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純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の伍 執事、奮闘す
25/30

祭・喫茶店

 小雪に見送られて2‐Aの教室を出る頃には、既に正午を回っていた。

 この時間なら、絵理もいるだろう。

 一年生の教室は四階にある。期待に胸を膨らませ、階段を上った。

「おお、陣ではないか。学園祭は楽しんでおるか?」

 いきなり踊り場で階段を下りてきた絵理にばったり出会い、愕然とした。

 メイド服ではなく、いつもの制服を着ている。まさか、シフトが変更になってもう終わったなんて事はないだろうな。これが一番の楽しみだったのに。

「まあそれなりに。

 ところで、絵理。こんな所でぶらぶらしてていいのか? 昼からメイド喫茶のシフトだろ」

 できる限り平静を装って尋ねると、絵理は腕組みをして、落胆したように溜息をついた。

「……この時間のシフトの男子がおらぬのだ。仕方がないので、私が探しに行く事になった」

「探しにって……。当てはあるのか?」

「ない。放送で呼び出してあるが、一向に来る気配がない。だから直接探しに行く事になった」

「じゃあ、絵理は店に出ないのか?」

「現場に行かない、という意味なら今のところ不明だな。早く見つかれば戻るし、見つからなければ戻るに戻れぬ。幸い女子の人数は足りているので、私一人いなくてもどうにかなりそうだが」

 この状況は困る。非常に困る。

 このチャンスを逃したら、メイド姿の絵理に給仕してもらう事なんて一生なさそうだ。

 自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うが、こうなってくるとどうしても絵理のメイド服姿というものが見たくなってしまった。

 だから、ついこんな事を言ってしまったのだ。

「男手が必要なら、手伝おうか?」

 絵理はオレを見上げて目を丸くした。

 まさかこんな返答が帰ってくるとは思っていなかったのだろう。

「その申し出は有難いが……。陣のクラスの出し物は良いのか?」

「自分の割り当てはもう終わった。まあ、絵理のクラスのメイド喫茶は客として入ろうと思ってたから、戻ってきたらちゃんと交代してくれよ」

 オレがそう言うと絵理の顔がぱっと輝いた。

「陣。そなたは本当に頼りになるな! 了解した。一緒に来てくれ」

 頼りになると言われてすっかり気をよくしたオレは、そのまま絵理に手を引かれて1‐Aの教室へと向かった。

 1‐Aの教室は、やたらとファンシーな装飾が施されていた。入り口に、ポップな文字とレースで飾られた、ピンクの看板が立てかけられている。

『冥土喫茶☆ファーストキッス』

 これが店の名前らしい。

 冥土という、死語の世界を表す言葉の意味と、看板の醸し出す雰囲気が、見事な不協和音を奏でていた。

「なんか、すごい看板だな。すごいといえば店の名前もそうだが」

「店の名前は単に1‐Aを別の単語に置き換えただけだ。1がファースト。Aはいにしえの隠語で接吻を表すと聞いたぞ。由来さえわかってしまえば、それほどおかしな命名でもあるまい?」

 オレが聞きたいのは、何故わざわざメイドにあの文字を当てているのか、という事だったのだが、絵理には届かなかったようだ。

 確かにファーストキッスという命名もどうかとは思ったが。

「皆の者! 助っ人を連れてきたぞ!」

 絵理はスタッフスペースに足を踏み入れると、声を張り上げた。

 そこにいるのは女生徒ばかりだったが、メイド服は誰も着ていなかった。

 代わりに着ていたのは、執事服。オレはたまらなく嫌な予感がした。

 女生徒達が振り返り、オレと絵理に駆け寄ってきた。

「ナイスよ、御剣さん! って、きゃああああ!」

 いきなり悲鳴を上げられた。

「陣さ……じゃない、草薙先輩っ!? 助っ人って、本当ですか?」

 そういえば、こういう反応って随分久しぶりのような気がする。女生徒の勢いにやや圧倒されて、オレは曖昧に笑って頷いた。

「自分の割り当てが終わったので、我らに協力してくれるそうだ。問題はないな?」

「問題ない、どころじゃないわ! お手柄よ!」

 この場を取り仕切ってると思われる女生徒は、絵理に向かってビシッと親指を立てた。

 絵理はその女生徒に力強く頷くと、支度をしに隣の空き教室に向かった。

 絵理と入れ替わるようにして、メイド服を着た女生徒がスタッフスペースにやってきた。すらりと背が高く、艶やかな黒髪をレースのついたカチューシャでまとめている。膝丈まである紺のスカートに、レースをたっぷりあしらった白いエプロン。細く長い脚は、薄手の黒いニーソックスに包まれていた。

