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純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の六 執事、決断す
27/30

君に会えたから

 あれから更に何日か経った後、久々に絵理と一緒に紅葉の病室を訪れた。まだ十一月だというのに街にはクリスマス用のイルミネーションが飾られ始めている、そんな季節。

「陣! 絵理さんも。来てくれたのね。うれしいな」

「暫く面会に来れなくてすまぬ。調子はどうだ?」

「二人が来てくれたから、元気出たよ。ありがとね」

 紅葉はそう言ってにこりと笑った。

 今日もお気に入りのウサギの帽子をかぶっている。長かった亜麻色の髪はショートになっていて、帽子から少しだけ明るい色の髪が覗いていた。

「髪、切ったんだな。ショートも似合ってるじゃん」

 オレがそう言うと、紅葉はえへへ、と笑った。

 絵理がちら、とオレの方を見たが、紅葉が笑っているのを見ると、何も言わずに視線を戻した。

 言いたかった事は何となくわかった。

 青司の部屋の医学書を見たから、髪が短くなったのは本人の意思ではないと解ってはいたが、全く触れないのも変だ。だからああいう言い方をした。

 紅葉は笑ってはいるが、以前と比べるとだいぶか細くなっている。肌も白磁、というよりも青白い。

 それでも、紺瑠璃の瞳には生気が宿っているから、命の灯火が消えそうにはとても見えないのだ。

「ねえ絵理さん、お兄ちゃんとは最近どう?」

 紅葉に唐突に質問されて、絵理は困惑したように眉間にしわを寄せた。

「どう、と言われても。普段どおりに学校へ行って顔を合わせ、互いに帰宅した後はインターネットを介して意見交換をしている。

 変わった事といえば、せいぜい食事をきちんと摂るように注意したくらいか」

 絵理の返答を聞いた紅葉は、絵理と同じ表情になった。

「そうじゃなくて、デートとか、その辺の話を聞きたいんだけどなぁ」

「デート……」

 紅葉が口を尖らせてせがむと、絵理はむむむ、と腕組みをして考え込んでいたが、何か思い当たったらしく、ぽん、と手を叩いた。

「そういえば、先週の土曜に二人で図書館に行った」

「それでそれで?」

「そこで、他ではなかなか見かけない面白い本を見つけたのだ」

「えー! どんな本? 恋愛小説?」

 紅葉は目をキラキラさせて絵理の返答を待った。

「違う。『進化する菌類』というキノコ図鑑だ。その本を見て二人で討論した結果、仮に核戦争が起こっても、菌類の力で環境の再生は可能だという結論に達した。あれはまことに有意義な時間であった」

