召還された瞬間に役目が終わった話
どっかの異世界に、「なんで俺の国の女はこんな不細工ばっかりなんだ!美女連れてこい、美女!俺は女神様みたいな超美女じゃなきゃ結婚しない! っつ-か女神と結婚したい!女神連れてこい女神!女神って言ったら異世界だろう!異世界からの女神!!」とのたまった王子様がいたらしい。
そして、召還がなされた。
怪しげな呪言と、城に代々伝わる魔方陣。
その二つを持って、異界から妃候補として召還された少女を一目見たとき。
「………………あー、よく考えたらさあ、いくら王族とは言え女神と結婚とか恐れ多いことだったよな。そうだ! 大臣、こないだ見合いしたセツ公爵家の長女、まだ結婚してなかったよな? あれでいい、っていうかあれがいい!こいつに比べたら断然…………じゃなく、この御方のような素晴らしい女性と並び立つには、俺では少々無理があるというものでな、ほら。やっぱ俺も身の程って言うか身の丈にあった相手が良いというか何というか」
王子は、あはははっはははあとよく分からない笑い方をして召還の間から逃げ出した。
要するに、無い物ねだりの高望みの願望から目が覚め、一歩大人の階段を登ったのだ。
そうして。
役目を終えた転移魔方陣の上で、私は呆然とその姿を見送っていた。
「だいったい、日本人はチビでぺちゃんこでおたふくなすなんですよ!!鼻が!!高いのが!!偉いのかっ!!!!胸がっっ、ないのがっっっ!!!悪いのかっっっっっ!!!!」
すりこぎでもって、ごりごりと薬草をすりつぶしてゆく。
「ミチカ、それ以上やると毒味が出てくるから止めてくれ」
「異世界から転送される人間が美女だなんて誰が言ったうあああああああ!!!!」
「………何というか、うちの王子がすまん。あと、擂り潰すのは薬草だけにしておいてくれ頼むから」
間違っても王族を狙ってくれるなよと、やんわりすりこぎを持つ手を制されて、岐香はふるふると震えた。
「本当にすまん、帰還の魔方陣の製作は、俺が責任持って手伝うから」
な、とあやすように言った魔術師を、岐香はじろりと睨み付けた。
「いやほら、材料集めだって手伝うし!幸いうちの国で手に入るものばかりだし、元気出せ。なっ!」
この国の筆頭魔術師と名乗った青年は、ははっははは、と、やっぱりよく分からない笑顔でもって岐香を励まそうとする。
あれから、王子はとんとん拍子に結婚を決めた。
おかげで岐香はこの国の人間に「恋愛成就のために異界から遣わされた女神」として崇め奉られてしまったりしている。
「女神様に是非」と、訳の分からないご馳走やらお供え物が届く毎日だ。
それはまだいい。
いや、決して気分の良いものではないがまだそれは良い。
問題は、元の世界に帰る方法だった。
ここに無いものを「いま、ここ」に引き寄せる召還の魔方陣は、魔術の中では比較的難易度が低いらしい。
それに比べ、帰還の魔方陣は次元や空間の座標軸を詳細に調整する必要がある為か、魔術の難易度が格段に跳ね上がるのだそうだ。
当然、魔方陣を作成する材料もそれに見合ったものが求められる。
ワイバー砂漠に住むドラゴンの幼獣の生き血、とか。
ゼクシャル渓谷の六角獣の一番角、とか。
マイスの森の幻影蛾の繭、とか。
この世界に住む人間にとっても希少な素材が必要となる。
それらの材料を全て入手するのは並大抵の事ではないという。
そして、それらの材料に帰還者と強い結びつきを与えて魔法具とするためには、岐香自身が自らの手でそれらの「材料」を仕留める必要がある、というのだ。
岐香はそれを聞いて正直発狂しそうになった。
聖剣も聖女の祈りも無い人間に、ドラゴンを倒せと?
それなんて無理ゲー?
誰か氷嚢持ってきて、頭が痛いのと言いたくなっていた岐香に、更に追い打ちが掛けられた。
帰還の魔方陣を作成し、術をかけるのは、岐香にしか出来ないと言うのだ。
「この世界の人間はお前の世界の場所なんて知らないしなあ。悪いけど自力で帰ってくれ、勿論魔術は教えるから」
筆頭魔術師に教われる人間なんて、滅多にいないんだから感謝しろよ-、と何故かドヤ顔で言われたときの岐香の胸の内を、想像できるだろうか。
「せめてっっ!!!チーーートがっっっ、欲しかったぁぁぁぁああああ!!!!」
おたまを手に、魔物的なゲル生物を大鍋で煮詰めながら、今日も岐香の雄叫びが上がる。
岐香が帰還できる日は、まだ、遠い。