表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

張りぼて小惑星

作者: 津嶋朋靖

私が小説家になろうに投稿した小説「懐いてしまった」をベースに書いたラジオドラマ用シナリオです。

http://ncode.syosetu.com/n4229ca/




とあるシナリオコンテストに応募しましたが落ちましたのでここで発表させていただきます。

  爆発音。


N「地上で繁栄を謳歌していた恐竜たちは、たった一つの小惑星との衝突によって滅びてしまった。それから六千五百万年。現在の地上は恐竜に変わって我々人類が繁栄を謳歌している。だが、その繁栄も、宇宙からの脅威に晒されていることに変わりはなかった。

 私達スペースガード協会は、巨大隕石の脅威から人類を守るため各国の宇宙機関の協力のもとに、МDS・隕石防御システムを構築しました。

 地球に接近する小惑星を、いち早く発見する哨戒衛星。小惑星の軌道を変えるミサイル衛星。そしてもはや軌道変更の不可能な小惑星を破壊するレーザー砲衛星。

 これらの衛星群が皆様の生活を守っているのです」


  蝉の鳴き声。

  コップの中の氷がぶつかり合う音。


糸川(いとかわ)隼人(はやと)N「僕が宇宙へ行こうと思ったきっかっけは、小学六年生の夏休みに見たこのテレビCМだった。その事を幼馴染の(あかつき)希美(のぞみ)に話してみたら……」


  風鈴の音。


暁希美(12)「ええ!! そんなの全然かっこよくないよ」

隼人(12)「なんでだよ!? 地球を守るんだぞ!! かっこいいに決まってるだろ」

希美「だって、隕石なんてただの石ころじゃない。戦うなら宇宙人相手の方がかっこいいよ」

隼人「馬鹿。宇宙人がそんな簡単に侵略に来てくれるわけないだろ」

希美「たがらって別に隕石と戦わなくても」

隼人「やっぱり女には男のロマンは分からないんだな」

希美「なによ!! そんなに宇宙に行きたいなら隼人なんて宇宙人と結婚しちゃえ!!」


 タイトル「張りぼて隕石」


 機械の作動音。


隼人(27)N「あれから十五年。

僕は念願かなってJAXAに入り、そして隕石迎撃衛星タケミカヅチの乗員になる事ができた。タケミカヅチはラグランジュ第二ポイント浮いている直径五十メートルの球体状の衛星。その表面は強靭なホイップルパンパーに覆われていて、スペースデブリの直撃にも耐えられる。装備されたガンマ線レーザー砲は、かつて恐竜を滅びした規模の隕石を一撃で打ち砕く威力を持っていた。そのネエルギーは陽子と反陽子の対消滅反応によって生み出される。

  なんとワクワクするスペックだろう。僕はこの衛星に乗るために、必死で勉強し、身体を鍛え、世間からは宇宙オタクと罵られることに耐えてきた。もちろん、女の子と付き合う暇なんてなかった。おかげで後三年もすれば魔法使いの仲間入りだ。

 だが、そんな事構うものか。僕は宇宙と結婚したのだ。女なんていらない」


  「ガン!!」と宇宙船の金属の天井に頭をぶつける音。


隼人「いててて」


  機械の作動音。


男性パイロット(30)「大丈夫かい?」

隼人「ああ、なんとか」

パイロット「気をつけなよ。よく、無限に広がる大宇宙なんて言うけど、宇宙船の中は無限に狭いからな」

隼人「分かってるよ。ところで月面基地の指令は、なんだって僕を呼びつけたりしたんだ?」

パイロット「知らんよ。俺はただタケミカヅチから、あんたを連れてくるように言われただけだ」

隼人「そうか」

パイロット「しかし、あんたよくあんなところで働いてるな」

隼人「え? あんなところって?」

パイロット「タケミカヅチだよ。どうせ、巨大隕石から地球を守るかっこいい仕事と思って志願したんだろ」

隼人「悪かったな」

パイロット「かっこいい仕事だと思ってついてみたら、来る日も来る日も、せまっ苦しいコックピットで待機する日々。巨大隕石なんていつまで経っても現れない」

隼人「詳しいな」

パイロット「俺はな、半月で飽きて転属願い出したんだ」

隼人「ようするに、あんたもあそこで働いていたのか」

パイロット「そういう事だ。悪いことは言わん。早いとこ転属願い出しときな」

隼人「ああ」

パイロット「もっとも、転属願いなんか出す前にタケミカヅチがなくなるかもな」

隼人「どういうことだ?」

パイロット「金がかかりすぎるって問題になってるんだよ。知らないのか?」

隼人「そんなに金がかかるのか?」

パイロット「ほら、タケミカヅチは反物質を使ってるだろう。あれめちゃくちゃ高いんだよな」

隼人「確かに」

パイロット「この前もなんとかって女の議員が、反物質じゃないきゃダメなんですか? 核融合じゃダメなんですかって国会で騒いでいただろ」

隼人「そうだっけ。国会中継なんて見てないから」

パイロット「一度見てみな。下手な漫才より面白いぞ」

隼人N「僕を乗せた宇宙船が、月面基地についたのはそれから一時間後の事だった。国際月面基地は、月にいくらでもある天然の溶岩洞窟に呼吸可能な空気を満たして使っている。基地の入り口になっている直径六十メートルの竪穴は、西暦二〇〇九年に無人探査機かぐやが発見した穴だ」


