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十九話 嵐の前のなんとやら

肩の荷が下りたおかげか、いつも以上に仕事が捗った。

いつもよりも笑顔は自然に出ていたし、会話もとても楽しかった。

ただただお客さんの喜んでる顔を見るのがたまらなく嬉しかった。



こんなことならもっと早く自分をさらけ出しておけばよかった。



「でも、あいつのおかげなんだよね」


ぼそりと呟くと同時に扉が開いた。



「おはようございまーす」



いつの間にか優馬が出勤する時間になっていたらしい。



「あら、おはよう」



カットをしながら恵美さんはどこかうっとりした目で挨拶を返した。



それを見て恵美さんに切られているマダムも微笑む。



何故女というものはチャラい男を気に入るのだろうか。




優馬が店の奥に入るまでに一体何人の視線を受けて行ったのだろうか。


実際は他には充君が相手している客しかいないのでそんなに多くはない。



それから恵美さんがカットを終えると、あたしの元に嬉しそうに近づいてきた。


「今日は忙しくないから、事務作業お願いしてもいいかしら」



恵美さんは明らかに楽しそうに言っている。



「恵美さん」


あたしが反論しようとする前に恵美さんは笑顔で

「今日は私予約いっぱいだから手が空いてるの春美ちゃんだけなのよ。お願いね」

と言われてしまった。



店長にこんなことを言われてしまえば断れるわけがない。



「わかりました」



渋々言えば、恵美さんは満面の笑みで「ありがとう」と言った。



あたしは仕方なく重い足を引きずるようにして奥に入った。



奥に入ると優馬は真面目に仕事をしていた。

棚の上の方にあるファイルを背伸び一つせずに軽々と掴みだした優馬は、気配を感じたのかこちらに視線を向けた。



「休憩か」


優馬はいつものように人を馬鹿にしたような笑みで問いかけてきた。


「違う。恵美さんが今日は予約で手離せないから、代わりにあたしが任された」


「あっそ」



優馬は一瞬驚いた表情をしていたが、すぐに手元のファイルに意識を戻した。


仕事自体は真面目にこなしているみたいだ。


「客とはどうだ。ちゃんとやってんのか」



目線は手元の資料に向けたまま優馬はそっけなく問いかけてきた。



「うん、今日はいつもよりなんだか軽い気持ちでできたっていうか、すごく楽しかった」



あたしがぎこちなく答えても、優馬はただ「そうか」というだけだった。



それからしばらく黙々と仕事をしていると、恵美さんが入って来た。


「ようやく予約客終えたから、ちょっと外任せてもいい?」



恵美さんの言葉に救われたあたしはそそくさとフロアに出た。



正直沈黙の中優馬と二人で同じ空間にいるのはきつい。


いつもならば何か話してくる優馬が今日は何も話してこなかった。

仕事中だからかもしれないが、なんだかすごく変な感じだった。



「はーあ」



思わず溜息をつけば、しっかりと充君に聞かれていて吹き出す笑い声が聞こえてきた。



「改めて見てみると春美ちゃんってこんなにわかりやすい人だったんだね」


充君は妙なことを言いながらもまだ少し笑っている。



「どういうこと?」



あたしが問いかけたところで運悪くお客さんが来てしまった。






「今日は早く閉められそうね。今から片づけ始めちゃっていいわよ」



閉店まで後一時間、フロアはがらんとしていた。


あたしも充君もすぐに掃除を始めた。

誰も客が来ぬことを祈りながら閉店作業をしていると、しばらくして恵美さんが再びフロアに出てきた。


「今日はいい日ね、見事に誰も来なかったわ。もう閉めちゃうから、帰りましょう」


もうすぐで全てが終わるところだったあたしたちは顔を見合わせて笑った。



「それじゃあ帰りましょうか」



閉店時間とほぼ同時に店を出たあたしたちはいつもよりも嬉々とした気持ちで歩き出した。



「ちょっといいか」



歩き出してすぐに優馬はあたしの腕を掴んだ。



二人はわざとらしく知らぬフリをして歩いて行ってしまった。

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