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純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の弐 執事、困惑す
6/30

条星学園生徒会

 入学式もホームルームも終わり、一般の生徒は帰宅の時間だ。

 だが生徒会長の仕事は終わらない。

 これから生徒会役員とのミーティングがあり、今年度のクラブ活動の予算案、各種行事のスケジュールの草案をまとめなくてはいけないのだ。

 生徒会役員は他の学校では選挙で決めるのが普通らしいが、この学校では、各学年から二名、成績の上位の者が就く事になっている。

 生徒会室のドアを開けると、既に先客が居た。

「あ! じん先輩おっはー☆ 今日は小雪が一番乗りでぇす♪」

 2年の烏丸からすま小雪こゆき。ふわふわとした栗色のロングヘアーを大きなリボンでツーテールにまとめている。童顔で身長も低く、制服を着ていなかったら小学生に見える。

「相変わらず元気だな。長船おさふねはまだ来てないのか」

「ゆうちゃんはぁ、今日日直だから少し遅れるってぇ。あとね、ちさこ先輩も調子が悪いから病院行くって言ってたよぉ」

「そか」

 机の上に鞄を置き、空いている席に適当に座る。気のない返事に小雪は何かを察したのか、相変わらず高いテンションのまま話題を変えた。

「ねね、今日代表あいさつしてた1年生、可愛かったねぇー☆」

「あぁ、そうだな」

 おかげで制服姿見るまでは、ずっと女だと思っていましたよっと。ただ、可愛らしいのは外見だけで、絡んできた男を「ゴミ」と言い捨てるあたり、かなり気は強そうだな。

「もー! 代表挨拶してたって事はぁ、あの子も生徒会役員になるって事でしょお~。もっと興味持って聞いてくれてもいいのにぃ」

 甘えた口調で小雪はごねた。自分の集めた情報を聞いて欲しくて仕方がないのだろう。

 噂話が大好きで、暇を見つけては学園内の情報を集めている。小雪の集めてくる情報は、誰と誰が付き合っている、というたわいのないものから、学園の職員の力関係図、果ては学園理事長の愛人の名前というちょっとやばいものまで、多岐に渡っていた。

「はいはい、聞いてるから。で、どんな情報掴んできたんだ?」

 そうすると、良くぞ聞いてくれました! とばかりに、満面の笑みで小雪は捲し立てた。

「んじゃねー、これから生徒会に入って一緒に活動する事になる新入生の情報をお話しちゃおっかなー♪

 上の立場に立つ者としてはぁ、裏事情知ってた方が、人心掌握やりやすいでしょお?」

 にひひ、と小雪はいたずらっぽく笑った。

 美女改め、美少年の名前は叢雲むらくも青司せいじ

 幼い時から海外で暮らし、日本に戻ってきたのはつい半年ほど前らしい。

 この学校に通っている生徒の大多数に漏れず、大会社の社長の御曹司らしい。

 入学早々、多くの女子生徒のハートのみならず、一部の男子生徒のハートまでゲットしてしまい、本人は困惑しているそうだ。

「あ、ここからは裏情報~☆ 実はぁ、せーじくん養子でね。お屋敷出て、寮で一人暮らししているらしいよぉ。生活費も自分でバイトやって稼いでるんだって。偉いよねぇ」

「なるほどな」

「家族関係がうまく行ってるか行ってないかは、現在調査中でぇす☆」

「他人のプライベートに首を突っ込むのも、ほどほどにしておけよ」

 苦笑しながら、小雪の頭をぽんぽん叩くと、口を尖らせて「はぁい」と小さく返事をした。

「んで、もう一人入ってくる子の情報はぁ、じん先輩には言う必要ないかなぁ? 多分小雪よりよぉく知ってるよね? なんたって、じん先輩のご主人様だもん♪」

 大きな瞳をぱちぱちさせながら、俺にいたずらっぽい視線を送る。

 主席と次席が生徒会役員って事は、もう一人は絵理なわけで。

「なんかねー、女の子なのに戦国時代の人みたいって言う噂だよ☆ そんな面白そうな子の執事なんて、じん先輩が羨ましいなっ♪」

 面白くない! あのエキセントリックな思考について行くのは大変なんだ!

 そんなオレの心の叫びは露知らず、小雪は「にゃはは♪」と能天気に笑っていた。

 そんな時だった。

「たのもう!」

 ドアの外から聞き慣れた声がする。

 今時、こんな台詞を言う人物は一人しか思い当たらない。

 小雪は机に突っ伏して身悶えしながら笑いを堪えている。

「……絵理さん、道場破りじゃないんだから」

 ドアの外から、絵理をたしなめる声が聞こえる。女性とも男性ともつかない、中性的な声には聞き覚えがあった。

 オレが生徒会室のドアをカラリと開けると、案の定、絵理と青司がいた。

「何やってるんだオマエラ。漫才はいいから、さっさと入れ」

 半分呆れながら入室を促すと、絵理は不満そうな顔をした。

「漫才とは何事か。入室前に一声かけるのは最低限の礼儀であろう」

「正論だが、正直『たのもう!』はないだろ。何処の道場破りかと思ったぞ」

「先輩、外に『生徒会室』って書いてありますけど、ここって『生徒会』って名前の拳法の道場だったりするんです?」

「んな訳あるか! 今年の1年は二人ともボケ体質かよ! 突っ込み役少ないんだから勘弁してくれ……」

「いや。俺のはただのネタです。一緒にしないでください」

 涼しい顔で青司はオレのツッコミを流した。

「ボケだのツッコミだの、二人とも一体何の話をしておるのだ。ここは漫才の会場か?

