一話
「いらっしゃいませ。この前のデートどうでしたか?」
「もう春美さんのおかげで大成功でしたよ。会った瞬間すっごい驚いてました。
またデート前はお願いしますね」
美容師になって今年で二年目になるあたしは、持ち前の明るさとサービス精神で客を手に入れている。
この店は予約する人は指名する人が大半であり、必死の毎日だ。
「ありがとうございました」
「もうすっかりベテランじゃないの。最近は春美ちゃん狙いで来るお客さん増えてるのよ。
恋愛話したりとか、相談聞いたりしてるでしょう。明るくて話しやすいから髪切りにくるっていうより、
春美ちゃんと話すついでに髪を切ってるって人多いんだから」
この店のオーナーであり、一番人気のスタイリスト川野恵美さんは女優並みの美しさを持っている。
それ故に客と打ち解けるのに時間がかかると嘆いているが、やはりオーナーを務めるだけあって色んなところから客が押し寄せてくる。
店には後一人男性スタッフがいる。
近藤充君は今年はさみを握ることを許された人だ。
「そうそう、皆今日は大事な話があるから、店閉めた後よろしくねー」
あたしと充君は互いに目を見合わせて、恵美さんが去った隙に近づいた。
「充君、覚悟しておこうね。なんなら今から栄養ドリンク買ってこようか? いっちゃうよ。倒れちゃうからね。
休憩の間にごはんしっかり食べておこうね」
あたしはそうとだけ言うとそそくさと予約チェックをしに向かった。
充君は心なしか暗い表情になっていた。
オーナーはこの美貌ですごい豪酒なのだ。
付き合わされるあたしたちはいつも大変だ。
それに、三人での飲み会にも関わらず必ず居酒屋で飲んだ後でカラオケに連れていかれる。
あたしはいつも盛り上げ役だ。
「さーてかんぱ~い!」
とうとう始まってしまった地獄の時間。
恵美さんのことは大好きなのだが、酒が入ると人が変わる。
「恵美さん何に乾杯なんですか?」
純粋な疑問を放ったのは充君だった。
「よく聞いてくれたわ。実は明日からアシスタントとして大学生の男の子が入ってくれるのよ。若い男が入るなんて喜ばしいことね」
「恵美さんの願望ですか。まあ、新しい仲間が増えるのは嬉しいですよ。どんな人なんですか?楽しみです」
あたしが笑顔で尋ねると、恵美さんは嬉しそうに答えてくれた。
「今時のイケメンだったわ。やっぱり美容師のアシスタントしたいってだけあってお洒落だったしね」
恵美さんは充君を見つめながら言った。
充君は清純派美容師である。
それはあたしが思い描いている美容師像と、今まで見た数人の美容師から考えてあまりにも大人しい風貌をしていることから勝手にこう言っている。
なんといっても一度も染めたことのない綺麗な黒髪を持っていて、ワックスも使っていないぺちゃんこの髪型なのだ。
「充君だって可愛い顔してますよ。それに充君はおばさま受けがいいんですから。大事な人材ですよ」
あたしが冗談交じりでいて真剣に言うと、恵美さんは大きく頷いた。
「わかっているわ。あたしも結婚していなかったらこういう子がよかったわ」
と真面目な顔で言うので、あたしは慌てて充君を隠すようにテーブルに乗り出した。
ちなみに席順はいつも通りにあたしの目の前に恵美さんが座り、あたしと充君が並んで座る形になっている。
初めて飲み会に行った時に気を遣って恵美さんの隣に充君を置いたら、酒の入った恵美さんに充君が襲われかけたことがあるので、それ以来こういう席順になったのだ。