 見覚えがあると思ったら、演劇部で主役の姫を演じていた生徒だった。

「セイラちゃん、お客さんの様子はどう!?」

 役名と同じくセイラと呼ばれた女生徒は、端正な顔に眉根を寄せてかぶりを振った。

「一旦は引いたけど、俺一人じゃ厳しいな。

 ねえ委員長。逃げた奴、まだ見つからないの?」

 この声。この口調。

「御剣さんが強力な助っ人を連れてきてくれたの! これで百人力よ!」

 化粧をしていたので、完全にだまされた。

「会長? 何故こんなところに」

 セイラことセイジは、呆れた顔でオレを見た。

「なんと、手伝ってくれるんですって♪ 草薙先輩、ありがとうございます!」

 委員長と呼ばれた女生徒は元気よく頭を下げた。

「とは言っても、何をやるか聞いてないんだが……。とりあえず客に出す茶でも作ればいいのかな?」

「ええ。お願いします! マコちゃん、草薙先輩の衣装合わせお願い!」

 委員長が命じると、後ろに控えていた大人しそうな女生徒が頷いた。

「……こちらへ」

 訳が解らないまま隣の空き教室に連れて行かれ、紺色の服を渡された。

「まずは……これに……着替えてください……」

 か細いが有無を言わさぬ口調で言われ、カーテンで仕切られたスペースで渡された服を着た。

 チョットマテ、これは……。

 オレが紺色のロングワンピースに着替え終わったのを確認すると、マコと呼ばれた女生徒はフリルのたっぷりついたエプロンを取り出し、オレに着せた。姫袖と呼ばれる、フリルのついた広がった袖を外付けし、形を整える。エプロンの形や、服の細部を丁寧に直し、一つ頷くとオレを椅子に座らせた。

「じっとしてて……くださいね……」

 そう言って、ポーチから化粧道具を取り出し、オレの顔に化粧を始めた。詐欺に遭った気分だったが、今更やめますとも言えない。

 化粧をされながら、看板に書かれていた、『冥土喫茶』という文字を思い出した。かわいいメイドを期待して来てみれば、肝心のメイドたちは女装をした男。メイドの衣装を着たごつい男にご主人様と呼ばれ、給仕されれば、死後の世界に来たような、荒んだ気持ちになること請け合いだ。

