姫君にお茶を
あの後。
オレは何件もの文房具屋に引っ張り回され、絵理の筆記用具に対する講釈を聞きながら屋敷に戻った。
女と一緒に買い物に行った事は多々あるが、丸一日文房具屋に付き合わされたのは、これが初めてだった。
絵理は戦利品を嬉しそうに抱え、上機嫌で鼻歌なんか歌っている。
「本日はまことに充実した日であった。陣。付き合ってくれたこと、心から礼を言うぞ」
「執事として、自分の仕事をしただけです」
「そうであっても、だ」
そう言って、オレに満面の笑みを向ける。
その様子が、何とも愛らしい。口調と思考回路はエキセントリックだが、こうして見ると年相応の女の子なんだな、と思う。
夕食を終えて離れに戻ると、絵理は早速、今日買った筆記用具を取り出してなにやら書き始めた。
お茶を持ってくるように言われたので、給湯室という名の離れのキッチンスペースへ行き、ハーブティーを淹れた。
レモングラスをベースに、レモンピールとレモンバームをブレンドする。
お湯の温度、蒸らし時間はほぼ完璧。
「どうぞ」
「うむ。ご苦労」
そう言って茶を一口啜る。
「……美味いな」
「当たり前。誰が淹れたと思ってるんだ」
「これは、レモングラスのドライハーブに、レモンバーム、レモンピールを少々か。ブレンドに使用しているハーブ自体はそう珍しい物ではないが、配合比が素晴らしい。正直、陣にこれほど美味い茶を淹れる才能があるとは思わなかった。感服したぞ」
手放しに褒められて、悪い気はしない。
喫茶店を経営していた母のおかげで、茶を淹れるのだけは得意だった。
学校から帰ると、よく手伝いをさせられたっけ。
当時は友達と遊ぶ時間が少なくなって不満だったけれど、今ではもっと手伝っておけばよかったと後悔している。
「陣?」
過去に落ちかけた思考を、絵理の声が現在に繋ぎとめる。
いけない。昔の事なんか思い出している場合じゃないんだ。
「何だよ。……それにしても、よくドライだって解ったな。フレッシュとほぼ同じ風味になるようにしたのに」
昔を思い出していた事を気付かれたくなくて、絵理の言葉を待たずに話を逸らした。
「これでも茶には少々うるさいのだ。とは言え、出された茶に文句を言うような真似はしないがな」
カップを置き、絵理は再び書き物を始める。
ノートに視線を落としたまま、独り言のように絵理は言った。
「大事なものに想いを馳せるのは、大切な事だと私は思う。たとえそれが、痛みを伴うものであったとしても、な」
どきりとした。
オレに言っているのか。
自分自身に言っているのか。
それとも、ただの思考回路の暴走なのか。
絵理の表情からは読み取れない。
だけど、その言葉は。
オレの内側にするりと入り込んで。
心の蓋をぐらつかせた。