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純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の六 執事、決断す
28/30

Silent Night

 イルミネーションが街を彩り、一年の収束に向けて活気付く。人々はどこか浮き足立った様子で、光で溢れた通りを行き交っていた。

 夕方五時ともなると、既に日はとっぷりと暮れ、夜のとばりが下りて来る。

 それに呼応するように、地上に飾られた星々が瞬き踊り始め、冷たい冬の夜を染め上げた。

 今日はクリスマスイブ。

 一年のうちで、最も街が華やかになる日だ。

 学校行事であるクリスマスパーティーも例外ではなく、会場には大きなクリスマスツリーが設置され、色とりどりの光が明滅していた。金持ちのパーティらしく、集まった生徒達はみなドレスにタキシードという姿で今年最後の行事を楽しんでいた。

 小雪の提案で立食式パーティーになったため、クラスや学年の枠にとらわれずに好きなように楽しめるのがいい。

 既に宴もたけなわでビンゴゲームの景品が当たった生徒達が友人と共にはしゃいでいる。オレはというと、ゲームの進行をやり終えた後で適当にデザートをつまんでいた。

 友人同士での個人的なプレゼント交換も行われているようで、会場を見回すとあちこちでその光景が見えた。

「そうだ、青司よ。今日はそなたのためにプレゼントを用意してきたぞ。喜んでもらえると嬉しい」

 そう言いながら、絵理が青司に四角い包みを渡している。

「ありがとう。家に帰ってからゆっくり見るよ」

「うむ。以前話題に出ていたサンスクリット語の辞書だ。家で思う存分見るがよい。これさえあればヨーガの経典やマントラも怖くはないぞ」

「……よく見つけたね……。こんなレアな物」

 嬉しそうだった青司の表情が、一転して困惑顔になった。

 絵理のセンスはやっぱりどこかおかしい。紅葉へのプレゼント、一緒に選びに行って正解だったようだ。

 絵理と青司もオレに気が付いたようで、二人でこちらにやってきた。

「そうだ。陣にもちゃんとプレゼントを用意してあるぞ。受け取るがいい」

 絵理はそう言って、四角い包みを手渡してきた。そこそこの大きさがあるので本ではないようだった。

 一体何を選んできたのだろう。絵理の選んだプレゼントは、楽しみな反面おそろしい。

「行きつけの雑貨屋で良い茶器を見つけてな。ぜひそなたに使って欲しい」

 何故だろう。あまりに普通過ぎて悔しい……。

 もっと想像を絶する物をどこかで期待していたというのか、オレは。

 とはいえ、オレの好きな品物をプレゼントとして選んでくれたのは素直に嬉しかった。

「ありがとう。大事に使うよ」

 オレが礼を言うと、絵理は満足そうに頷いた。

 そろそろパーティーの終了時刻だ。

 この後、このままオレ達は紅葉のところへ向かう予定だ。

 聞けば青司もこの後紅葉のところに行くらしいので、三人で向かう事になった。

 会場から病院はさほど離れておらず、徒歩で移動可能な距離だ。

 パーティー会場を後にしたオレ達は、イルミネーションで飾られた通りを抜け、紅葉の待つ病院に向かった。

 病院内に入ると、ロビーのテレビに教会でのクリスマスミサの様子が映し出されていた。キリストの誕生を祝う聖歌が流れ、クリスマスイブらしい雰囲気を演出している。

 不意に、青司の携帯が鳴った。

「やば、電源切り忘れてた」

「病院内での携帯電話の使用は、基本的に禁止だからな。今は切って、折り返しかけるのが良かろう」

「だね」

 そう言ってポケットから携帯を取り出し、着信画面を見たとたん、青司の表情が強張った。

「病院から電話? ……こんな時間に?」

 嫌な予感しかしない。

 青司は乱暴に携帯を止めると、そのまま走り出した。

 オレと絵理も、緊張した面持ちでその後に続く。

 ナースがオレ達に注意する声が背中の方で聞こえたが、正直構っていられなかった。

 紅葉の病室に入ると、医師とナースが紅葉を慌しく集中治療室へと運ぶところだった。青司がいる事に気付いたナースの一人が状態を手短に説明し、紅葉を集中治療室へと運んだ。

