祭・舞台裏
学園祭まであと一ヶ月を切った。
各クラスの出し物も決まり、今日の会議ではそれに目を通して審査を行う。
……とは言っても、余程の事がない限りNGが出ることはないのだが。
例によって長船が作ってくれた資料に目を通すと、喫茶店、お化け屋敷、射的、プラネタリウム、お好み焼き屋などなど、定番な物から、一風変わったものまで様々だ。
絵理たちのクラスはどうやら喫茶店をやるようだった。提出資料には「メイド喫茶」と書かれている。
「メイド喫茶か……。定番といえば定番だな」
メイド服姿の絵理。うむ、いいかもしれない。いつもはオレが執事だが、たまにはご主人様と呼ばれるのも一興だ。
いや、むしろ呼べ。ご主人様と!
「会長、顔がにやけてますよ」
「メイド服は男のロマンらしいですからね。もっとも、草薙先輩にそういう趣味があったとは僕も知りませんでしたが」
青司の冷ややかな指摘と、長船のフォローになってないフォローが入った。
「メイド服が好きなの。ふぅん……」
千沙子の視線が心なしか痛い。
「いや、別にメイド服が好きという訳では……」
「あらそう? 遠慮しなくてもいいのよ? そういえば、私の屋敷にはメイドいっぱいいたわね。さぞ目の保養になったんでしょうね。ホホホ」
ナゼ笑う。そしてナゼ殺気立つ。
千沙子のかもし出す黒いオーラを払うように、小雪がはしゃぐ。
「いいな~☆ メイドさんの衣装かわいいよねっ♪ 小雪も着てみたーい! ねね、いっそ生徒会で執事あーんどメイド喫茶やっちゃう!?」
「六人で? 人数が少なすぎて現実的じゃないね。……というわけで次行きましょうか」
小雪と長船がメイド服談義を強制終了し、会議を先に進めるよう促した。
今のところ問題があるような出し物もなく、スムーズに終わりそうだったのだが。
「3‐Aの出し物、何ですかコレ。『バトルヒロインショー☆美少女戦士ラブリーキュアーズ』?」
「タイトルからして、女性キャストによる殺陣がメインの演劇といったところでしょうか。
いささか三年生の精神状態を疑うような、常軌を逸したタイトルではありますが、クオリティと集客数によっては化ける可能性がありますね」
3‐Aは紛れもない、オレと千沙子が所属するクラスである。
青司がオレを心配そうに見やった。
「会長……。メイド服だけじゃなくてこんな趣味まで……。俺の理解を超えた、遠い所へ行ってしまったんですね。それとも、元からですか?」
「んなワケあるかっ! 第一、それを決めてた頃、オレは担任から頼まれた雑用や文化祭用の書類作りしてたから、その場にいねえし!」
そのやり取りを聞いていた千沙子が、やれやれと溜息をついてぼやいた。
「何故か異様に盛り上がって、既に役どころまで決定してるのよね。迷惑な話だわ」
「ちさこ先輩はどんな役なの?」
小雪が興味津々といった様子で尋ねると、千沙子は忌々しそうに答えた。
「よりによって悪の女幹部・ブラックウィドウですって! どうしてこの私が悪役の蜘蛛女なのよ! 失礼しちゃうわ!」
「怒るポイントそこなのか」
「フン、勿論こんなふざけた出し物に納得してるわけじゃないわよ。だけどね、メインヒロインはどう考えても私の方が相応しいのに、どうしてこんな役をやらなくちゃいけないの!」
憤然とする千沙子に、長船が尋ねた。
「ところで伊勢村先輩。タイトルが複数形という事は、主要ヒロインは複数人数いるんじゃないですか?」
「それは……そうだけど。でも、リーダー格のヒロインはちゃんといるのよ。あんな元気といえば聞こえはいいけど、ただの口うるさい女に務まるとは思えないわね」
「はあはあ。なるほどなるほど。大体の事情は飲み込めました」
長船はそこで一呼吸置き、左手の中指で黒ぶち眼鏡を押し上げた。
「結論から言いますが、そのキャスティングは僕が知る限りベストの配役ですね」
「なによ、長船君までそんなこと言うの?」
「では訊きますが、一番重要、かつ技量が必要なのはどの役だと思いますか?」
「リーダー格のヒロインでしょう。主役ですもの」
むっとした表情のままの千沙子を諭すように、長船は続けた。
「その認識は間違いです。
