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純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の参 執事、狼狽す
14/30

ジェラシー

 翌朝。

 あの後、将棋に飽きた二人はオレ達と合流し、他愛もない話をしながら夜が更けていった。

 最終的には当初の予定通り、男女別々の部屋で休むことになったのだが。

 オレはろくに寝付けないまま朝を迎えてしまった。

 どうやら、失恋のショックというものは予想以上に大きいようで。

 やっと明け方になって寝付いたと思ったら、青司と絵理がよろしくやってる夢なんぞ見てしまい、睡眠不足と相まって最悪の寝覚めだった。

「おはようございます、先輩。今朝もいい天気ですよ」

「おはよ」

 いつもの調子で挨拶する長船を思わず睨み返し、短く挨拶を返す。

 すまん長船。悪気はないんだ。態度を取り繕う余裕がないだけで。

 長船はそんなオレを見ても眉一つ動かさず、そろそろ朝食の時間になることを告げた。

 青司の姿は見えない。

 正直、現在あいつの顔を見たくないので、かえって丁度よかった。

 青司と絵理には聞きたい事が色々あるのだが、それをするにはまず自分の気持ちを落ち着けなければならない。

 眠気覚ましに洗面台の方に行くと、青司と鉢合わせしてしまった。

「おはようございます、会長」

 青司はにこやかに挨拶するが、余裕たっぷりの笑顔は思い切りオレのかんに障った。

「おはよ。つか、終わったならさっさと退いてくれ。邪魔」

 不機嫌丸出しのぶっきらぼうな口調の上、寝起きの凶悪な目つき。

 そんなオレの態度を目の当たりにした青司の顔から、見る間に笑みが消えていく。

 すっと目を細め、射るような視線でオレを睨みつけた。

「いきなり入ってきて、挨拶もそこそこに邪魔呼ばわりですか。そんなに待つのが嫌なら外の洗面台に行ったらどうです?

 ま、もう終わりましたけどね。出て行く間すら待てないようですから」

 青司は厭味いやみたっぷりの挑発的な口調でオレに抗議を投げつけ、嘲るような笑みを浮かべてわざとらしく肩を竦めた。

「あぁ? 何その態度。お前、誰に向かって口きいてんの?」

 態度が悪かったのは認めるが、厭味ったらしい口調がしゃくに障る。

「礼儀を知らない、身勝手な生徒会長様に対してですよ、勿論」

 売り言葉に買い言葉。

 青司は引いて場を収めるよりも、喧嘩は真っ向から受けて立つタイプのようだった。

 ……上等じゃねぇか。

「厭味ったらしい野郎だな。気に入らないなら『気に入らないからやめろ』の一言で済むだろうが。小馬鹿にした態度で遠まわしに言う必要がどこにあんの?」

「別に馬鹿になどしてませんよ。事実を述べただけですが?

 ああ、身にやましいところがあるから被害妄想に陥るんですね。解ります」

「なんだとこのっ!」

 思わず青司の胸倉を掴んだとき、目前に何か半券のようなものが突き出されて視線を塞いだ。

 焦点を合わせてみると、そこには『朝食用チケット』と書かれている。

「朝食の用意ができたそうですよ。一階の食堂でバイキングとのことです。

 お二人の分の朝食チケットです。どうぞ」

 両手に一枚ずつチケットを持った長船が、いつもどおりの淡々とした口調でオレと青司の間に割って入っていた。

 オレはこれ以上喧嘩を続ける気になれず、青司から手を離し、長船からチケットを受け取った。

 青司は長船に一言礼を言うと、もうオレには何も言わずにそのまま部屋を出て行った。食堂に向かったのだろう。

「長船」

「はい」

「サンキュな」

「いえ。伝言を預かっていたので」

 長船はいつもと変わらぬ態度、いつもと変わらぬ口調でそう言うと、戸締りお願いします、とだけ言い残して食堂へと去っていった。

 食堂に行くにしても、ひとまず顔を洗わないとな……。

 洗面台に映ったオレの顔は、確かにひどい表情をしていた。こんな顔で文句を言われたら、確かに厭味の一つも言いたくなるだろう。

 まったく、オレは何やってんだ。

 らしくねえなあ。

 顔を洗うと、だいぶ頭もスッキリしてきた。

 どう贔屓ひいき目に見ても、さっきのは確かにオレが悪い。

 後で青司に謝ろう。

 そんな事を考えながら、一階にある食堂へと向かった。

 食堂は宿泊客で賑わっていて、テーブルのあちこちが既に埋まっている。皆は既に食事をプレートに取り終わり、少し奥にある六人がけの丸テーブルに陣取っていた。

 必然的に、現在空いている席がオレの席だろう。

 それはいいんだが。

 絵理の隣に、当然のように青司がいる。

 ……気に入らない。

 青司に謝ろう、何て考えていたくせに、そんな気持ちはきれいに消し飛んでしまった。

 しかも、空いているのは青司の隣の席ときている。

 落ち着け、オレ。平常心だ!