 まさしくこのクラスの出し物は『冥土喫茶』と呼ぶに相応しい代物だった。

 化粧が終わり、マコがオレの頭にカチューシャをかぶせた。

「どう……ですか?」

 姿見の前に連れて行かれ、メイド姿になった自分と対面した。

 女の化粧技術ってスゲェ。

 それが第一印象だった。

 カチューシャにそのままポイントウィッグがついているらしく、ロングヘアーの楚々とした姿のメイドが鏡の中にいた。

 女にしては背が高すぎるし、肩幅も広いのだが、顔だけ見るなら普通にだまされるレベルだ。

「男性らしいラインを……極力隠すために……ロングスカートに……してみました……。肩幅も……パフスリーブなので……目立たないと思います……」

 コーディネートの説明を終えたマコは、オレに移動するよう促した。

 再びスタッフスペースに戻ったオレの姿を見て、女生徒達が歓声を上げた。

「オッケー! オッケー!! オォォッケェェエェェェ――――― イ!!!」

 委員長が、なにやら興奮した様子でガッツポーズをとっている。

「ほう。うまく化けたな。やはり元が美しいと、どんな服を着ても似合うとみえる」

 そう言った絵理は執事服に着替えていた。髪を後ろで一つにまとめ、前髪を少し残してオールバックにしたその姿は、瞳の覇気と相まって、貴族の少年のようだ。

 その様子を見ていた青司ことセイラが、面白くなさそうに舌打ちした。

「ま、化粧一つでいくらでも変わるしね。これで少しは楽になるといいんだけど」

 青司の言葉には多少の険が含まれていたが、女生徒たちはそれに気付かなかったようだ。

「大丈夫よ! いける! いけるわ!」

「うむ。今まで青司一人に負担が集中していたからな。これで少しは楽になろう」

 絵理の言葉に、青司はますます面白くなさそうな顔で嫌味を言い始めた。

「でも指名されれば忙しいのは変わらないし、たいして期待はしてませんよ。穴埋め頑張って下さいね」

 ほっほーう。青司め。このオレに喧嘩を売る気か。

 ぶっちぎりで人気ナンバーワンだった所に、ちやほやされる新人が入ってきたから面白くないんだろうが、すぐ顔と態度に出すあたりがまだまだ未熟。

 確かに、見た目の美しさではセイラに分があるが、オレにはとっておきの武器がある。

「そうだな。素で女みたいな男には敵わないかも知れんが、何とかやってみるさ」

 青司に向かって、笑いながらそう言ってやった。

「そうですね。うまく化けていますが、まだオカマくささが残っていますから。中途半端な女装は余計に恥ずかしいですし、立ち居振る舞いも気を配った方がいいかもしれませんね」

 さっきまで不機嫌そうな顔だったのが一転して笑顔になった。その代わり口から吐くのが毒針になっている。

「ご忠告ありがとう♪ セ・イ・ラちゃん」

「いえいえ、どうしたしまして♪」

「んふふふふふふ」

「あはははははは」

 バチバチと火花を散らしながら笑い合うオレと青司を、女生徒達が遠巻きに見ていた。

「御剣さん、草薙先輩と叢雲君って、もしかして仲悪い?」

「案ずるな。あれだけテンポよく言葉の応酬ができるのは、仲の良い証拠だ」

「そういうモンなのかしら……」

 もっともらしい顔で言う絵理に、女生徒たちは眉間にしわを寄せて首をかしげた。

「……準備も……できましたから……そろそろ……準備中の……札を……外した方が……」

 マコの言葉に、女生徒達は一斉に頷いた。

「セイラちゃん! ジニーちゃん! 開店するわよ!」

 いきなり源氏名がついた。

「かき入れ時だ。気合を入れていくがよい」

 かくして。

 男の意地をかけたメイドバトルの火蓋が切って落とされたのだった。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

 まず客を出迎えて席に案内するのは、執事服を着た女子の役目だった。

 注文を受け、客に給仕をする段階で、女装メイドが登場する。

 本格的なキッチンスペースはないので、出せるものといえば、飲み物の他はクッキーやパウンドケーキなど、作り置きのできる菓子ばかり。飲み物を注文された時は、客の目の前でメイドが淹れる事になっていた。

 とはいえ、客の前で熱湯をごぽごぽ沸かす訳にはいかないので、ティーポットに用意した茶をカップに注ぐだけなのだが。

「オーダー入りまーす! 3番テーブルのご主人様にシナモンティーを!」

 セイラは今接客中なので、必然的にオレが行く事になった。

 オレ自ら淹れた紅茶を携え、3番テーブルに向かう。客は浅黒い肌に染めた金髪という、軽そうな若い男の三人連れだった。多分、興味本位で来たのだろう。

「ご主人様、シナモンティーを持ってまいりました」

 普段より1オクターブ高い声で接客した。

「おぉー。すげぇ。ほんとにメイドだ」

「美人だねー。彼氏いるの?」

「お姉さん、背高いね。モデル?」

 よしよし。男だとばれていない。及第点だ。

 客の質問を笑顔でかわし、注文の紅茶をカップに注いだ。シナモンスティックで軽く混ぜ、完成。

 その様子を興味深そうに見ていたが、出された紅茶を一口飲むと表情が一変した。

「うーまーいーぞー!!」

 巨大化して目からビームを出すんじゃないかというくらいの勢いで男の一人が叫んだ。

「これは……! まず紅茶の芳醇な香りが鼻腔に広がり、シナモンが紅茶の甘みを見事に引き立てている。まるで鼻の中で天使が踊っているようだ!」

「ぬう、使われている茶葉そのものは大した事はないが、温度、蒸らし時間、シナモンによる香り付け、全てにおいて完璧! 伝説の至高の紅茶の淹れ手に、こんな所で出会えるとはっ……!」

 こいつら、ただのチャラ男三人組だと思っていたら、美食倶楽部の刺客かっ!?

