表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の弐 執事、困惑す
9/30

元主人、元執事

「随分とふざけた事してくれたじゃねぇか」

 絵理に馬乗りになっていた男はすでに動かない。相手が返答するより早く、オレは残りの二人に近寄り、思い切り殴り飛ばす。

 呻き声を上げて、二人の男はあっけなく昏倒した。

 けっ。どいつもこいつも一発でダウンかよ。

 オレは絵理を助け起こし、ブレザーを脱いで絵理に着せた。

「それ着てろ。じゃないと胸が丸見えだ」

「む……。すまぬ。しばし借りるぞ」

「おう」

 さて、と。

「千沙子。お前、自分が何やったか解ってるか?」

「ふん……。解ってるわよ。そのくらい。

 問題児を三人お金で雇って、貴方のご主人様を襲わせた。

 ……殴りたければ殴ればいいわ」

 千沙子はそっぽを向いたまま、こちらを見ずに答えた。不貞腐ふてくされた時の、こいつの癖だ。

「不貞腐れた挙句、開き直ってんじゃねぇよ。

 お前のやった事は犯罪だ。第一、絵理は関係ないだろう」

「関係ないですって? 貴方、この子が裏で何やってるか知ってるの? 貴方のいないときは他の男をはべらせて、いい気になって。……私から貴方を奪って、そんな事をしている女を許せると思う?」

 青司のことを言ってるのか。やれやれだ。

「んな事は知ってる。というか、今日はその男と、三人で一緒に昼飯食ったぞ。嫉妬に狂って邪推ばっかしやがって。だから女は面倒なんだ」

「その嫉妬を駆り立てたのは一体誰だと思ってるのよ! 私よりもその子が良くなったから突然出て行ったんでしょ。正直に言いなさいよ」

 千沙子の言い分に、オレは心の底から溜息をついた。まったく……。人の事情が全て色恋で片付くと思ってるのか?

「順番が逆だ。お前の家にいられなくなったから出て行った。絵理の家に雇われたのはその後。ついでに言うと、絵理に会ったのもな」

「私の家にいられなくなった理由って何?」

「それは言えない」

「ふざけないでよ!」

 千沙子がオレに詰め寄った。

「じゃあ言うよ。お前に飽きた。それだけ」

「嘘ばっかり」

「嘘じゃねーよ」

 嘘だけどな。

「嘘だわ。貴方、嘘つくときいつも自分の髪に手をやって、私から目を逸らすの。上手に嘘つきたいなら、その癖直した方がいいわ」

 千沙子に言及され、無意識に髪にやっていた手を思わず凝視した。

 自分にそんな癖があるなんて、気付いてなかった。オレのこと、結構良く見てたんだな……。

 あっさり見破られて少々気まずい。

「とにかく、理由は言えない。知らない方がいい事もあるんだよ」

「何その言い方。

 ……ふぅん。さては、母にでも誘惑されたの?」

 いきなり核心を付かれて、オレは面食らった。

「お前、何で知って……! いや違う。今のなし」

「図星、ね。隠さなくてもいいわ。母が昔からそういう事を繰り返してたのは知ってるもの」

 待て。今何て言った。

「知ってた?」

「ええ。何年一緒に暮らしてると思ってるの?

 母は常に誰かが側にいて、自分を見ていてもらわないと耐えられない弱い人。……恋愛中毒なのね。

 父はあの通り家を空けてばかりだし、必然的に異性の使用人に、その役割を求めることが多かったの」

「そうだったのか……」

 もうそれしか言えん。知ってたんですかそうですか。

「馬鹿ね。気を使って屋敷を出て、母を恨むより自分を恨んでくれればいいとでも思ったの? お生憎さま。私はもうずっと前から、母のことは大嫌いだわ。私は、あの人のようにだけはなりたくなかった」