 ドアの閉まる音。

 金属の床を踏みしめる足音。


隼人「糸川隼人、出頭しました」

司令官(40)「うむ。ご苦労」

隼人М「どうしたんだろう? 司令官てば難しい顔して。僕、なんかやっちゃったかな? まさか!! この前、指令室にあったロマネコンティを味見した事がばれたか?」

司令官「君を呼んだのは他でもない。我々に未曾有の危機が迫っているのだ」

隼人「という事は、ついに現れたんですね。巨大隕石が。任せて下さい。僕が一撃で仕留めて見せます」  

司令官「違う。そんな生易しい相手ではない」

隼人「隕石じゃない? まさか、ブラックホール!? どうしよう? あんなのにレーザー撃っても吸い込まれるだけだし」

司令官「違う。もっと恐ろしい相手だ」

隼人「まさか!? 宇宙人?」

司令官「いや、そんな可愛い相手ではない」

隼人「宇宙人より恐ろしいって、いったい?」

司令官「蓮田議員だ」


  しばし沈黙。


隼人「は? 誰ですか? それ」

司令官「我が国の国会議員蓮田(はすだ)邦子(くにこ)だ。知らんのか?」

隼人「そんな事言ったって、国会議員なんていっぱいいるから。で、そのおばさんがどうしたと言うんですか?」

司令官「月面基地へ視察にくるというのだ」

隼人「はあ? いいじゃないですか。見せてあげれば」

司令官「奴の目的はただの見学ではない。事業仕分けだ」

隼人「事業仕分けって。ひょっとしてこの前慰安用に買ったセクサロイドが問題になったんですか? だからもっと安いのにしときゃよかったんですよ」

司令官「仕分けの対象はタケミカヅチだ」

隼人「タケミカヅチ? なんか隕石迎撃衛星と同じ名前ですね」

司令官「当たり前だ。隕石迎撃衛星タケミカヅチが仕分けの対象となっているのだ」

隼人「えええ!! それが仕分けられた場合、僕のここでの職場は?」

司令官「なくなる」

隼人「基地に僕の働く場所は?」

司令官「ない。君は地球に戻ることになる」

隼人「そんなあ!!」

司令官「ようやく、事の重大さが分かったようだな」

隼人「しかし、МDSは国際協力事業ですよ。日本だけ抜けるわけには」

司令官「奴はすでに他の国にも手を回しているのだろう」

隼人「しかし、なんでタケミカヅチを?」

司令官「奴が言うには、一万年に一度落ちてくるかどうか分からない隕石のために備えるなど税金の無駄だというのだ」

隼人「だって、隕石は明日落ちてくるかもしれないんですよ」

司令官「その時は走って逃げればいいと言っていた」

隼人「そんなバカな!! なんとかならないんですか!?」

司令官「手は打ってある」

隼人「本当ですが? で、僕はどうすればいいんですか?」

司令官「君はいつも通り、タケミカヅチで勤務していてくれ。そこへ蓮田議員が視察に来ることになっている」

隼人「はあ」

司令官「そして君は議員の目の前で小惑星を迎撃するのだ」

隼人「え?」

司令官「ようするに議員の目の前で実績を上げればいいのだよ」

隼人「ちょっと待ってくださいよ。そんな都合よく小惑星がくるわけないでしょ」

司令官「だから今、用意してるんじゃないか」

隼人「用意って? 小惑星って、用意できるものなんですか?」

司令官「そんなわけないだろう」

隼人「じゃあ、まさか、捏造ですか?」

司令官「そうだ。今、小惑星の張りぼてを用意している。それを君が迎撃するんだ」

隼人「そんなの見破られるでしょ」

司令官「確かに、我々が見たら嘘だと分かるだろ。しかし、隕石がきたら走って逃げろなんて馬鹿な事言う奴に見抜けると思うか?」

隼人「まあ、そりゃあ見抜けないかもしれないけど、嘘はよくないのでは」

司令官「タケミカヅチがなくなってもいいのか?」

隼人「それは困ります。しかし、この事がばれたら」

司令官「後で問題になったのなら、私が責任を取る」

隼人「はあ」

隼人М「本当に責任とってくれるのかな、このおっさん。後になってすべて部下がやった事とか言って逃げる気じゃないだろうか。その場合、責任はすべて僕に押し付ける気じゃないのか」

司令官「とにかく。タケミカヅチは地球を守る大事な防波堤だ。馬鹿議員の下らぬ政治の道具になどにされてたまるか」


 機械の作動音。


隼人N「そして、数日が過ぎたある日、月面基地に蓮田議員(40)を乗せた宇宙船が到着した。僕はその報告をタケミカヅチの狭いコックピットで聞いた。もうすぐ、議員を乗せた宇宙船がラグランジュ2に浮かぶタケミカヅチにやってくる」


 「ピー」とアラームが鳴る。


隼人「どうした!?」

コンピューターの声「哨戒衛星7号が地球衝突軌道に乗った小惑星を捕捉しました」

隼人「あれ? ちょっと予定より早いな。まあいいか。映像を出してくれ」

コンピューターの声「はい」

隼人N「よくできた張りぼてだな。クレーターまで細かくできてるよ。まるで本物みたいだ。これなら議員も騙せるだろう」

コンピューターの声「いかがいたしますか?」

隼人「月面基地にデータを送れ。ガンマ線レーザー砲のセーフティロック解除コードを送ってもらう」

コンピューターの声「了解」

 

