二話 常識のないアルバイト
「あー、頭が痛い。いつもと違って今日は店開ける日なんだから恵美さんも加減してくれればよかったのに。
全く仕事になるのか、ていうのか恵美さんは来れるのかな」
いつもと同じく居酒屋で飲み明かした後カラオケに連れていかれ、恐らく一人十杯近くは飲んだ。
というか、飲まされた。
「でも、恵美さんは良い人だからね。断れないよ」
あたしは気合いを入れ直して家を出た。
疲れが少しでもお客様に伝わらないようにしっかりしなければ、それに今日はアシスタントが来るんだ。
「おはよう。昨日言った通り今日は新しい仲間が入るわ。神田優馬君よ」
恵美さんは昨日あれだけ飲み、相変わらず暴れたことなどなかったかのようにすっきりとした顔をしている。
紹介された男の子は恵美さんの言う通りとても整のった顔をしている。
しかし金髪に染められ、ワックスで立たされた髪を見ているととても軽い男に見える。
充君がいるから余計にそう思えるのだろうが、大学生と言っていたし仕事ができるのだろうか。
「神田優馬っす。よろしくー」
予想通り何も常識がなってなさそうな男はあたしの顔をなめ回すように見つめながら言った。
よろしくとは言ったが、その軽さからまるでちゃっすー。とでも言われたような気分になった。
「よろしくね。あたしは波野春美よ。何でも聞いてね」
それでもあたしは笑顔を浮かべた。
案外仲良くなっておけばなつくタイプかもしれない。
「近藤充です。よろしく」
充君の目には明らかに軽蔑の眼差しがあった。
相反する二人が並ぶとやはり充君の清純さが際立つ。
そしてなんとなくぎこちない空気が流れながらも開店準備が行われた。
優馬は恵美さんに奥で仕事を教えてもらっているようだ。
こんな奴を客の前に出して大丈夫なのだろうか。
そんな心配を抱えながら作業をしていると、いつの間にか開店時間を迎えていた。
「あら、新しい子が入ったのね」
月に一度カットとパーマに来るピアノの先生をしているマダムは優馬を輝いた目で見つめながら言った。
「アシスタントのバイトの子ですよ。迷惑かけたらごめんなさいね。でもマダムは大丈夫ですね?」
あたしはマダムの輝く瞳を鏡越しに覗くようにして言った。
「やだわー、春美ちゃんったらー。私は若い子はダメなのよー」
と言いながらも優馬を鏡越しに目で追っているマダムを見て、あたしもにやにやとマダムを見つめた。
「私も春美ちゃんに恋愛相談頼まなきゃね」
そんなお茶目なマダムに「なんでもこいですよ。お若いマダム」
と言うと、嬉しそうに微笑んでくれた。
マダムはご機嫌な様子で帰ってくれた。
疲れも見せずに見事にやりとげた。
あたしはマダムを見送ってから誰にも見えないように安堵の溜息を吐いた。
そして仕事に向かおうと踵を返すと、目の前に優馬の顔があった。
「大変っすね」
まるで嘲笑うかのように鼻で笑い飛ばす優馬は不快でしかなかった。
まるであたしの疲れを見透かされているかのようだ。
「日曜日に優馬君の歓迎会やるわよ。次の日休みだからはめを外せるしね」
あたしにウインクしながら言う恵美さんだが、あなたはいつでもはめを外し過ぎていますよ。と突っ込んでほしいのだろうか。
あたしは優馬に目を向けると、優馬は何故だかまたあたしを鼻で笑った。
どこまで人を馬鹿にしたら気がすむのだろうか。
歓迎会という場を借りて説教でもしてやろうかと思いながら恵美さんに視線を戻す。
「日曜日楽しみね。おつかれさまー」
恵美さんは言いたいことは言ったとばかりに帰るしたくを始める。
充君が困ったようにあたしに視線を向けてくる。
あたしはただ頷くことしかできない。
充君は少し肩を落としながら帰って行った。
充君にしてみればダブルパンチだ。