 …………………………。

 二の句が継げない、とはまさにこの事。

 オレも紅葉も、視線を泳がせた後でとりあえず何か言おうとしたが、喉から奇妙な音が出ただけだった。

 数十秒の沈黙の後で、紅葉がオレに小声で囁いた。

「デートって、想像してたのとずいぶん違うんだね……」

「というか、あれをデートと言うのはデートへの冒涜のような気がするぞ……」

 オレは青司に少しだけ同情した。

「む。どうした、二人とも。なにやら深刻そうな顔をしているが」

「なんかすごいデートだなあと思って。絵理さんとお兄ちゃんて、もしかしていつもこんな感じなの?」

「うむ」

 大真面目に絵理が頷くと、オレと紅葉は互いに顔を見合わせた。

「デートって、こう、遊園地に行ったり、映画見たり、ショッピングしたり、一緒にお食事したり、そういうのかと思ってた」

 紅葉がそう言うと、絵理はまたもや腕組みをして悩み始めた。

「……それが、一般的なデートなのか?」

「少女漫画とか見ると、そういうの多いよ」

「そうか……。色々と奥が深いものなのだな」

 オレからしてみれば、絵理と青司のデートの方がよっぽど奥が深い。

 キノコと核戦争と地球再生で盛り上がるデートって一体何だ。

「お兄ちゃんも相当変わり者だけど、絵理さんもそれに負けてないね」

 紅葉がもっともらしくそう言うと、絵理は嬉しそうに笑った。

 そして、しんみりと呟いた。

「良いものだな。こうやって友と語らう時間というのは」

「うん」

 絵理の言葉に、紅葉は笑顔で頷いた。

「思えば、今までこうやって誰かと語り合う時間など、殆どなかった。御剣家の長子として、覚えなければならぬこと、やらなければならぬことが多々あったからな。

 同年代の者と話をすることが増えたのは、陣が私の執事になってからだ。もしかしたら、そのために父上は、年の近い陣を私の執事として雇ったのかも知れぬ」

 基本的に、絵理は身の回りのことはオレが手を貸すまでもなく、全て自分でやっていた。

 オレの仕事といえば、食事の給仕と、ティータイムに茶を淹れることと、あとは絵理が読んだ本や資料の整理くらいだった。これだって、あまりにやる事がないから、絵理に何か仕事をさせろと言ってやっと割り当ててもらったものだ。

 就任してしばらくの間、何の為に自分が雇われたのか本気で悩んだ。

 我儘を言うでもなく、誰かの手を必要としない絵理。

 例外は街へ外出する時だけだ。

 友人を作る暇などなく、勉強と習い事に明け暮れる日々でも、絵理は不満を持たず、その事自体に楽しみを見出してきたのだという。

 そうして、博識にも拘らず、一般常識を欠落させた少女が出来上がった。

 そのギャップこそが絵理の魅力でもあるのだが、同時に大きな弱点でもあった。

 忙しい日々の中で彼女が置き去りにしてきたもの。

 きっとそれを取り戻すために、オレは絵理の側に置かれたのだろう。

「そっか。絵理さんもなんだ」

 紅葉がそう呟くと、絵理は紅葉に視線を向けた。

「わたしもね、陣と会うまでは誰かと話すことなんてほとんど無かった。ずっと病院から出られなくて、このまま死ぬだけなのに、生きていて意味があるのかなって思ってた。それで、あの日の夜、耐えられなくなって外に出たの。月が明るくてきれいで、このまま吸い込まれてしまえばいいと思ってた」

 紅葉はそこで一旦言葉を切ると、オレを見て微笑んだ。

「でも、陣と会ってから、毎日楽しいの。こんなに毎日が楽しくなるなんて、思わなかった。病院から出られないのは変わらないけど、こうやって話すのが楽しいの。

 それにね、わたしにもできることがあるんだって教えてくれたから。

 前は明日なんて来なければいいと思ってた。でも、今は違う。明日が来るのが楽しみなの」

「そっか。オレも、こうやって紅葉と話すの、楽しいよ」

 どうしてこう、肝心な時に気の利いた台詞が出てこないのだろう。

 真っ直ぐで嘘の無い感情をぶつけられると、どう答えていいか解らなくなる。

「明日への希望は何よりの薬だ。それを持ち続けている限り、きっと満足のいく生を全うできよう。私にも、その手伝いができると嬉しい」

 絵理の言葉に、再び紅葉はにっこりと笑った。

「そうそう、昨日、陣のお母さんのお見舞いに行ったらね、お話してるときに、手が動いたの。きっと、わたしの声、届いてるよ。そんな気がするの」

 そう言う紅葉を見て、ふと心配になった。気力はともかく、体調の方は前よりも随分と辛そうに見える。病室がある階も違うし、行くだけでも大変なはずだ。心遣いは嬉しいが、あまり無理はして欲しくない。

「なあ紅葉。そうやって気遣ってくれるのは嬉しい。だけど、今は自分の事を第一に考えるべきじゃないのか?」

 オレの心配に、紅葉は首を横に振った。

「ちがうの。自分のためなの。確かに、歩くのが辛いって思う時もあるよ。でも、それ以上に、お話しすると、元気になれるの。起きたらね、聞きたいこと、話したいこと、たくさんあるんだ。陣が小さかった頃の話とか、恋の話とか、色々聞いてみたいの。