 まったく、少しは真面目にやったらどうだ」

「原因はお前だ―――― っ!」

 オレが力いっぱい絵理に突っ込んだところで、小雪の笑いの堤防が決壊した。

「あはっ、あはははははははははは!! もーだめ、死ぬ! 小雪死んじゃう! あははははははははははは!」

 気でも触れたんじゃないかと思うくらい、小雪は大声で笑い転げた。その様子を見て、絵理が急いで小雪に駆け寄る。

「大丈夫か、しっかりせよ! ええい、陣。何を能天気に見ておる! 早く救急車を呼ばぬか!」

「いや……そんな大げさな」

「馬鹿者っ! 突然の狂態に加え、痙攣けいれん、呼吸不全を併発している。ワライタケを食べた可能性が高いのだ。のんきな名前とは裏腹に非常に高い毒成分を有している。早く病院に連れて行かないと手遅れになるぞ!」

 いきなり脈絡無く登場したワライタケという単語に、オレと青司はついていけずに唖然とするばかり。

 オイィ? どっからワライタケなんて発想が出てきやがったんですか?

 というか、学校に毒キノコ持ってきて食う馬鹿が一体何処の世界にいるんですか?

「らめぇ、もう許してぇ。でないとあはははっ! 本当に、くっ! 笑い死にっしちゃうからあははは!」

 笑いながら懇願する小雪を、絵理は必死に介抱しようとするが、かえって逆効果になっている。

 携帯を取り出して一一九番しようとする絵理を必死で止め、なおも介抱しようとする絵理を小雪から引き剥がしたところで、またもや生徒会室のドアが開いた。

「揃いも揃って一体何をやっているんですか」

 日直の仕事を終えてやってきた、長船おさふね裕祐ゆうすけの思い切り冷めた一言で、「烏丸小雪笑死未遂事件」は終結を迎えたのだった。


「部活動の予算案? 昨年度の各クラブ活動の実績と、部費の使用用途をまとめておきました。昨年度の予算案を参考に、実績を考慮した形で決めるのが良いというのが、僕の意見です。年間スケジュールは、既に昨年度のスケジューリングの反省点をまとめてあるので、それを見て決めるのがいいのではないでしょうか。作成した資料はこれです」

 長船はてきぱきと鞄から自作の資料を取り出し、オレに手渡した。

「おう、いつも悪いな」

「いえ、暇だったので」

 素っ気無く答えて、長船は黒ぶちメガネの位置を直した。地味で目立たない生徒と思われがちだが、裏方の仕事を任せたら、こいつほど有能な人間はいないと思う。

 長船が予め作成してくれた資料のおかげで、会議は三十分ほどで終わった。

 変更すべき点が簡潔にまとめられており、なおかつ変更した際に生じるメリットとデメリットの考察までついていたのだから、会議ではそれを吟味するだけだったのだ。

 実は、今日の会議はほんのおまけで、新メンバーの顔合わせがメインだったりするのだが、1年の絵理と青司以外は去年と同様のメンバーである。

 役職の割り当てと簡潔な自己紹介をして、その日はお開きとなった。

 千沙子が欠席だったのはかえって良かったかもしれない。教室でもずーっとこっちを睨んでいたからな……。今日の今日で絵理と顔を会わせたら、一気に修羅場になっていた可能性が高い。

 うん、オレのせいなんだけどね。

「ところで、絵理さんと会長って付き合ってるの?」

 帰り際、唐突に青司が質問した。

 小雪が目を輝かせてこちらの返答を待っている。

 さて、なんて答

「陣は我が家で執事として働いている。一緒に行動する事が多いのはその為だ。別に男女交際をしているわけではない」

 えようか、と思っている隙に、絵理が既に質問に答えていた。

 ……その通りなんだが、間髪いれずに否定されるとちょっとむかつくな……。

「でも、住み込みなんでしょ? 今は違っても、そのうち恋の花が咲いちゃうかもっ☆」

 小雪がにまにましながらはやしたてる。女って、どうしてこう恋愛の話題が好きなんだろう。

「戦国姫と俺様執事の間に咲く恋の花~♪ 胸キュン☆ の予感だねっ!」

「小雪殿は一体何を言っているのだ? むねきゅん……? 意味が解らぬが、新しい造語か?」

 盛り上がる小雪をよそに、絵理は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

 戦国姫とか俺様執事とか、酷い言われようだと思うんだが、その辺はスルーなのか。

「戦国姫と俺様執事……。酷い言われようですね……。否定はしませんけど」

 代わりにその部分に突っ込んだのは青司だった。お前も一言余計だ。

 長船は黙々と文庫本を読んでいる。歩きながら本を読むのは、こいつの特技らしい。

 恋の花、ねぇ。

 咲いてくれた方が都合がいいんだが、正直、攻略方法がまったく見当がつかない。こんな事は初めてだった。

「も~♪ 胸キュンって言うのはね、胸が苦し~いような、締め付けられるような、そういう気持ちのことだよっ☆」

 考え込む絵理に対して嬉しそうに小雪が説明している。

 その言に絵理は大きく頷いて嘆賞した。

「なるほど! 胸キュンというのは胸部の疾患による症状を指す言葉か! うむ、一つ利巧になった。感謝する」

 大笑いする小雪。

 文庫本から顔を上げ、絵理を凝視する長船。

「うん。胸キュン状態になったら即病院に行ったほうがいいね」

 真面目な顔で、間違いを煽る青司。

 半笑いしか浮かんでこないオレ。

 ……誰かこの姫様をどうにかしてくれ……。

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