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最終話 一流の美容師になって迎えに行く

優馬が店を出てもあたしたちはしばらく動けなかった。


突然の事に何がなんだか頭が追いついていないのだ。



「春美ちゃん、行ってきて」


恵美さんはまだ驚きが収まっていないらしく、感情のない声で言った。


だけど驚いて見つめれば、その目が真剣なことがよくわかった。



「わかり、ました」


正直行って何を言えばいいのかわからない。


だけどもあたしは言われるがままに駆け出していた。



「優馬」



優馬は思ったよりもゆっくりと歩いていたようで、すぐに姿を見つけた。


走りながら叫んだ声はあまり大きくはなかったけれど、優馬はすぐに気づいて足を止めてくれた。



「なんだよ」



「だって、どうして、突然。それに教えてくれるって言ったでしょ」



優馬は罰の悪そうな顔をしていた。


そして三メートルぐらい離れていた距離を徐々に縮めてきた。


「さっき教えたじゃねえかよ。辞めるから、だから最後くらいちゃんとしておこうと思っただけだ。それに、これから美容師目指す奴があんなんじゃダメだと思っただけだよ。たく、目指す気なんかなかったのによ」



優馬の吐き捨てる言葉の意味がわからなかった。



「なら、どうして美容師目指す気になったの?」



あたしの言葉に優馬は驚いたような顔をしてから、盛大に溜息をついた。


「これだからあんたは嫌なんだよ。

で、なんで俺を追いかけてきたんだ?」


「それは・・・」


恵美さんに言われたから。

でもそういう風に言ってはいけないような気がした。


それに恵美さんに言われなくても、あたしの足は走り出していた気がする。



「あたし、出会った時から優馬が嫌いだった。

態度悪いし、歓迎会であんなことしてくるし、いつも上から目線だし。

だけど、だけど今はそんなことなんて忘れるくらいに感謝してる。

だってあなたのおかげで今のあたしがいるんだもん。だから、いなくなると、寂しい」



えっ、あたし、何言ってるんだろう。

優馬がいなくなって寂しい?


あたしが?



自分で言って驚いて口元を抑えていると、優馬が更に歩み寄ってくるのに気付いた。



「あんたさ、本当にそういう態度止めた方がいいぜ」


何を言っているのか、尋ねようとすると、優馬は至近距離まで近づいてきて・・・。


「ゆ、うま?」



何故だかあたしは優馬の腕に包まれた。


「なんで、てか、何」



「いいからちょっと黙ってろ」



優馬の言葉はいつも通り乱暴で、だけど何故だかすごく優しく響いた。


抱きしめられることがこんなにも嬉しくて、こんなにも幸せで、こんなにもあったかいなんて知らなかった。



気づけばあたしも優馬の背中に手をまわしていた。

その時優馬の体が驚いたように跳ねあがっていたけど、そんなことは気にせずに、優馬に身を委ねてみた。



「あんたさ、こういうの誰にでもわざとやってんの」



優馬が耳元で囁くように言うものだから、言葉が頭に入って来なかった。


「おい、聞いてんのかよ」


少しして優馬が苛立ったように言ってきた。


「聞いてるけど、何言ってるのかわかんないよ」



「だから馬鹿なんだよ」



「年下のくせに」



いつもの罵倒も嫌な気はしなかった。


「ねえ」


「なんだよ」


「いい加減離して」



そう呟けば何故か優馬の腕の力が余計に強くなった。


何も言う気はないらしく、あたしも何も言えなかった。



ようやく離してくれた時にはあたしの頭は真っ白になっていた。

きっと今すごく真っ赤な顔になっていると思う。


そんな顔を見られたくなくて下を向いていると、優馬の手が乱暴にあたしの頭を撫でてきた。



「待ってろ。俺が一流の美容師になったら、迎えに行くから」



優馬はそんなことを言って、手を離した。


あたしが何かを言おうとすると、逃げるように駆け出して行ってしまった。




「どういう、こと・・・」



まあ、でも、明日聞けばいいかな。


そんなことを思いながらもまだ優馬の温かさが残っている腕を抱きしめてみた。



「あたしって、優馬のこと・・・」





「春美ちゃん! ちょっと、ちょっと!」



翌日店に入るや否や恵美さんが凄い形相で飛びついてきた。


「昨日あの後何があったの?」


いきなりそんなことを詰め寄ってくるものだから、あたしは何も答えられずに黙り込んでいた。


しかし恵美さんは聞いてきた割にはあたしの反応などどうでもいいとばかりに口を開けた。



「優馬君ったら、もう今日から来ないって。電話一本よこしてきて、代わりよこしたからそれで勘弁してくださいって」



「えっ」



一流の美容師になったら迎えに行く。



優馬はあの言葉を言った時からもう店には来ないと決めていたのだろうか。



あの言葉の意味ってそういうことだよね。




心の中がもやもやする。


だけど今日もお店は開く。



たくさんのお客様たちがにこやかに訪れる。



誰がいなくなっても日常は続いていく。



それに優馬がいない日々の方が長かったんだ。

あいつは結局ほとんどここにはいなかった。


短かったはずなのに、その間の一日一日が濃くて、ぽっかりと心に穴が空いたような気がする。




夕方になって恵美さんの言う通り優馬の友人という人が訪ねてきた。



優馬とは正反対でまじめそうな彼はよく働いてくれた。


素直で、純粋で、勉強熱心で・・・。



「それじゃあ今日は歓迎会しましょうか」



恵美さんはいつも通り楽しそうに声を上げている。








一流の美容師になって迎えに来るなんて一体何年後になるのだろうか。

そんなことを思いながらあたしは今日も素敵な仲間と共に仕事をしている。


最低で、でも最高の男に思い出させてくれた笑顔を向けながら。


いつか彼が迎えに来てくれることを信じて。

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