姫、見参!!
「もう、何でお昼ゴハン一緒に食べてくれないのよ」
振り返った俺の視線の先にいる少女は拗ねたように、でもどこか甘えたような声の調子で言いながら頬を膨らませる。
その様子を微笑ましく思いながらも、背後からエリートクラスの連中が数名こっちに向かって歩いて来たのに目を留め―――――その中に学園内では極力関わり合いを避けたい人物の姿を認めてしまい、俺の口元が一瞬だけ引きつった。
・・・・・ヤバい、逃げないと。
でもまぁ、取りあえずはこっちを何とかしないとな。
どこぞの有名デザイナーがデザインしたらしい、目の覚めるような鮮やかな空色の制服の上下。小柄なためか一番サイズが小さいものにも関わらず、やや大きめのそれは袖口が少し余っていた。
が、だらしないと言うよりも、幼い印象の強い彼女の雰囲気からすれば『可愛らしい』という言葉がぴったりと当てはまるような気がする。
僅かに茶色がかった髪は肩口あたりで切り揃えられ、これもまた可愛らしい。
大きな二重の目は意志の強そうな光を宿らせているが、細い眉が少し下がり気味のために凛々しいと言うよりはちょっと抜けたような感じが、やはり可愛らしい。
・・・さっきから可愛らしいを連発しているが、どうか勘弁して欲しい。
客観的に見て同じ発言をする人間が多いということもあるが、まぁ、所謂『身内贔屓』だ。
「愛沙、どうした?お前がこっちに来るなんて珍しいじゃないか」
「お兄ちゃんがカフェテリアに来ないから私が来たの!!」
可愛らしく反論するのは、愛妹の橘愛沙だ。
・・・シスコン、と笑いたければ笑えばいい。
コンプレックスがあるにせよ、たった1人の妹を可愛がって何が悪い?
『アンゴルモワの大遅刻』の最中、俺たちの父親は帰らぬ人となった。人類の8割方が命を落としている以上、それは仕方のないことなのかもしれない。
今は母親と俺、妹の3人でマンション住まいだが、魔王によって人類が特殊能力を強制的に身につけさせられてから、母親は仕事が忙しくなかなか家に帰ってこない。
というのも母親の能力もこれまた強力なもので、この国どころか世界中で引っ張りだこになっていたからだ。
どうにも、ウチは女傑の家系らしい。多分、父親が生きていたとしても俺と同じようにたいした能力は持たなかったに違いない。
・・・・・だよな?そうだと言ってくれ、父さん。
しかし、そうは言っても俺は家族で唯一の男。
父親が亡くなっている、母親もあまり家にいない、という事情も手伝って、一応は年上の俺が妹の面倒をいろいろと見てきたのだ。
その結果として―――――世間一般で考えられる兄妹の関係よりも何かと兄にべったりな感じになってしまったことだけは、誤算だったかもしれない。
ちなみに面倒を見たのは、主に精神的に、だ。念のために。
「いや・・・カフェテリアはエリートクラスの連中が多いから、なんか気後れしちゃってな。それに俺の教室からも遠いだろ?行って帰ってくるだけで昼休み終わるし」
「ぶーぶー。姫ちゃんだって待ってたんだよ?」
「・・・・・別に行くと言ったわけじゃないし。それに『待ってた』とか言うけどな。じゃあどうしてその姫が、大量の取り巻きと一緒にこっちへ向かって歩いて来るんだ!?」
「え、『お兄ちゃんが来ないから押しかける!』って言ったら、『じゃあ、私も行きます♪』って」
「お前らは目立つんだから、軽はずみな行動を取るなよな・・・」
愛沙は愛沙で、もちろん目立つ。
容姿云々は抜きにしたとして、この桜印学園でも数少ない飛び級の生徒だからだ。
西暦の頃であれば考えもつかなかったが、現在では某大国よろしくこの国にも飛び級の制度がある。優秀な人材を、時間の限られている状況で1人でも多く前線に投入したい、という非人道的見地の産物だが、それもまぁ、やむを得ない処置なのだろう。
何しろ、のんびりやっていたら期限の3年などあっという間に過ぎ、人類は滅亡してしまうのだから。
そんなわけで、俺よりも2つ下の愛沙が同級生ということになっている。
さらに言えば飛び級するだけの力がある愛沙は、第一特殊能力に『変幻自在の銃使い』の称号能力を有している。
称号能力というのは代表的なもので言えば『勇者』や『聖女』なのだが、複数の特殊能力を同時に発揮できる、言ってしまえばチートクラスの能力のことだ。
当然全人類中でも持っている人間が限られ、20人を超えないと言われている。
つまり、エリートの中のエリート。そんなハイスペックな能力者がこの学園には5人もいるのだから、一般クラスの人間にはたまったもんじゃない。
余談だが、ウチの母親の第一特殊能力は『粗暴な女帝』という称号能力だ。
・・・・・話が逸れたな。
って、そうこうしてるうちに姫が目の前に来てるし!!
「こんにちは、優哉。久しぶりね」
「・・・・・昨日の夕食時にウチに来て、日付が変わる頃までいたのは誰だったっけ?」
「あら、そうだったかしら?」
「てか、今朝も一緒に登校したと思うんだが」
「そんなこともあったわね」
「相変わらず俺にはお前が理解不能だよ、姫」
「ありがとう。あなたも相変わらず素敵よ、優哉」
近所付き合いなら構わないが、学園内では極力関わり合いを避けたい人物。
その相手こそ、今俺の目の前で穏やかに微笑んでいる『聖女』、正式には『聖なる女神』の称号能力を持つ、天河姫だった。
順番に。
第3ヒロイン(?)の妹、愛沙。
第2ヒロインの聖女、姫。
鉄板ヒロイン2名が登場です(笑)
『聖女』の姫を鉄板扱いする理由は、次回にて。
・・・あ、お母様はヒロインではないですよ?