 「ピー」とアラームが鳴る。


コンピューターの声「宇宙船がドッキングの許可を求めています」

隼人「許可しろ」

コンピューターの声「了解。パイロットが通信を求めています」

隼人「つなげ」

パイロットの声「おい。今、議員が入っていったぞ」

隼人「そうか」

パイロット「それはそうとお前、さっきから何やってるんだ? レーザー砲が動いているが」

隼人「何って? これから隕石を迎撃するに決まってるだろ。まあ張りぼてだが」

パイロット「だって、あれは」

隼人「おっといかん。議員が入ってくるから切るぞ」

パイロット「おい、ちょっと待て」


 「シャー」と扉の開く音。


隼人「タケミカヅチへようこそ。まことに申し訳ありませんが、ただ今取り込んでおりまして……」

蓮田「取り込んでいるとは、どういう事かしら?」

隼人「哨戒衛星が地球衝突軌道に乗った小惑星を発見しまして、ただいま迎撃の準備をしております」

蓮田「予想通りね」

隼人「は?」

蓮田「私の到着に合わせて、張りぼての隕石でも用意するんじゃないか思ったけど、予想通りね」

隼人М「ギク!! 読まれてた」

隼人「な……何言ってるんです。これが張りぼてに見えますか?」

蓮田「確かに映像はよくできてるわ」

隼人「そうでしょ。じゃない。これは本物ですよ」

蓮田「でも、軌道データとか質量のデータとか見せられても、私には分からないと思ってるんでしょ」

隼人「そんな事は」

蓮田「大丈夫。そのために専門家を連れてきたから」

隼人「専門家?」

蓮田「入りなさい」

  

 「シャッ」と扉の開く音。


暁希美(27)「隼人。久しぶりね」

隼人「の……希美……」

希美「びっくりした? 驚かそうと思って黙ってたの」

蓮田「なに? あなた達、知り合いだったの?」

希美「はい。幼馴染です」

隼人「希美。どうしてここに?」

隼人N「本当に驚いた。希美とは小さいころ、父親の転勤で別れた後、ずっと年賀状のやり取りをしているだけの仲だった。毎年、年賀状には写真を貼ってたから顔の変化は分かっていたが、まさかこんなところで再会することになるなんて」

希美「蓮田先生がね、月面基地を視察するから、宇宙に詳しい人に一緒に来てほしいと後援会の人に頼まれて」

隼人「後援会?」

希美「うん。お婆ちゃんがね、蓮田先生の後援会に入ってるの」

隼人「それで、ここへ?」

隼人М「希美の奴、よりによって蓮田の手下に成り下がったのか」

希美「ねえ、隼人。なんか顔が怖いよ」

隼人「え?」

希美「なんか怒ってるみたい? ひょっとして、あたしが来て邪魔だった?」

隼人「そ……そんな事は」

蓮田「再会の喜びに水を差して申し訳ないけど、暁さん」

希美「はい」

蓮田「小惑星のデータを分析してください」

希美「はい。じゃあ隼人、ちょっと機械借りるね」


 「カチャカチャ」と機械を操作する音。


隼人М「まずい。まずいぞ。希美は僕とは大学は違うが、宇宙学科に進学したと年賀状に書いてあった。蓮田は騙せるが、希美ではあれが張りぼてだと分かってしまう」

希美「ねえ、隼人」

隼人「どうした?」

希美「これ、本当に張りぼてなの?」

隼人「何言ってる? 誰が張りぼてなんて言った?」

希美「だって蓮田先生が、私達を歓迎するために月基地の人達が張りぼて隕石を用意しているって聞いたから」

隼人「そんなわけないだろ?」

隼人М「いや、そんなわけあるんだが、別に歓迎にためにやってるんじゃなくて、蓮田を騙して追い出すのが目的であって……」

蓮田「もういい加減、白状したら? あれは張りぼてなんでしょ」

隼人「ち……違います」

希美「ええ、張りぼてじゃありませんよ」

蓮田「どういう事なの? 暁さん」

希美「この隕石。張りぼてじゃありません。本物です」

蓮田「なんですって!!」

希美「早く迎撃しないと、本当に地球が危ないですよ」

蓮田「そんな馬鹿な!! なんで私がやってくるこのタイミングに、小惑星がやってるのよ!!」

希美「来たものは、しょうがないじゃないですか」

蓮田「だって、こんな偶然。まさかあなた達」

希美「なんですか?」

蓮田「幼馴染だと言っていたけど、グルじゃないでしょうね?」

希美「グル? なんであたしがそんな事?」

蓮田「だから、あなたもこの陰謀に加担しているんじゃないかと……」

希美「陰謀? あのう、張りぼて隕石は、先生を歓迎する余興なのでは?」

蓮田「ちょっと間違えただけよ。余興と言おうとして間違えて陰謀と言ったのよ」

希美「なあんだ」

蓮田「あなたも、この余興に関与しているんじゃないのかと言いたかったのよ」

希美「そんなの無理ですよ。先生と同行することが決まってから、外部と連絡とれないように後援会の人に携帯取り上げられちゃったんだから」

蓮田「そういえばそうだったわね。ほほほ」

隼人М「そうか!! 蓮田の奴、事業仕分けの事を希美に教えてないな。だけど、希美はこの部屋に入って空気を察したんだ。だから、僕らに合わせて嘘をついてくれたんだな。なんて良い奴だ」