 説明を受けた青司の顔がみるみる蒼くなっていく。相当危険な状態のようだ。

 オレ達は控え室へ通され、じっと待つ事しかできなかった。

 その間誰も一言も発する事が出来ず、ただただ胸の中の不安を打ち消すように祈るだけだった。

 青司が絵理の手をとり、強く握った。

 不安なのだろう。

 絵理はそんな青司の手に、もう片方の手を重ねた。

 青司がはっとした表情で絵理を見る。

 そこで初めて自分が絵理の手を握っている事に気付いたようだった。

 絵理はそんな青司をじっと見つめると、重ねていた手をきゅっと握った。

 顔面蒼白なのは変わらないが、青司は少し落ち着きを取り戻したように思えた。

 前回紅葉に会ったのはつい昨日の事。いつものように笑っていて、明日が楽しみだと喜んでいた。

 オレは紅葉へのプレゼントが入った紙袋を無意識のうちに握り締めていた。

 控え室に設置してある時計の音がカチカチとやけに大きく響く。

 時計の音を聴くのが耐えがたくなった頃、控え室に医師が入ってきた。

 立ち上がったオレ達の視線が一斉に医師に集中する。

 医師はうなだれて、申し訳なさそうに言った。

「最善は尽くしましたが……」

「……なぜ?」

 震える声が、青司の口から漏れた。

「何故なんですか! 昨日来た時はあんなに元気だったのに! どうして、急に、こんな!」

 青司から、涙で湿った怒声が堰を切ったように溢れだした。

 医師に掴みかかる勢いで詰め寄ろうとする青司を、絵理は後ろから抱きしめて止めた。

 青司を抱きしめた絵理の両腕も震えている。両手は青司の服を掴んで強く強く握られていた。

 絵理に止められた青司は、歯を食いしばって両手を強く握った後、大きく息を吐いた。

「……紅葉に。妹に会わせて下さい」

 医師は頷くと、オレ達を紅葉のところへ案内した。

 紅葉の顔は穏やかで、ただ眠っているだけのように思えた。

 だが、心電図はずっと平坦な波形を示したまま、動く事はなかった。

 青司はそんな紅葉を呆然と見つめていた。

 医師が紅葉の臨終を告げ、オレ達は外で待機するように言われた。その間に、親族や葬儀屋への連絡をするように、とも。

 冷たい機械音が響いていた集中治療室から廊下に出ると、遠くで歌声が聞こえた。静まり返った灰色の空間を包むような美しい音色で。


 Silent night,

 ―― 静けき夜


 holy night!

 ―― 聖なる夜


 All is calm,

 ―― 全てが静まり


 all is bright.

 ―― 全てが輝く


 Round yon Virgin, Mother and Child.

 ―― 聖き母と御子の周りで


 Holy infant so tender and mild,

 ―― 聖なる子は優しく穏やかに


 Sleep in heavenly peace,

 ―― 天の安息の中に眠る


 Sleep in heavenly peace.

 ―― 天の安息の中に眠る


 このシーズンになると必ず流れる、誰もが知っているメロディーの歌だったが、英語で歌われた生誕を祝うはずの歌詞は紅葉への葬送曲レクイエムのように聞こえた。この歌の新聖歌番号は確か七十七番だったかな、と何処かで読んだ知識をぼんやりと思い出した。

 ロビーのテレビの中では聖歌隊がパイプオルガンの伴奏でクリスマスキャロルを歌い続けている。

 青司はテレビを恨めしそうに見上げ、近くに置いてあったリモコンを手に取るとすぐさま電源ボタンを押した。ぷつりと歌声が途絶えて冷たい静寂が空間を支配する。

 青司はそれきりテレビには目もくれず、重い足取りで携帯使用エリアへと向かい、電話をかけ始めた。

 英語での会話が断片的に聞こえてくる。青司は電話を切り、再び別の場所へかけはじめた。

「紅葉が亡くなりました。……それだけですか? ……はい。……そうですか。……今、何て言った? ……こんな時に言う事か!? ふざけるな!」

 静まり返った夜の病院に怒声が響いた。

 青司は携帯電話を乱暴に閉じると、そのまま床に叩き付けた。

 青司の携帯電話はバウンドした後で回転しながら床を滑り、壁にぶつかって止まった。

 肩を震わせ、拳を固く握り締めた後で、青司はゆらりと顔を上げた。

 絵理はそんな青司の前に進み出て、青司の顔を見つめながら言った。

「青司。紅葉の弔いの準備は、私の方で手配しよう。そなたは少し休め」

「いや、いいよ。第一絵理さんは親族じゃないだろ」

 そう突っぱねる青司に絵理はきっぱりと首を横に振った。

「アメリカの祖母と叢雲の実家以外に親族はおるまい? その両方が現在来られないとなると、そなたに一番近しいのは、必然的に恋人である私という事になる。……こんな時に支えるのも恋人の役目だろう」