 お見舞いに行くのは、わたしのため。他の誰のためでもなく、わたしはわたしのために、お母さんと話せる日が来るのを待ってるの。だから、陣が気にする事なんて、無いのよ」

 そう言って笑った紅葉の瞳は、真っ直ぐに未来を映しているように見えた。

 そんな紅葉の様子をじっと見ていた絵理が、表情を崩して呟いた。オレが今までに見たことが無い、遠くを見るような顔で。

「自分のため、か」

「うん。わたし自身のためよ」

 紅葉が再びそう言った時には、絵理はいつもの表情に戻っていた。

「そうだ、気が早いかもしれぬが、クリスマスまであと一月を切ったな。プレゼントは何が欲しい? クリスマスには、大切な友人や家族にプレゼントを贈る習慣があると聞いたぞ」

 絵理がそう言うと、紅葉は目をぱちくりさせたあとで、やれやれと溜息をついた。

「もー、絵理さんったら。本人に直接聞いたら興ざめでしょー。内緒で選ぶのがいいんじゃない。それこそ、プレゼントの醍醐味だよ?」

「そうなのか……。プレゼントを贈る時にも作法があるとは……」

「まあ、直接聞いてもいいんだけどね。お兄ちゃんには、ちゃんと内緒で選んで、ビックリさせた方がいいよ?」

「というか、お前、今までクリスマスを誰かと過ごした事ないのか?」

 オレの疑問に、絵理は明快に答えた。

「我が家の宗教は神道だ。クリスマスは基督教の宗教行事だから、別段何事も無く毎年過ごしていたが?

 高校に入って、基督教の信者でなくても、クリスマスパーティーが行事として確立していることを知り、衝撃を受けた」

 今時、クリスマスを宗教行事として捉えていることに驚いた。

 日本だと、キリストの聖誕祭というよりも、恋人同士で過ごす特別な日、というイメージが定着してしまっている。

 しかし、生まれたときは神社にお参りして、結婚式は教会で行い、葬式の時は念仏を唱えるという無節操な宗教観を持つ日本人にとっては、聖夜が性夜になろうが別段気にするほどの事でもないのだろう。

 かくいうオレも、その無節操な宗教観の日本人の一人であるわけなのだが。

 それでも、クリスマスに向けて恋人を作ろう、という一種強迫観念的な煽りは、見ていてあまり気持ちのいいものではない。

 勿論、オレだって絵理と二人で過ごせるならそれは嬉しい。

 だが、恋人と過ごせないからといって、何故引け目を感じなければならないのか、理解不能だ。そんなのは個人の勝手だろう。

 幸い、うちの学校はクリスマスイブにイベントがあるおかげで、そういった煽りは受けにくい。

 無理に恋人を作らずとも、一人でクリスマスイブの夜をすごす事は回避できるのだから。

「日本でも、クリスマスってメジャーな行事だと思ってたけど、違うのかな」

「そういう訳でもないだろう。実際、我らが通っている学校では、学校行事の中に組み込まれておるし、私が触れる機会があまり無かった、というだけの事であろう」

「そうなんだ。学校でもクリスマス祝うのね」

「祝うっていうよりも、忘年会の一種みたいになってるけどな。集まって、飯食って、騒いで終わり」

「そっか。じゃあ、クリスマスは忙しいのね」

 紅葉はしょんぼりと下を向いた。

「案ずるな。学校行事である以上、あまり遅い時間にはならないだろう」

「大体夜八時には終わるから、終わったらここに来るさ」

「ほんと?」

 顔を上げた紅葉に、オレと絵理は笑って頷いた。

 そろそろ面会の終了時間だ。

 外に出ると、ひんやりとした風が、冬の足音が近付いてきたことを知らせていた。

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