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純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の壱 執事、就任す
4/30

姫君にお茶を

 あの後。

 オレは何件もの文房具屋に引っ張り回され、絵理の筆記用具に対する講釈を聞きながら屋敷に戻った。

 女と一緒に買い物に行った事は多々あるが、丸一日文房具屋に付き合わされたのは、これが初めてだった。

 絵理は戦利品を嬉しそうに抱え、上機嫌で鼻歌なんか歌っている。

「本日はまことに充実した日であった。陣。付き合ってくれたこと、心から礼を言うぞ」

「執事として、自分の仕事をしただけです」

「そうであっても、だ」

 そう言って、オレに満面の笑みを向ける。

 その様子が、何とも愛らしい。口調と思考回路はエキセントリックだが、こうして見ると年相応の女の子なんだな、と思う。

 夕食を終えて離れに戻ると、絵理は早速、今日買った筆記用具を取り出してなにやら書き始めた。

 お茶を持ってくるように言われたので、給湯室という名の離れのキッチンスペースへ行き、ハーブティーを淹れた。

 レモングラスをベースに、レモンピールとレモンバームをブレンドする。

 お湯の温度、蒸らし時間はほぼ完璧。

「どうぞ」

「うむ。ご苦労」

 そう言って茶を一口啜る。

「……美味いな」

「当たり前。誰が淹れたと思ってるんだ」

「これは、レモングラスのドライハーブに、レモンバーム、レモンピールを少々か。ブレンドに使用しているハーブ自体はそう珍しい物ではないが、配合比が素晴らしい。正直、陣にこれほど美味い茶をれる才能があるとは思わなかった。感服したぞ」

 手放しに褒められて、悪い気はしない。

 喫茶店を経営していた母のおかげで、茶を淹れるのだけは得意だった。

 学校から帰ると、よく手伝いをさせられたっけ。

 当時は友達と遊ぶ時間が少なくなって不満だったけれど、今ではもっと手伝っておけばよかったと後悔している。

「陣?」

 過去に落ちかけた思考を、絵理の声が現在に繋ぎとめる。

 いけない。昔の事なんか思い出している場合じゃないんだ。

「何だよ。……それにしても、よくドライだって解ったな。フレッシュとほぼ同じ風味になるようにしたのに」

 昔を思い出していた事を気付かれたくなくて、絵理の言葉を待たずに話を逸らした。

「これでも茶には少々うるさいのだ。とは言え、出された茶に文句を言うような真似はしないがな」

 カップを置き、絵理は再び書き物を始める。

 ノートに視線を落としたまま、独り言のように絵理は言った。

「大事なものに想いを馳せるのは、大切な事だと私は思う。たとえそれが、痛みを伴うものであったとしても、な」


 どきりとした。


 オレに言っているのか。

 自分自身に言っているのか。

 それとも、ただの思考回路の暴走なのか。

 絵理の表情からは読み取れない。


 だけど、その言葉は。

 オレの内側にするりと入り込んで。

 心の蓋をぐらつかせた。

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