いいですか。味方サイドのヒロインなんて、そこそこ見栄えがあれば大根役者でも成立するんですよ。複数人いるなら、互いにフォローできますし粗もそれほど目立たなくて済みます。
しかし、悪役はそうはいきません」
「どういう事?」
「悪役、というのは味方よりも強そうでなくてはいけません。そうでないと緊張感がなくなりますからね。しかも、複数のヒロインを一人で圧倒するとなれば、どれほどの存在感と技量が必要か、お解りになりますか?」
「それは……」
言い淀む千沙子を見て一息置くと、長船はそのまま続けた。
「はっきり言いましょう。ブラックウィドウ次第でこの出し物の成功、もしくは失敗が決まります。そんな重要な役、他に誰ができますか? キャスティングをした人の判断は正しい、と僕は思いますよ」
「そうだったとしても……。蜘蛛よ蜘蛛。あんまりじゃない?」
千沙子が一番引っかかっていたのはそこのようで、キャスティングには納得した様子だがまだぼやき続けている。
長船はいつもの表情のまま、ふむ、と一つ頷いた。
「女郎蜘蛛というのをご存知でしょうか。蜘蛛は齢四百歳を迎えると妖力がつき、絶世の美女に化けるとされています。
いいですか。絶世の美女ですよ。
強さ、存在感、美しさ、技量。これらを全て兼ね備えていないと、その役はできないということです」
「……………………」
長船の講釈を聞いて、千沙子はしばらく考え込んでいたが、やがて吹っ切れたように立ち上がった。
「まったく、仕方がないわね。私にしかできないっていうなら、やってあげるしかないわね」
そうぶつぶつ独り言を言っていたが、おもむろに発声練習を始めた。
「あー、あー。こほん。
オホホホホ!
……違うわね。
オーッホッホッホッホッホッホッホ!
……こうかしら」
オレ達はそんな千沙子をしばらく眺めていたが、青司がぼそりと一言つぶやいた。
「副会長がコワレタ」
その声はしっかり千沙子の耳に届いていたようで、キッと青司を睨んで反論した。
「学園祭まで後何日だと思ってるの!?
すでに後一ヶ月切っているのよ。無様な姿を晒さないよう、練習しなきゃいけないでしょう。
……ああ、確かブラックウィドウの武器は鞭だったわね。屋敷に帰ったら早速鞭を取り寄せて、扱いの練習をしなきゃいけないじゃない。
解ったでしょ。私は忙しいの。邪魔しないでちょうだい」
そうまくし立てると、千沙子は再び高笑いの練習を始めた。
今度は高笑いだけではなく、鞭打ちの動作までついていた。
「……どーすんだ、アレ」
「さぁ」
千沙子を超音波製造機にした元凶は、オレにすがすがしいほど無責任な返答をよこした。
「すごーい、窓ガラスが共鳴起こしてるよ~。割れないといいねえ」
「どうでもいいが、生徒会室で哄笑するのはやめてほしいものだ。会議に集中できん」
絵理の一言に、オレ達は顔を見合わせて溜息をついた。
「なんか、もう面倒だから適当に許可出してさっさと終わらすか」
「……そうですね」
千沙子の高笑いをBGMにして、オレ達は黙々とサインと認証印を押す作業に戻った。
カリカリ、ぺたん。
カリカリ、ぺたん。
「2‐A、魔法少女による恋占い……」
青司が小雪と長船のクラスの出し物を見て、再び呆れた声を出した。
「えへへ~☆ 小雪、タロット占いできるんだよぉ。リトルスノーって名前で占い師やるの♪」
「ありていに言うと、占いの館ですね。雰囲気を出すために魔女のコスプレと、それっぽい名前でやるんですよ」
「やべえ。うちのクラスのメイド喫茶が、ひどく凡庸でつまらない出し物に思えてきた……」
カリカリ、ぺたん。
「つまらなくはないぞ。メイドといえど、コスチュームプレイという基準はちゃんとクリアしておる」
カリカリ、ぺたん。
「コスプレが基準かよ……。一体どうなるんだ。学園祭」
カリカリ、ぺたん。
「さぁ。僕としては学園祭が盛り上がれば別に何でもいいです」
カリカリ、ぺたん。
カリカリ、ぺたん。
再び皆無言になり、サインと認証印を押す作業に戻った。
カリカリ、ぺたん。
カリカリ、ぺたん。
「オーッホッホッホッホッホ!」
千沙子の高笑いだけが、放課後の生徒会室にいつまでも響いていた。