希美「それより、あの小惑星を早く何とかしないと」

蓮田「ちなみに、これが地上に落ちたらどのぐらいの被害が出るの?」

希美「たぶん、ものすごい大地震と大津波が起きて、億単位の人が死ぬでしょうね」

蓮田「億単位!?」

希美「その後で舞い上がった塵がお日様を遮って氷河期が来ちゃいますね」

蓮田「氷河期!?」

希美「その後、石油や石炭、天然ガスを巡って戦争が起きるんじゃないかな」

蓮田「戦争!?」

希美「文明が崩壊する事疑いなしですね」

蓮田「なんですってえ!? ちょっとそこのあなた!!」

隼人「な……なにか?」

蓮田「何ボケっとしてるの!! 早くレーザーを撃ちなさい!! すぐ撃ちなさい!! ただちに撃ちなさい!! 地球が滅びたらどうするのよ!!」

隼人「言われなくても、もう自動発射体制になってますから」

コンピューターの声「ガンマ線レーザー砲、発射準備完了。カウントダウンに入ります。10・9・8・7・6・5・4・3・2・1ファイヤー!!」

隼人М「小惑星の一部が激しく発光している。あの部分にレーザーが当たっているのだろう。これで小惑星は木端微塵に……ならなかった」

蓮田「どうなってるのよ!! 全然効いてないじゃない!!」

隼人М「頑丈な張りぼてだな」

コンピューターの声「隕石撃破失敗」

蓮田「どうするのよ!! このままじゃあ地球が滅びるわよ!!」

隼人「落ち着いてください」

コンピューターの声「隕石軌道変更。地球衝突軌道から外れました」

蓮田「じゃあ、助かったって事?」

隼人「ええ。そういう事です」

蓮田「よかった」

隼人М「まあ、どっちにしても張りぼてだからな」


 ドアの開く音


隼人N「数時間後、僕は月面基地で司令官に会うことになった」

司令官「よくやってくれた。まあ掛けたまえ」


 席に着く音


隼人「まあ、そう言われてもどうせ張りぼてですから」

司令官「実はその事なんだが」

隼人「なんでしょう?」

司令官「張りぼて隕石を曳航するはずだった宇宙船のエンジンが故障してな」

隼人「え? じゃあどうやってあの張りぼてを動かしたんですか?」

司令官「動かしていないのだよ」

隼人「という事は、まさか」

司令官「本物だったのだよ。君が張りぼてだと思っていたのは本物の小惑星だった」

隼人「だって、そんな偶然」

司令官「来てしまった物は仕方がない」

隼人「じゃあ、あれを仕留め損ねたら」

司令官「えらいことになるところだった。正直、あの時私も肝を冷やしたよ」

隼人「この事は議員には……」

司令官「ばれてはいない。しかし、今回の事で議員も態度を変えてくれたようだ」

隼人「そうですか。あの……のぞ……いや、議員は今、どこにいますか?」

司令官「他の基地に行ってる。次の船が出るまで1週間は月を離れられないからね」

隼人「そうですか」

隼人М「1週間の間に希美にもう一度会えるだろうか? 会えるなら謝りたかった。希美は事業仕分けの事は聞かされてなかったようだ。ただ、タケミカヅチで僕と再会できて本当に嬉しかったのだ。なのに僕は、蓮田の手先になりやがってこの裏切り者という気持ちで希美を睨みつけてしまった。はっきり、口に出したわけではないが、希美は自分が歓迎されていないという雰囲気を察したのだろう。あれからタケミカヅチを離れるまでの間、希美は僕と口を聞こうとしなかった。ただ、黙々とタケミカヅチの分析装置を操作していた。いや、きっと操作するふりをして、僕と目を合わせないようにしていたのだろう」


 機械の作動音


隼人N「あれから五日。希美と再会できないまま僕はタケミカヅチに戻ってしまった。いつも通りの退屈な日々が続いている。子供の頃、希美がそんなの全然かっこよくないと言ったけど実際その通りだった。ここで僕がやっている事は、ほとんど哨戒衛星から送られてくるデータを分析するという地味な仕事ばかり。地球に迫る危険な隕石を撃破するなんてワクワクした事はそうそうあるものじゃない。実は五日前にあったのが最初で最後だった。

 あーあ。もう一度、隕石がこないかな」

 

 「ピー」というアラーム音。

 

隼人М「え? 本当に来た?」

コンピューターの声「哨戒衛星5号が地球衝突軌道に乗った小惑星を捕捉しました」

隼人「映像を出してくれ」

コンピューターの声「はい」

隼人「これは……そ……そんなバカな」

隼人N「そこに映っていたのは、五日前に迎撃したのとまったく瓜二つの小惑星だった。単に似ているのではない。この前、レーザーを撃ちこんだ跡も残っている。戻ってきたんだ。こいつはいったいどういう事だ?」


「ピー」とアラームが鳴る。


コンピューターの声「宇宙船がドッキングの許可を求めています」

隼人N「こんな時にいったい誰が?」

希美の声「隼人。中に入れて」

隼人「希美? どうしてここに」

希美の声「大事な話があるの。だから基地司令に頼んでここへ連れてきてもらったの」

隼人「分かった」


 「シャー」と扉の開く音。


希美「隼人。あれを撃っちゃだめ」

隼人「どういう事だ?」

希美「五日前、あたしはあの隕石からデータを取ったの。そしたら、隕石から電波が出てる事が分かったの」

隼人「電波だって?」

希美「自然に出ているものじゃない。何か意味のあるパターンのある電波だった」

隼人「それじゃあ、あれは隕石じゃなくて」

希美「宇宙船だったのよ」

隼人「なんだって」

希美「通信機を貸して。まだ電波が出ているかもしれないわ」

隼人「ああ」

 

