二十二話 決断
「優馬君ったらすっかり真面目になっちゃって、春美ちゃん何か言ったの?」
優馬が奥で仕事をしているのをいいことに、お客さんがいなくなった隙に恵美さんは嬉しそうに近づいてきた。
「何も言ってませんよ。何考えているんだか、全くわかりません」
あたしが吐き捨てるように言えば、恵美さんは不思議そうな、困ったような様子で奥を見つめた。
「そうなの。それじゃあ私が直接確かめようかしら」
恵美さんは何故か楽しそうに奥に入って行った。
それにしても一体何を考えているのだろうか。
昨日はあんなことして、それで慎ましくなるって・・・。
「一体何考えてるのよ」
「あいつ、春美ちゃんに本気なんだね」
あたしの呟きを聞いてか聞かずか、充君は何故だかそんなことを言ってきた。
あたしが驚いて充君を見つめても、それ以上は言えないとばかりに目を逸らした。
それからはお客様が途切れることなくやってきて優馬を気にしている余裕などなかった。
閉店間際、最後のお客様がやってきて、充君が担当をしてくれた。
恵美さんは長年担当している予約客とゆっくり話しながらカットをしている。
こんなタイミングで手があいてしまったあたしは奥に入ってみた。
そこには真面目に仕事をしている優馬の姿があった。
いつかもこうして優馬が意外と真面目に仕事をする姿に驚いたことがあったが、慎ましい今日の態度を見てからでは更に違和感を覚える。
「なんだ」
あたしに気づいた優馬はどこか不機嫌そうに吐き捨てた。
「なんだか、変だから」
「俺のどこが変なんだよ」
優馬はあたしの言葉に反応しながらも、作業の手は休めない。
「恵美さんたちも不思議がってたわよ。あなたが急に丸くなるなんて何かあったんじゃないかって」
優馬はその瞬間急に作業の手をぴたりと止めた。
「まあそうか。それならお前のせいだな」
優馬はどこか冷やかな目を向けながらそんなことを言ってのけた。
「あたしのせいって、どういうことよ?」
あたしが問いかければ優馬は再び作業の手を進めた。
無視を決め込むつもりなのか、あたしの言葉に答える気はないらしい。
「ねえ、聞いているの?」
もう一度問いかければ優馬は作業の手を止めないまま、あたしの顔を見ないまま感情のない声で呟いた。
「後で教えてやるから待ってろ」
そんな言葉を口にされればあたしにはもうそれ以上踏み込むことはできず、どうしようかと悩んでいるうちに恵美さんのお客様のカットが終わった。
「何話してたのよ」
お客様が帰ってから恵美さんがそっと近づいてきた。
最近恵美さんは平気であたしたちを囃し立ててくる。
そうして歩み寄ってくれるのは嬉しいのだが、恵美さんは優馬とあたしのことを勘違いしているのだから素直には喜べない。
そうして充君のお客様も帰り、片づけを始めることとなった。
いつもならば奥で作業をして片づけが終わった頃に恵美さんと出てくる優馬だが、今日は片づけを始めた頃にフロアに出てきた。
「今日は片づけ手伝います」
やはりどこか慎ましい優馬に一同は呆然としていたが、恵美さんがすぐに笑顔を浮かべた。
「それじゃあお願いね。春美ちゃん指示お願いね」
「えっ」
何故あたしに託すのか、恵美さんを見つめても、何を勘違いされたのかウインクされてしまった。
「そ、それじゃあ」
あたしがぎこちなくも指示を出そうと声をかけると、優馬はすっとあたしに背を向けてしまった。
「何すればいいですか?」
優馬はあろうことか充君に指示を仰ごうとしている。
いつしか喧嘩を売った相手に敬語で平然と話している。
声をかけられた充君も驚きを隠せない様子でいる。
しかし優馬は先程から皆の反応を前にしても特に反応を見せない。
「それじゃあ、まずは・・・」
充君が指示を出せば優馬はすぐに従って作業を始める。
しかもとても丁寧なのだ。
「本当にどうしたの?」
充君が慌ててあたしに駆け寄ってくるが、あたしにも何がなんだかわからないのだ。
そうして不思議そうに、心配そうに優馬を見つめながらも閉店作業は無事に終わった。
「まあまあ、今日は特に綺麗になったわね。それじゃあ帰りましょうか」
恵美さんはいつも以上に輝く笑顔を向けながら締めくくった。
しかしそんな言葉を優馬が遮った。
「すみません。少しお話しが」
優馬のそんな態度に恵美さんの表情は崩れ、真顔で優馬を見つめる。
「実は俺、ここでのバイト辞めようと思います」
そんな言葉に一同は言葉を失ってしまった。
なんせ今日の慎ましい態度の正体がこんな告白のためのものだったと知らされたからだ。
確かにチャラくてバイトなど、仕事など適当にやりそうな男だとは思っていたが、慎ましくしてから終わりを告げるとは思っていなかった。
それよりもでかい態度をとっていた奴が辞めると言い出すなんて・・・。
「どうしてなの?」
恵美さんがなんとか絞り出す声で尋ねると、優馬ははっきりとした声で語り始めた。
「俺、美容師になることを決めました。だから大学を辞めて専門学校に行きます」
「それなら尚のことここにいた方がいいじゃない。専門学校はお金がかかるだろうし、それにここでバイトしていれば色々勉強になると思うわ」
恵美さんが明るく言っても、優馬は首を横に振った。
「いえ、金は高校の時からバイトしてるんで大丈夫です。それに、ここで働くと」
優馬は何故だかあたしを一瞬見つめた。
ような気がした。
「ここにいると甘えてしまうので、勉強にならないと思います。
俺はちゃんと、美容師として立派になるまで真面目にやっていきたいんです。
ここにいると俺はダメです」
優馬は最後にもう一度あたしを見つめてから、恵美さんに真剣な顔でそう告げた。
「勿論今日辞めるなんていいません。人手がないっていうならバイトが決まるまでは働きますから。それでは、お疲れ様です」
優馬は真剣な顔でそう言って、今までまともに挨拶をして帰ったことがないにも関わらず、今までの態度などなかったように最後まで慎ましく帰って行ってしまった。




