き合ったわけじゃない相手にとても嫉妬してしまう。

自分だけを愛してほしいのに、そんなわがままなことを思ってしまう。


でも浮気するまで親密になっても嫌われたくなくて言ったことがない。



これからまともに仕事ができるのだろうか。



早くお客さん来てくれないかな。



「客ぐらいで動揺しすぎ。対して好きでもないくせに」



優馬があたしの心を見透かしたように言ってきた。



「優馬君来て」



恵美さんに呼べれて優馬はすぐに奥に行ってしまった。

全くどうして、あいつはあたしのことをわかってしまうのだろうか。



ムカつくけど、否定できない。



「春美さーん」



そうこうしていると高校生の咲ちゃんがやってきた。

今はテスト休みだそうだ。



咲ちゃんは漫画家を目指しているらしく、勉強よりも漫画にかける時間が多くいつもテストは赤点だと笑っていた。



「もう描くとき前髪が邪魔で邪魔で仕方がないの。後ね段つけたいの。髪の毛とにかく軽くしたくてさ」


「りょーかい」



咲ちゃんは可愛くて明るくて純粋な女の子だ。

ただ一心に漫画に専念しているので彼氏なんて興味がないらしいが、お洒落には興味があるらしくいつもファッションの相談をしてくる。



「今度実はイラストのコンテストがあるんですよ。でね、春美さんをモデルに描こうと思って、どんな服装がいいか悩み中なんですよ」


「えー、イラストとはいえあたしをモデルにしたら悪い絵になっちゃうよ」



まるで学校の休み時間のように会話をしながら手を進める。

自分もこんなに純粋に何かに一心になれる学生生活を送りたかった。


咲ちゃんは学校ではどう過ごしているのだろうか。

友達もやはり同じ絵が好きな子ばかりなのだろうか。


いつも気になるが咲ちゃんはファッションの話か、自分の漫画の話しかしないので聞くことができない。


ただの美容師の分際で人の交友関係を尋ねるなんて失礼ではないか。

それを期に咲ちゃんはもうこなくなるかもしれない。


そう考えるといつも聞きだせない。


学生だから友達事情を聞くのは普通だろうが。



「あっ、春美さん真剣モードなんですね」


考え事をしていると真剣な顔をしていたのか、咲ちゃんが少し嬉しそうに呟いた。



本当は仲良くなったお客さんとプライベートな関係になることを望んでいる。


実際アシスタントとして入らせてもらった美容室では女性スタッフばかりのお店で、皆お客と友達のように接していたし、よく飲み会などをしていた。


そういうのが羨ましくて、美容師になったら自分もきっと仲の良い客を作れるんだと思っていたが、自分が変わらなければそんなこと叶うはずがない。



「咲ちゃんは漫画以外は何してるの。学校の友達と遊んだりとかしてるの?」


あたしが尋ねると咲ちゃんは少し驚いた顔になった。



やっぱり聞いてはいけなかっただろうか。


あたしは慌てて「なんでもないのよ。ちょっと学生の休日が気になっただけだから」



咲ちゃんは今度はキョトンとした顔をした後で、笑って鏡越しにあたしの目を見た。



「春美さん何焦ってるんですか。別に怒ってないですよ? 実は学校に漫画研究部っていう部活があって

って、わかりますよね。そこに入ってるんです。だから休みの日は部活の友達と画材見に行ったり、アニメのショップとかあるんですけど、

そこ行ったりしてますよ」



咲ちゃんは楽しそうに答えてくれた。


あたしは一度煩く鳴った心臓を抑えながら咲ちゃんの話に意識を集中させた。



「そうなんだ。あたしの知らない世界がまだまだあるのね」


そこからはなんとなくお互い何も話さなかった。


あたしはカットに集中していたし、咲ちゃんもたぶんそんなあたしに気を遣ってくれたのだろう。




「ありがとうございました。イラストできたら持ってきますね」



咲ちゃんはいつもの笑顔で帰って行った。



あの一つの質問でいつもの倍疲れた。

どうしていつもは遠慮していた言葉を言おうと思ったのだろうか。




「頑張ってたな。でも、あんた焦りすぎだろ。でも、その調子でやればぜってえよくなるって」


いつの間にか隣にいた優馬はそれだけを言うとあたしのカットしたところの掃除をし始めた。



なんか今、普通に褒めてくれた?

この、優馬が?


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