十四話 亀裂
「店閉めてからにしてくれよ。恵美さんに迷惑かけたくないからな」
充君はちらりとこちらを振り返ってからあえて恵美さんの名を出した。
「そういうとこがイライラする。まあ、仕方ねえな」
優馬は今にも殴りかかりそうなほどに声を荒げていたが、さすがに納得したようで奥に入って行った。
しかし待て、まずいことになった。
どうするべきかと考えながら充君の後ろ姿を見つめていると、突然振り返った。
まさかこちらに目を向けるとは思わず、驚いていると、充君はすぐに顔を逸らして片づけを再開した。
しかし充君の目は怒っているというよりかは、何処か悲しそうだった。
「さーて、明日は休みだし、飲みに行くわよ」
片づけが終わり、皆の帰り支度も済んだところで恵美さんが呑気な声を上げた。
「あら? どうかしたの?」
黙り込んでいるあたしたちを不思議そうに見つめながら、恵美さんはあろうことか力強くこんなことを言った。
「何があったか知らないけど、スタッフ同士の揉め事はあたしが把握しておくから、言いたいことがあるならいいなさい」
その言葉に反応した優馬は、お言葉に甘えますとでも言うように口を開き始めた。
「お前、一体何がどういうつもりでそんな女々しい態度とってんだよ。何もみえてねえ上に何も言えねえのか」
怒りを抑えるつもりはないらしく、優馬は喧嘩越しだ。
「春美ちゃん、こっち来なさい」
恵美さんはいつの間にか二人から距離を取っていて、あたしをそこに呼んだ。
まるでこれから何かの試合を見るかのようだ。
「本当すみにおけないわね」
これほど不穏な空気が漂っているにも関わらず、恵美さんは楽しそうだ。
「何も見えてないとはどういうことだ」
充君もあたしたちが見ていることなどおかまいなしに声を上げた。
「なんであいつを避けるマネなんかしてんだよ。お前は小学生か、それとも裏切ったや裏切られたや喚く女子か。
ちゃんと言いたいことがあんなら口で言えよ」
充君は目を泳がせて何度か口を開こうとしては閉じ、中々言葉を出そうとはしなかった。
「ならこの場で聞く。いや、春美ちゃんに聞きたい」
傍観者だったあたしは、突然自分に矛先が向いたことに戸惑いを隠せなかった。
「この際だからはっきり言ってほしい。俺のこと好き? それとも、こいつのことが好きなのか」
充君は忌々しげに優馬を指さしながら真剣な顔で聞いてきた。
なんと答えればいいのだろうか。
ちらりと優馬を見つめれば、優馬はどこか嘲笑うように見つめてきた。
はっきりせずに好きでもない男と付き合うからこういうことになるんだ。そう言われているような気がした。
「やっぱり言えないの? 俺が告白したのは迷惑だった?」
充君の顔がどんどん悲しみに歪んでいく。
きちんと答えてあげなきゃ。
でもそうなったら自分のことも全部話さなきゃいけない。
そんなこと、そんなことできるわけない。
沈黙が空気を重くする。
黙ってたって誰も助けてはくれない。
全ては自分のしでかしたことで、この状況を作ったのは・・・。
自分の不甲斐なさが悔しくて、八つ当たり半分に優馬を睨みつけた。
しかし優馬もいい加減に失望したのか、睨み返してきた。
「で、あんた俺にも言いたいことあんじゃねえのか」
優馬は呆れたように溜息をついてから、充君に向き直った。
「言いたいことなら山ほどある。そもそも春美ちゃんがおかしくなったのはお前のせいだ。
それにアルバイトのくせにその態度はなんだ。俺はお前がここにいることも認めてない」
充君はそう言うともう一度あたしを睨むように見つめてから店を出た。
「本当、なんもわかってねえぼんぼんが」
本当にチャラけた男は何故不機嫌になるとこうも迫力があるのだろうか。
今の優馬には例え自分のせいではなくても声をかける勇気はない。
「だから捨てろっつったろ」
優馬は不機嫌をむき出しにしたまま吐き捨てると、勢いよく店を出て行った。
さすがの恵美さんもかける言葉が見つからないのだろう、喧騒が終わった店内はしばらく静寂に包まれた。