 そこまで言って、千沙子は自嘲的に笑った。

「だけど、私も母と同じね。主人という立場を利用して、貴方の恋人気取りで。母とまったく同じことをしていた。その癖、貴方の気持ちも考えず、私の気持ちばかり押し付けて。全部あの子のせいにすることで、自分を正当化して……」

 千沙子は、既に涙声になっている。搾り出すように、言葉を続けた。

「ごめんなさい。謝っても許してもらえるなんて思ってないわ。だけど、ごめんなさい、陣。ごめんなさい、御剣さん……」

 あのプライドの高い千沙子が、地面に手をついて謝っている。

 正直、千沙子が自分が見えなくなるほど追い詰められるなんて、考えてなかった。安易に考えて、何のフォローもせず突き放しただけだった。絵理を直接襲わせたのは千沙子だが、そうさせた責任はオレにあるんだよな……。

「まったく……私は結局そなたらの壮大な痴話喧嘩に巻き込まれただけか?」

 黙って話を聞いていただけだった絵理が、いつの間にかオレの隣に来ていた。ぼろぼろになったスカートと、脚の擦り傷が痛々しい。

「千沙子とやら。そなた、馬鹿だろう」

 絵理は傷心の相手にも容赦は無かった。

「事実確認もせず、一方的に決め付け、挙句暴行の教唆きょうさ。一時の感情で身を滅ぼしてどうする」

「本当、その通りね。私の思い込みで、貴女に随分と酷い目に合わせてしまったものね。

 ……本当に、ごめんなさい……。私にできることなら何でもするわ」

「ふむ。私の意図するところが伝わっていないようだな」

「え?」

「戦いを仕掛けるのは構わん。だが、今回そなたがやった事は、犯罪であり、自身の身の安全をまったく考慮していない自爆テロだ。敵だけでなく、味方まで不幸にしてどうする。公になったときの事は考えなかったのか?」

 絵理の言わんとするところが良く掴めず、千沙子はきょとんとしながら絵理を見ている。

「つまりだ。他人に戦いを仕掛けるなら自分自身の身の安全を考慮した上で、もっと狡猾にやれということだ。私に危害を加えたこと自体は、既に怒ってはおらぬ。……呆れてはいるがな」

「もっと狡猾にやれって、危害を加えた相手に言う言葉じゃないわよ。ほんとにそうしたらどうするの?」

 泣いているような、笑っているような顔で千沙子は言った。

「その時は、持てる手管てくだを使って迎え撃つだけだ。無論、私とて容赦はせんぞ」

 そう言って、にやりと千沙子に笑ってみせた。

 まったく、一体どんな育ち方をしたら、こんな豪気な性格に育つのだろう。

「それから。私や陣に謝罪する前に、あの者達に謝罪すべきだ。同情は全くできぬが、だからと言って、巻き込んだ事実が消えるわけではあるまい」

 絵理はそう言って、昏倒している男どもを一瞥いちべつした。

「そうね……。後で謝っておくわ」

「さて、互いに解決したようだし、私はそろそろ行くぞ。迎えが来るまでに体育着に着替えて来なければ。さすがにこの格好では、運転手の差脇が卒倒しそうだからな」

 そう言って、絵理は校舎へ駆けて行った。オレもその後を追いかけようとして、一旦立ち止まる。

 そして、千沙子の方を振り向いて言った。

「千沙子。お前の気持ち考えなくてごめんな。

 お前がそんなに追い詰められるなんて、考えてなかった。フォローもせずに、安易に突き放しただけだった。……悪かったと思ってる」

「いいの。理由を話そうとしなかったのは、貴方なりの優しさだったんだって解ったから。

 私のほうこそ、ごめんなさい」

 そう言って、互いに深々と頭を下げた。

「御剣さんのところに行ってあげて。あの格好で一人で校舎に向かうのは、心細いと思うわ」

「ああ」

 そう答えて、今度は後ろを振り返らずに絵理の後を追いかけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