 「にゃあああん」通信機から猫の鳴き声のような音が流れる。


隼人「なんだこれは?」

希美「電波をそのまま音に変換したのよ」

通信機の音「みゃううう」

隼人「まるで猫だな」

希美「何かの意味があると思うんだけど、解析する時間がなかったの」

隼人「この前、撃った事を怒ってるのかな?」

希美「たぶん。このままじゃ宇宙戦争になっちゃうかも」

隼人「同じ周波数で、呼びかけてみたらどうだろう」

希美「やってみるわ」


 「カチャカチャ」と通信機を操作する音


希美「テステス。ただ今、マイクのテスト中。聞こえますか?」

通信機の音「にゃあああん」

隼人「しかし、なんて言えばいいんだ?」

通信機の音「にゃおにゃお」

希美「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

隼人「日本語が通じるわけないだろ」

希美「アイム・ソーリー!! アイム・ソーリー!! アイム・ソーリー!!」

隼人「いや、英語にすればいいという問題では……」

希美「誠意だけは伝わるかなって」

通信機の音「にぁああああん」

隼人「誠意伝わったのかな?」

希美「え?」

隼人「レーダーを見てくれ。奴が軌道を変えた。地球衝突コースから外れている」

希美「本当!?」

隼人「宇宙人に希美の誠意が伝わったんだよ」

希美「よかった」

隼人「しかし、すごい技術だな。あの船からはガスもプラズマも吹いてない。重力制御で動いてるんだ」

希美「そんな相手と戦ったら、人類は絶対勝てないわね」

隼人「あれ? 希美。昔言わなかったか? 戦うなら宇宙人相手の方がかっこいいって」

希美「子供頃の事を!! あら?」

隼人「どうした?」

希美「レーダー見て」

隼人「これは!!」

隼人N「なんてこった!! 奴はやっぱりこの前の事を根に持っていたんだ。奴はタケミカヅチの方へまっすぐ向かってくる」

希美「やだ!! こっち向かってくる。早く逃げて」

隼人「逃げてと言っても、タケミカヅチは自力で動けないんだ」

希美「タケミカヅチってエンジンないの?」

隼人「姿勢制御用のヒドラジンスラスターぐらいしか」

希美「そんなあ」

隼人「希美の乗ってきた船に乗り移ろう?」

希美「だめよ。もう月へ帰っちゃったわ。それより脱出艇は?」

隼人「あるけど、エンジンがついてない。慣性航行で安全圏に逃れるまで三十分はかかる」

通信機の音「にゃおーん」

隼人「あいつがぶつかってくるまで十五分ほどだ。間に合わない」

希美「そんなあ。他に逃げる方法はないの?」

隼人「ない」

通信機の音「にゃおにゃおにゃお」

希美「あたし達、ここで死ぬのね」

隼人N「どうすればいいんだ? せめて希美だけでも助けられないだろうか? 宇宙服で……いやダメだ。宇宙遊泳じゃ安全圏まで逃げられない。もう万事休すなのか」

隼人「希美。今のうちに謝っておきたい。睨みつけたりして済まなかった」

希美「え?」

隼人「あの時は、希美が蓮田の手先に成り下がったと誤解してたんだ」

希美「ああ、それで睨まれてたんだ」

隼人「でも、希美は蓮田がタケミカヅチを事業仕分けするつもりだったなんて、聞いてなかったんだろ」

希美「うん。あたしはただ、視察に行くからアドバイザーとして同行してほしいと言われただけ。事業仕分けの話は知らなかったわ」

隼人「もし、知ってたら断っていた?」

希美「ううん。知ってたら、嘘のアドバイスしてやった」

隼人「ははは」

希美「それにこういうチャンスでもないと、隼人に会いに行けないし」

隼人「え?」

希美「でも、隼人には迷惑よね」

隼人「なんで?」

希美「だって月面基地に彼女いるんでしょ。そんなところへあたしが訪ねて行ったら迷惑かなって」

隼人「はあ!! 彼女? 誰に?」

希美「隼人に。いるんでしょ?」

隼人「いないよ。誰がそんなデマを?」

希美「あたしがそう思っていたんだけど。違うの?」

隼人「なんでそう思ったんだ?」

希美「前にもらった年賀状に、大宇宙が僕の恋人とか書いてあったから、てっきり月面基地で良い人ができたのかなって」

隼人「いや……それは比喩であって」

隼人М「言えない。本当は恋人が欲しい。しかし、できないので宇宙が恋人なんて強がっていただけだなんて、口が裂けても言えない」

隼人「恋人にしたいぐらい、宇宙が好きだという意味だよ」

希美「なあんだ、そういう意味か」

隼人「だいだい彼女どころか、後三年で魔法使いの仲間入りだぜ」

希美「え? 隼人って童貞だったの?」

隼人「悪いかよ」