 思わず後退りしそうになったが、客は仮にも『ご主人様』である。メイドの意地にかけて、そんな失態を晒すわけにいかない。

 周りのテーブルにいた客達がざわめき始めた。さっきの声に驚いて、むせた客もいるようだ。他のテーブルの客達は、紅茶を口に運んでは首をかしげている。何故あんなに騒いでいるのか理解できない、といった様子だった。

 ククク……。これこそがオレの武器。

 茶葉さえ見れば、その茶の最適な淹れ方を一目で見切ることができる。お湯だって、湯気を見れば温度が把握できるから、最適温度になった瞬間に火からおろす事ができるのだ。

 ちなみに、沸かしすぎたお湯は紅茶を淹れるのに適さないので注意されたし。

 絶妙のタイミングで淹れた、オレの紅茶に酔いしれるがいい。こんな芸当はセイラにはできまい。

 チャラ男の皮を被った美食倶楽部三人組は、オレが淹れた紅茶をなおも褒め称えている。

 客を送り出したセイラが、オレとすれ違いざまに、ギリ、と歯噛みしながら鋭い視線を向けてきた。

 オレはそんなセイラの視線を余裕の笑みで受け流す。

 三人組を笑顔で送り出し、セイラに勝ち誇った笑みを向けてやった。

「ホホホ。いくら美人でも、ちゃんとしたお茶の淹れ方も知らないようではメイド失格ですわよ」

「ウフフ。残念ですけど、湯気を見ただけでお湯の温度がわかる変態じゃありませんの。

 ご心配いただかなくても、お茶の淹れ方くらいはマスターしておりますわ」

「オホホホホ♪」

「ウフフフフ♪」

 メイドのジニーにすっかりなりきってしまったオレは、セイラに対する嫌味さえ女口調になっていたがこの際気にしなかった。

 セイラもそれは同様のようで、傍から見ると背の高いメイドが二人、ナゴヤカにいがみ合ってるように見えるだろう。

「セイラちゃーん! 5番テーブルのご主人様からご指名でーす!」

 指名で呼ばれたセイラは、ふふん、と勝ち誇った笑みを残し5番テーブルに向かった。

 やはり、一見では美貌を誇るセイラに分があるようだった。

 それもそのはず。美人なのは見れば一目でわかるが、紅茶の美味さはオーダーし、飲んでみないと解らない。

 くそ、何かいい方法はないものか。

 ふと思いついて委員長を呼び止めた。

「なあ、メニュー付け加えることってできる?」

「物にもよりますけど……どんなメニューですか?」

「オレが指名された時に、そのときの気分で淹れるスペシャルブレンドティーってところかな。何が出てくるかわからない分、興味は惹くんじゃないかと思って」

 委員長は少し考え込んでいたが、オレに向かって一つ頷いた。

「面白そうですね! やってみましょうか!」

 まずは第一段階クリアだ。

 顔で釣れないならメニューで釣る。

 後はどの程度食いついてくるか、だ。

 こうして、『冥土喫茶☆ファーストキッス』の闇鍋メニュー、『ジニーの気まぐれティー』が生まれた。

 命名は委員長である。

 直球過ぎるネーミングセンスだが、解りやすいのでよしとしよう。

「姑息な手段に出ましたわね。まあでも、それ位してもらわないと楽できそうにありませんもの。せいぜい頑張ってくださいな」

「ええ。そのうちに、暇で暇で仕方がなくなるくらい楽にして差し上げますわ。たかがコスプレ喫茶の店員風情がプロの使用人に勝てるなんて、思わないことですわね」

「ウフフフフフフッ♪」

「オホホホホホホッ♪」

 和やかにいがみ合う二人のメイド。

 互いの心は一つ。

『こいつにだけは絶対負けねえ』

 ジニーとセイラの視線が火花を散らした。

 セイラの美貌と、謎メニューに惹かれたのか、だんだんと指名客も増えてきた。

「セイラちゃーん! 2番テーブルのご主人様からご指名でーす!」

「ジニーちゃん、4番テーブルのお客様からご指名よ! 気まぐれティーお願い!」

