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純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の弐 執事、困惑す
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再会

 四月四日。

 この日から、絵理はオレの通う条星学園の生徒になる。

 この学校は大半の生徒が上流階級の子息令嬢であると同時に、徹底した成績主義で、クラスや席順などは全て成績によって分けられる。一部の委員会も成績次第で割り振られ、三年の主席の生徒は自動的に生徒会長を務める事になるのだ。

 その代わり、優秀な成績の生徒は学費が全額免除になる。金持ちでもなんでもないオレが、この学校を選んだのはその為だった。

 入試で主席を取った生徒は、入学式の時に新入生代表の挨拶をすることになるのだが。

「その要請が来ていない、という事は、私よりも良い点を取った者がいたという事か」

「そうなりますね」

 黒塗りの高級車に乗り、学校へと向かう。

 さすがにオレの年では運転免許がないので、送迎はお付の運転手さんに行ってもらう事になっていた。

「ちなみに、絵理様は何点だったのですか?」

「五教科の合計で四九八点だ。一問ニアミスをしたのが悔やまれるな」

 ほぼ満点じゃないか。

 これなら自信満々だったのも納得がいく。

「そう気を落とさずに。重要なのは知識を得る事であって、点数はその目安にしか過ぎませんよ」

「確かにそうだが……」

 そんな話をしているうちに、学校へ着いた。恭しく絵理の手を取り、車から降ろす。

「ご苦労。では陣、参るぞ」

 威風堂々、という四字熟語はこの女のためにあるんじゃないだろうか。そう思わせるような足取りで、絵理は式場へと向かう。

 その様子を学園の女生徒たちが遠巻きに見ていた。

「ちょっと! 誰よあの子!」

「タイが赤色だから一年生じゃない?」

「何あの態度! 陣様に失礼よ」

「顔もスタイルもたいした事ないじゃない。何であんな子が陣様と一緒に登校してるの?」

 女生徒達の会話が断片的に聞こえる。

 オレはこの学校では学園の王子と持てはやされ、女生徒達の羨望を集めていた。

 他人より整った顔立ちに、入学以来ずっと学年トップの成績、おまけにスポーツも万能と来れば、持ち上げて騒ぐには格好の素材。多少煩わしいのを除けば、好意を向けられるのは何かと便利だった。

 その中で、ひときわ激しい視線を向けてくる女がいる。

 伊勢村いせむら千沙子ちさこ

 オレの前の主人にあたる女だった。

 千沙子は、腰まである長い唐茶色の髪を揺らし、思いつめたような険しい表情でこちらに歩み寄ってくる。

 様子がおかしい事に気付いたのか、絵理は足を止めた。

 千沙子とオレたちの距離が縮まる。

「……どういう事なの?」

 非難の眼差しをオレに向け、震える声で千沙子は言った。

「どうもこうも、見ての通りです。貴女の執事は辞めた。ただそれだけですよ」

 わざとらしく肩をすくめ、その場を去ろうとした。

 どうせ同じクラスだから、後々絡まれるのは確定なのだが、絵理の前で痴話喧嘩のような真似をするのは避けたかったのだ。

「待て」

 立ち去ろうとするオレを、絵理が間髪入れずに呼び止める。

「なにやら込み入った事情がありそうだな。

 私は先に行く。陣。そなたはこの問題の早期解決に努めよ」

 絵理はそう言い残し、さっさと式場に向かってしまった。

 ……まいったな。

「ずいぶん偉そうね。あの子が貴方の新しいご主人様って訳?」

「まあね」

「あんな子、貴方には相応ふさわしくないわ。私の方が――― 」

「オレに相応しいって?」

「そうよ! 私の何処が不満なの? 容姿だって、学力だって、他の女に負けないわ。貴方にだって、色々便宜を図ってあげたのに。

 私に何も言わずに居なくなるなんて……!」

 千沙子の目には涙が滲んでいる。

「不都合があったから辞めた。言えばそうやって引き止められるから言わなかった。それだけだ」

 できるだけ冷たい口調で、オレは千沙子を突き放した。こいつのことは嫌いじゃない。だからこそ、辞めた理由は言えなかった。

「不都合って何よ。考え得る限りの便宜は図ったじゃないの。一体何が不満だったの!?」

「お前が知る必要はないね」

 お前の母親に関係を迫られたから、なんて言えるかよ。

「……どうせ、他に女ができたんでしょ……! 私の事なんてどうでも良くなったんだわ」

「自分の立場を利用して、恋人関係を強要した奴の台詞とは思えないな。仕えていた間は、理想的な彼氏を演じてあげたつもりだけど?」

 そう。

 オレと千沙子は、かつて恋人同士だった。

 だからこそ、千沙子の母親に関係を迫られた時に、さっさと辞める事を決意した。

 何度か断ったものの、オレの顔を見る度に、涙を流して懇願されるのはうんざりだ。

 千沙子との関係だって屋敷の人間には一応秘密って事になっていたけど、何人か気付いてる奴が居ても不思議じゃない。いつか父親の耳にも入るだろう。

 そうなった時に、自分の娘のみならず、自分の妻まで誑かしたなんて思われてみろ。

 単に解雇されるだけならまだしも、恨みを買って社会的圧力をかけられたら、たまったもんじゃない。

 身の危険を感じたオレは、すぐさま辞表を書き、恋人としての関係も、主人と執事としての関係も全て解消すると千沙子に置手紙を残し、伊勢村の屋敷を後にした。

 その後、すぐに新しい働き口が見つかったのは、僥倖ぎょうこうだった。おまけに御剣家は父子家庭で、伊勢村家のようなゴタゴタに巻き込まれる可能性も皆無だ。

 そんな裏事情を千沙子に言った所で何になる?

 千沙子は母親を恨み、家族の関係に溝ができるのは明白。

 そして、家族だからこそ、一度できた溝はそう簡単には埋まらない。愛憎が絡むものなら尚更だ。

 ご主人様の命令、という形で始まった恋人関係だったが、それなりに楽しめた。必要以上に千沙子が傷つくのは本意じゃない。

 親子で恨み合うよりも、酷い男に弄ばれて捨てられた傷の方が癒えるのは早いだろう。

 瞳いっぱいに涙を溜め、肩を震わせて唇を噛む千沙子に背を向けて、オレは入学式の会場へ向かった。

 

 式典というものは、堅苦しくて好きじゃない。

 おまけに、生徒会長、なんて役職についているせいで、他の生徒より一仕事多いのだ。

「……では、これからの高校生活が有意義なものとなるよう、精一杯頑張ってください」

 前日、適当に用意した原稿を壇上で読み上げる。新入生の女子たちがひそひそ話をしているのも、いつもの事。

 この後は、確か新入生代表の挨拶だったかな。

 歓迎の挨拶を終え、壇上を降りた時に、呼ばれて待機していた代表の新入生と目が合った。

 日本人離れしたくっきりと整った顔立ちに、烏の濡れ羽のような、艶のある漆黒のショートヘア。驚いた事に、つい先日の美女である。

 さらに驚くべき事に、その美女は男子生徒の制服を着ていた。

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