希美「悪くないけど。あたしだって……あたしだって処女だし」

隼人「そ……そうなの?」

通信機の音「にゃおおおん」

隼人N「ディスプレイの中で奴はどんどん大きくなっていく。もうすぐ、僕たちはあいつに押しつぶされるんだ」

希美「覚えてる? 子供の頃、隼人が宇宙へ行くって言ったとき、そんなの全然かっこよくないって言ったこと」

隼人「ああ、覚えてる」

希美「あの時ね、本当にかっこ悪いと思ったんじゃないの。隼人があたしから離れていくのが嫌で、あんな意地悪言ったの」

隼人「そうだったのか?」

希美「今にして思えば馬鹿な話よね。ずっと宇宙にいるわけじゃないのに、その時は隼人が帰ってこなくなるような気がして」

隼人「希美」

希美「あたし、あの時から隼人の事が好きだった。隼人を追いかけたくて宇宙に行こうとしたけど、あたしは優秀じゃないから」

隼人「それで蓮田の話に乗ったのか?」

希美「うん。月面基地へ行って隼人の彼女ってどんな人か見てみたくて」

通信機の音「にゃおおおん」

隼人N「ディスプレイいっぱいに奴が広がっている。こうなると衝突というより墜落するといった感じだな」

希美「あとどのぐらい?」

隼人「一分を切った」

希美「最後の時間、抱きしめていて」

隼人「ああ」

隼人N「スペーツスーツごしでは、肌の温もりも伝わってこない。それでも僕は希美を抱きしめ最後の時を待った」


 「ズズーン」何かがぶつかる音。


隼人N「いよいよ来たか。なんだ? 何も起きないぞ」

希美「ねえ隼人」

隼人「どうした?」

希美「なんか、着陸してない?」

隼人「え?」

隼人N「改めて外部カメラで外の様子を見ると、直径五十メートルのタケミカヅチは、直径一キロの小惑星の表面に張り付くように着陸していた」

隼人「どうやら、僕らを殺す気はなかったみたいだな」

希美「でも、どういうつもりかしら?」

通信機の音「にぁううう」

希美「ねえ。これって何か話しかけてるんじゃないの?」

隼人「しかし、なんて言ってるんだ?」

通信機の音「にゃおん。にゃおん」

希美「ねえ。昔空地で野良猫を可愛がっていたの覚えてる?」

隼人「ああ。シロって呼んでたな。それが何か?」

通信機の音「にゃおーん」

希美「この声。シロが餌をねだる声に似てないかしら?」

隼人「似てるけど、まさかこいつ。餌をくれと言ってるのか?」

希美「そんな気がする」

隼人「だってこれ宇宙船だろ」

希美「それ間違えかも。この小惑星自体が一つの生物なのよ」

隼人「なんだって?」

通信機の音「にゃおにゃおにゃお」

希美「敵意があるようには聞こえないわ。きっとお腹が空いてるのよ」

隼人「しかし、キャットフードなんかないぞ」

希美「キャットフードなんか食べるわけないじゃない」

隼人「じゃあ僕らを食う気か?」

希美「だったらとっくに食べられてるわよ」

隼人「じゃあ、こいつはいったい何を食うんだ?」

希美「タケミカヅチのレーザー砲って、小惑星を一撃で破壊できるのよね」

隼人「ああ」

希美「五日前にこの子にそれを撃ちこんだけど、それだけの膨大なエネルギーはどこへ消えたのかしら?」

隼人「まさか、こいつが?」

希美「食べたのよ」

隼人「食べたって、レーザーを?」

希美「そういう生き物なのよ。植物だって光合成をするでしょう。きっとこれはガンマ線みたいな周波数の高い電磁波を、自分のエネルギーにする生物なのよ」

通信機の音「にゃおーん」

隼人N「突然、小惑星……いや、宇宙生物はタケミカヅチから離れた。そして奴は回り込むと、タケミカヅチのレーザー砲の真正面でぴたりと静止した」

通信機の音「にゃおおおん」

隼人「撃ってくれって事かな?」

希美「たぶん」

隼人「しかし、違っていたら宇宙戦争だぞ」

希美「間違ってはいないと思う」

隼人「よし。一か八かやってみるか」


 「カシャカシャ」と機械を操作する音。


コンピューターの声「ガンマ線レーザー砲、発射準備完了。カウントダウンに入ります。10・9・8・7・6・5・4・3・2・1ファイヤー!!」

隼人N「宇宙生物は光に包まれた。そして、表面に積もっていた岩石が離れていった。どうやら、この生き物は自力で表面の岩石を振り落せないくらいに衰弱していたようだ。

通信機の音「にゃおおおおん」

希美「綺麗!!」

隼人N「隕石の中から現れたそれは、確かに生物だった。巨大ではあるが、とても美しく、そして愛らしい目をもっていた。その生物は長い間宇宙を彷徨っている間に隕石が表面に降り積もって、自分でどうする事もできなかったのだろう」