 気が付くと、外で待っている客も出始めてきた。

「お帰りなさいませ、ご主人様。冥土喫茶☆ファーストキッスへようこそ。メイドの笑顔とご奉仕で、疲れを癒してくださいね」

「本日のオススメはジニーの気まぐれティーです。ご主人様だけの紅茶を、心を込めてお淹れいたします!」

 セイラの美貌に魅了され、ジニーの紅茶に酔いしれたご主人様たちは、一様に満足して帰っていった。客が客を呼び、いつしか外には長蛇の列が出来上がっている。

 お互い、相手に勝つために手段は選ばなかった。恥ずかしい煽り文句も平然と言い、それがかえって客に受けたようだ。

 顔をつき合わすたびに、互いに火花を散らしながら和やかないがみ合いが展開されたが、それも『メイド対決』として、一種のショーのようになっていった。

「なんか、すごい事になってるわね……。喧嘩してるみたいだけど、ほっといていいのかしら」

「互いに切磋琢磨し、このクラスの出し物を盛り上げてくれているのだ。よきかなよきかな」

 気が付けば、ジニーとセイラ、それぞれにファンがつきファンクラブのような物が結成されていた。

 合わせた視線から火花が炸裂し、いがみ合いが始まるとどこからともなく声援が飛んできた。冥土喫茶はティータイムを楽しむ客のみならず、メイド対決を楽しむ客でも溢れ返り、接客といがみ合いを繰り返すうちにあっという間に文化祭の終了時刻になっていた。

 客がはけ、扉を閉め切った後で、オレもセイラもその場にへたり込んだ。

「お疲れ様でした――――― !!」

 委員長が万感を込めて叫ぶと、周りから拍手が上がった。

「ここまで……盛り上がったのは……お二人の……おかげです……。本当に……ありがとう……」

 マコがねぎらいの言葉と共に、オレと青司にアイスティーを手渡した。

 そう言われてみれば、あれからずっと飲まず食わずでメイドをしていた。テンションを上げっぱなしだったせいか、疲労がやたらとたまっている。

「逃げた奴、結局戻ってこなかったな。ところで、指名数はどっちの方が多かったんだろうか」

 青司が思い出したように言うと、絵理が不思議そうな視線を青司へ向けた。

「互いの指名数? そんなもの、カウントしているわけがなかろう」

 あっさりとそう言われ、結局どちらが勝ったのか、負けたのか。そんな事はもう解らなくなっていた。

 オレと青司は顔を見合わせたが、お互いにもう溜息しか出てこなかった。

 でもなぜか妙な達成感と清清しさがあった。教室の窓から見える空が茜に染まっている。

 夕日が差し込む教室でオレと青司の視線が再び合った。マコに手渡された紅茶のグラスをどちらからともなく互いに音を立てて合わせ、そのまま一気に喉に流し込んだ。

 そんな休息も束の間。

 1‐Aの教室の扉がガラリと開いた。

 扉を開けた主は、オレとセイラをまじまじと見ると女神のごとき微笑みを向けた。

「一体何処で油を売ってるかと思ったら、こんな所にいたの。陣だからジニー、青司だからセイラね。ホホホホホ。なるほどねぇ」

 女神は女神でも夜叉や鬼女の類だったようで、笑顔とは裏腹な鬼気迫るオーラが全身から立ち昇っている。

 1‐Aの生徒達は顔に引きつった笑みを浮かべて後退ったが、千沙子は全く意に介さなかった。ニコニコと恐ろしいオーラを放ったまま言葉を続ける。

「ミスコン同率一位、お・め・で・と・う♪

 二人とも、お祝いは何がいいかしら? メイド服? それとも、お化粧道具? どちらにせよ、バンドの演奏の後で優勝者の発表があるから、ちゃあああああんと来るのよ♪」

 ミスコン三位の千沙子は、言うだけ言うと教室に恐怖と困惑を残して去っていった。

 しんと静まり返った教室に、カラスの鳴声が遠くから響いていた。

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