「でも、悪いからいいよ」

「そんなそなたを見るのは辛い。いいから私に任せて、少し休め」

 絵理は有無を言わさぬ口調でそう言うと、青司を無理矢理椅子に座らせた。

 そうして、オレの前まで来て、目を伏せた。

「……陣。青司を、頼む」

 悲しみを押し殺した低い声でそう告げると、そのまま踵を返してどこかへ行ってしまった。

 事務的な話を、あまり青司に聞かせたくなかったのだろう。

 ロビーにオレと青司が二人きりで残された。

 オレは自販機で暖かいコーンスープを購入し、青司の隣に腰掛けた。

「とりあえずこれ飲んどけ」

 差し出されたスープを見て、青司は首を横に振った。

「……いりません。ご自分でどうぞ」

 暗く淀んだ声で青司は答えた。

 無理に渡そうとも思わなかったので、オレはそのままスープの缶を引っ込めた。

 あまりに深い悲しみの淵に立っている時は、どんな慰めの言葉も、気休めの言葉も無力だという事は、オレ自身が嫌というほど知っている。

 オレの母親が事故に遭ったのも、丁度高校一年の冬の事だった。

 青司の今の姿は過去の自分を見ているようでもあり、また、もしかすると未来の自分かもしれないのだ。

 かける言葉も見つからず、ただ青司と並んで座っていた。

「……医者の余命宣告なんて当てにならない。本当にそうですね。あなたの言ったとおりだ。数ヶ月どころか、一月ひとつきすら経ってませんよ。ふ……クク……ハハハ。アハハハハ」

 青司はケラケラと笑いながら、オレにゆらりと暗い視線を向けた。怒り、悲しみ、憎しみ、嫉妬、そんなありとあらゆる暗い感情を、涙の青でどろどろに溶かした瞳。

 その感情の矛先がオレに向けられているのが、はっきりと感じ取れた。

「両親の姓を捨てて、自ら人買いに買われた結果がこれです。全く、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差しますよ。絵理さんとだって、いつまで一緒にいられるか解らない。

 さっき、電話で何を言われたと思います? き遅れた金持ち女と俺を結婚させるために、今相手を物色中らしいですよ?

 俺さえいなくなれば、絵理さんがあなたを異性として好きになるのは時間の問題です。せいぜい失恋の傷に付け込めばいいんじゃないですか?

 何もかも失って俺に残されるのはあの豪華な牢獄で囚人のように生きる人生。

 あなたはいいですね。自由で。

 羨ましい。妬ましい。消してやりたいほどに」

 青司の慟哭は、オレに激しい動揺をもたらしたが、同時に胸に鉛を押し込められた気分だった。

 青司が絵理の側から去ったとしたら。

 立てるのか? あいつの隣に。

 ずっと望んでいたこと、ずっと欲しかった存在ものが手に入る?

 ……本当に?

 青司に同情はしない。

 気の毒だとは思うが、オレだって生半可な気持ちであいつの事を好きなわけじゃないんだ。あいつの心が手に入るなら、姑息と言われようが、卑怯と言われようが構わない。

 誰に憎まれようが、妬まれようが構わない。

 そんな覚悟はとっくにできてる。

 だけど。

 この後味の悪さは何だ。

「お前がそう言うなら、遠慮なくそうさせて貰うわ。

 だけどな、青司。

 名目だけとはいえ、お前、叢雲の跡取りだろ。形だけだろうが何だろうが、いずれトップになるのはお前だ。

 絶望して泣いて、オレを恨んだり妬んだりる暇があるなら、奴らを出し抜く算段でも考えて、力つけたほうがいいんじゃねえの」

 オレは青司に向かって容赦ない言葉を叩き付けた。

 慰めの言葉は言わなかった。

 今オレにそれを言われるのは、屈辱以外の何物でもないだろうから。

「……あなたのそういうところが、嫌いです」

 どろどろになった瞳は変わらなかったが、狂を含んだ笑みは表情から消えていた。

「同情なんかしようものなら、思い切り殴ってやったのに。侮辱するなって。馬鹿にするなって。

 ……そうさせては、くれないんですね」

「好き好んで殴られる趣味はねーよ。生憎とな」

 オレの言葉に青司は、はは、と力なく笑った。

「副会長と付き合ってた位だから、そういう倒錯した趣味があると思ってたのに」

「人を勝手に変態認定するな。まったく、落ち着いたと思ったらそれか」

 オレが呆れると、青司は椅子から立ち上がり、窓の方へと向かった。

 オレも何となくそれに続く。

 病院の窓から見える街は、色とりどりの光で溢れている。

 透き通った雲ひとつない空には、星々のきらめきが躍っていた。

 暗闇の中でも光を失わなかった紅葉は、星に似ているな、と窓の外を眺めながら思った。

「……忘れないでやって下さい。紅葉の事を」

「当り前だ」

 互いに窓の外に目を向け、オレと青司は地上と空に躍る星を見ていた。

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