通信機の音「にゃおーん」

隼人N「生物は嬉しそうにタケミカヅチの周りを飛び回っていた」

希美「喜んでるのかな?」

隼人「そうみたいだね」

通信機の音「にゃおにゃお」

希美「あ! 帰ってく」

隼人N「生物は、金色の光を放ちながら宇宙の彼方へと消えさっていった」

希美「また、来てくれるかな?」

隼人「来られちゃ困るだろ」

希美「でも、なんかシロが帰ってきたみたい。もう一度来てほしいな」

隼人「まあ、あいつのおかげでタケミカヅチは事業仕分けを免れたわけだし。それ考えたら神様みたいなもんだな」

希美「ねえ、その事だけど」

隼人「なんだ?」

希美「この事が蓮田先生に知られたら」

隼人「ああ!! まずい。このままだと、やはり事業仕分けされてしまう」

希美「黙ってようか?」

隼人「なに?」

希美「だから、どうせ誰も見てなかっただろうし、二人だけの秘密という事にして」

隼人「いやしかし、コンピューターに記録だって残ってるし」

希美「だから、データを改竄しちゃって」

隼人「それ犯罪だって」

希美「タケミカヅチがなくなってもいいの? もし、本当に小惑星が来た時にタケミカヅチがなかったら人類は滅びるのよ」

隼人「そうだが……蓮田議員を説得できないかな? あの時さんざん怖い思いをしたことだし」

希美「無理。あの人が真相を知ったら絶対事業仕分けをするわ」

隼人「そうなのか?」

希美「二週間そばにいて、よく分かったわ。あの人は今さえよければそれでいいという人なのよ」

隼人「今さえって」

希美「十年後? なんとかなるわよ。百年後? 知ったこっちゃないわよ。千年後? どうでもいいわよ。 そういう価値観の人よ。まして一万年に一度落ちてくるかどうかという隕石に対策を立てようなんて絶対にやらない人よ」 

隼人「うーむ」

隼人N「結局、希美の言う通り僕はデータを改竄する事にした。そして司令官にも生物の事は黙っておくことにして、僕は普通に隕石を迎撃したと報告したのだ」


 クリスマスソング。

 都会のざわめき。


隼人N「久しぶりに地上に降りると、東京はすっかりクリスマスムードに包まれていた。僕はいつの間にか、こういうムードが苦手になっていた。楽しそうにしている人達を見てると、そこに自分がいるのが酷く場違いな気がするのだ。

 だから、いつもの年なら僕がこうしてクリスマスの町に出向く事などなかった。

 いつもの年なら、この日は職場か自宅に籠って、時折携帯からネットに「リア充爆発しろ」と書き込むのが僕のいつものクリスマスの過ごし方だった。

 しかし、今年は少し違っていた」


  近づいてくる足音。


希美「隼人。お待たせ」

隼人N「タケミカヅチで会った時の無粋なスペーススーツ姿と違い、赤いダウンジャケット姿の希美は可愛かった」

希美「どうしたの?」

隼人「え!? あ!! いえ!! 久しぶり」

隼人М「思わず見とれていたなんて言えない。

 そう。あの日、タケミカヅチで希美と抱き合ったあの時、僕は気が付いたのだ。

 なぜ。僕が子供の頃、宇宙に行くと言い出したのか。かっこをつけたかったからだ。希美に対して。宇宙の脅威から地球を守った英雄になって希美にかっこいいところを見せたかった。それが動機だった。宇宙が恋人なんて嘘だ。本当に恋人にしたかったのは希美だった。その事に僕は今頃になって気が付いた。だからあの時、希美がタケミカヅチを離れるとき、今日ここで再会する事を約束したのだ。

 なぜ、今までこうしなかったか。

 本当は怖かったのだ。希美と再会しても、すでに希美に恋人がいるんじゃないかと思うと。だから今まで、宇宙が恋人と言って虚勢を張っていたのだ」

希美「綺麗な星空ね」

隼人「ああ」

希美「あの子、今頃どうしてるかな?」

隼人「あの子って?」

希美「宇宙猫ちゃん」

隼人「猫なのか!? あれ?」

希美「いいじゃない。パンダだってクマ科なのに中国語で熊猫って言うんだから」

隼人「今頃、どっかでガンマー線をたらふく食ってるんじゃないかな」

希美「あたしね、今でも夢の中であのにゃおにゃおって声が聞こえてくるの」

隼人「え?」

希美「なんか、すごく寂しそうに聞こえるのよね」

隼人「そうか」

希美「あの子、きっと寂しかったんだと思う。たった一人でお腹を空かして、暗い宇宙を彷徨っていて」

隼人「でも、他にも仲間がいるんじゃないか」

希美「そうね。でも、仲間とはぐれてたんだと思うの」

隼人「そうか」

隼人N「何を話してるんだ僕は。あんな宇宙生物の事なんかどうだっていい。それより、希美に言わなきゃならないことがあるだろ」

隼人「あのさ」希美「あのね」


 しばし沈黙。


隼人「どうぞ」

希美「隼人は淋しくなかったの?」

隼人「え?」

希美「一人でタケミカヅチの中にずっといて淋しくなかったの?」

隼人「それは……」

希美「どうなの?」

隼人「淋しかったさ」

希美「そうよね」

隼人「希美にずっと会いたかった(小声)」

希美「え? なに?」

隼人「希美にずっと会いたかった」

希美「だったら、会いに来ればよかったのに」

隼人「行ったら、迷惑かと思ったんだよ」

希美「なんで迷惑なのよ?」

隼人「希美だって思っていただろ」

希美「じゃあ、あたしに彼氏がいると思っていたの?」

隼人「思ってた」

希美「いないわよ。彼氏なんて」

隼人М「なんてこった。結局、僕たちはお互いに、存在しない恋敵に何年も怯えていたというわけだった」

希美「ところで、地球にはいつ帰ってきたの?」

隼人「一昨日だよ」

希美「ええ!? 大丈夫なの? 長いこと宇宙にいたから筋力が落ちてるんじゃ」

隼人「実を言うと、後二週間はリハビリをしなきゃならないんだけど、今日、希美と会うために、無理に頼んで新開発のパワーアシストスーツを借りてきた」

希美「パワーアシストスーツ? その服の下に着ているの?」

隼人「ほとんど、目立たないだろ。まだ市販されていない試作品さ」

希美「すごいのね」

隼人「あのさ、話したい事あるんだけど」

希美「なに?」

隼人「その……つまり……ええっと」

希美「何よ?」

隼人「だから……ええっと……」


 「ピンポンパンポン」と着信声が鳴る。


希美「ごめん。ちょっと電話が入った。もしもし、ああ、お母さん。うん、今隼人と一緒。ええ、うちに連れて来い。無理よ。リハビリ中のところを無理やり来てくれてるんだから。うん。じゃあ切るね」

隼人М「なぜだ? なぜ、こんな簡単な事が言えないんだ」

希美「お待たせ。で、なんだっけ?」

隼人「その……あれだ……あれだよ」

希美「何よ? はっきり言ってよ」

隼人М「ダメだ。どうしても言えない。こうなったら。僕はポケットの中の物を掴み希美に差し出した」

隼人「こういう事だ」

希美「指輪? これをあたしに?」

隼人「すまん。さっきも言った通りまだ地球についたばかりで、店による暇もなかった。だからそれは月にいる時に手に入れたダイヤをラボで加工した物なんだ」

希美「ねえ。これってそういう意味よね?」

隼人「指輪にそれ以外の意味はないだろ」

隼人N「なんで、もうちょっと気の利いた事を言えないんだろう。僕は。でも、希美は指輪をはめてくれた」

希美「ねえ隼人」

隼人N「希美は目をつぶり、唇を突き出した。僕はごくりと唾を飲み、希美の両肩に手をかける」


 携帯の着信音が鳴る。


隼人М「こんな時にいったい誰が? ゲッ!

 JAXAから?」

隼人「もしもし」

司令官の声「今、どこにいる?」

隼人「どこって、東京ですが」

司令官の声「そうか。君に大至急確認したい事がある」

隼人「なんでしょう?」

司令官の声「二週間前、君はタケミカヅチで何をしていた?」

隼人「何をしていたって、報告書に書いた通りですよ」

司令官の声「報告書には、小惑星を迎撃したとだけあるが、間違いはないか?」

隼人「間違えありません」

司令官の声「では、今から映像を送るので、見覚えがないか確認してくれ」

隼人「はあ」

希美「いったいどうしたの?」

隼人「分からん。月で何かあったみたいだが」

希美「まさか、あの事が」

隼人「いや、データは全部消したはずだが。お! 映像が届いた」

携帯の音「にゃおおおん」

隼人「これは?」

希美「宇宙猫ちゃん?」

司令官の声「宇宙猫? そこに誰かいるのか? やはりこれを知ってるんだな?」

隼人「いや、その」

司令官の声「そうか。あの時、暁希美嬢も一緒だったな。そこにいるんだな」

隼人「はい。います」

司令官の声「で、君たちは二人ともこれを見ているのか?」

隼人「ええっとその」

希美「すみません。あたしが黙っていようって言ったんです」

隼人「おい。希美」

司令官の声「もういい。とにかく、ただちに月面基地に出頭してくれ」

隼人「あの、いったい何があったんですか?」

司令官の声「タケミカヅチが、この宇宙生物に取り囲まれているのだ」

隼人「ええ!? 取り囲まれるって。じゃあ一匹じゃないんですか?」

司令官の声「十匹いる」

隼人「十匹!? 待ってください。こいつに敵意はありません。だから攻撃はしないでください」

司令官の声「当たり前だ。たとえ敵意があっても、宇宙生物を迂闊に攻撃できるか」

隼人「そうですよね」

司令官の声「我々も対処に困っているんだ。こいつについて何か知っているなら、早く来てくれ」

隼人「分かりました」

希美「ねえ。宇宙猫ちゃんがまたやってきてくれたの?」

隼人「ああ。それも仲間を連れてきたらしい」

希美「ねえ。もしかして子供を産んだんじゃないの?」

隼人「そうかもしれないな」

希美「ねえ、あたしも行っていい?」

隼人「遊びじゃないんだぞ」

希美「こう見えてもあたし、宇宙生物学で博士号持ってるのよ」

隼人「なんだって?」

希美「でも、宇宙生物学者なんて月へ行ってもなんの役にも立たないし、唯一地球外生物がいるエウロパは、よほど優秀な人じゃないと行けないでしょ」

隼人「それで今まで宇宙へ上がってこれなかったのか」

希美「そうなの。でもこの子達の研究なら、あたしでも約に立つでしょ」

隼人「分かった。とりあえず指令に掛け合ってみる」

希美「やったあ!!」

携帯の声「みゃうううう」

隼人N「どうやら、僕らはとんでもない生物を餌付けしてしまったらしい」


          了



登場人物紹介


糸川隼人いとかわはやと27歳レーザー衛星の乗員

 名前の由来は小惑星イトカワと探査機はやぶさからです。


あかつき 希美のぞみ27歳 宇宙生物学者

 名前の由来は火星探査機のぞみと金星探査機あかつきを合わせました。


蓮田邦子 40歳 国会議員

 名前の由来は……ありません。適当につけました。決して科学の敵と言われている某国会議員ではありません。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うーん、なんか世界からにほーん何しとんのジャーとゆう怒号が聞こえるんですけど。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