 そう、腹が立つのはきっと空腹だからだ。さっさと朝食を済ませてしまおう。

 カウンターにチケットを渡して、料理を盛り付けるためのプレートを受け取ると、片っ端から料理を盛り付けた。

 我ながら盛りすぎな気がするが、深く考えない事にしよう。

 てんこ盛りになったプレートと、もっさりと積み上がったパンの山を持って、オレはテーブルへと向かった。

「陣、遅かったな。朝には強いそなたが珍しい。昨日騒ぎすぎたか? あまり無理はしないことだ」

 絵理はいつもと変わらぬ口調で、さりげなくオレを気遣っている。

 別に青司と付き合ったからといって、オレ達の関係が変わるわけじゃない。

 変わったのは、オレの絵理に対する気持ちをはっきり認識した事だけ。

 些細な変化だが、大きな変化。

 たったこれだけの事で、感情の制御が困難になってしまう。

 オレは絵理に曖昧な返事を返すと、空いている席に腰を下ろした。

 たった一人分の距離しかあいていないのに、絵理が妙に遠くに感じられる。

 割り箸を割って食べ始めると、一斉に皆の視線がオレに収束した。

 正確には、オレの目の前に置かれているプレートに。

「……すごい量ですね」

「わー☆ パンが山盛りだ~♪」

「腹が減っては戦はできぬと言うが、それは少々やりすぎではないか?」

「会長は四次元胃袋の持ち主だったんですね……」

自棄ヤケ食いもほどほどになさいね?」

 千沙子が訳知り顔で、半分哀れむように言ったのが妙に心に突き刺さった。

「腹へってんだよ! 自棄食いじゃねぇ!」

「自棄食い? 何だ。嫌な事でもあったのか? そういう時は話してすっきりするといい。私でよければ聞くが?」

 千沙子とオレの会話を聞いた絵理が、お約束の通り地雷を踏み始める。

 確かに嫌な事があって気分最悪だが、絵理にだけは言えない。

 言えたら良く言えば勇者、悪く言えばただの痛い奴だ。どっちの称号で呼ばれるのも、オレはごめんこうむる。

 絵理の申し出を適当な言葉でごまかし、単に腹が減っているだけと言う事で無理矢理納得させた。

 ただ、それをやってしまった以上、多少の問題が出てくるわけで。

 この料理の山をちゃんと片付けなけらばならない。

 ……………………。

 どう見ても容量オーバーです。本当にありがとうございました。

 それでも、オレは根性で自分の持って来た山盛り料理を全て胃に収め、へろへろになりながら朝食を終えた。一体何が悲しくて朝からフードファイターの真似事をしなければいけないのだろう。

 いや、元はといえば考えなしに料理を盛り付けたオレが悪いんだが。

 部屋に戻る途中で、千沙子に声を掛けられた。

「ずいぶん荒れてるわね」

 明らかにからかいを含んだ口調だったが、今は反論する気力すらない。

「ほっとけ」

「そう邪険にしないでよ。折角胃薬持ってきたのに」

 千沙子はそう言って、市販の胃薬をオレに手渡した。

 からかった直後に優しくするのは反則だろう。素直に礼を言うことすら困難になるじゃないか。

「……アリガトウ」

 複雑な心境で礼を言うと、千沙子は澄ました顔で答えた。

「お礼はデート一回分でいいわ」

「やっぱいらね」

「……冗談よ。今日は観光スポット巡りなんだから、ちゃんと薬飲んでおきなさい」

 わざわざ胃薬を買って持って来てくれたのは本当に有難いんだが、この高飛車な物言いは何とかならないものだろうか。

「それで、聞いたわよ。叢雲君と喧嘩したんですって?」

 どうやらこちらが本題だったようだ。

 千沙子の声からからかうような調子が消え、真面目な口調になる。

「青司から聞いたのか?」

 この手のことを長船が吹聴する事はまず無い。青司本人から聞いたと考えるのが妥当だろう。

「気にしてたわよ。『嫌われるような事したのかな』って。理由なんて言える筈もないし、適当に慰めの言葉をかけておいたけど」

「……それはどうも」

「気持ちを持て余してイライラするのは解るけど、理不尽な八つ当たりは周りを戸惑わせるだけよ。

 その挙句に自棄食いなんかして自爆して。みっともないったらありゃしない」

 正論だが容赦ない言葉を浴びせられ、オレは辟易へきえきした。

 大体、何で千沙子にここまで言われなきゃならんのだ。

「言いたい事はそれだけか。お前に何が解るんだ」

 オレがそう言うと、挑戦的な目をオレに向け、フン、と鼻で笑った。

「何が解る、ですって? お生憎様。片想いに関しては私のほうがベテランなの。私が何年貴方に片想いしてると思ってるのかしら?」

「その台詞、勝ち誇って言う事か?」

「お黙り。今まで恋愛に苦労しなかったツケが回ってきただけでしょ。

 無意味にイライラするのは、気持ちのやり場が決まってないからよ。

 貴方は御剣さんをどうしたいの? 諦めたい? 叢雲君から奪いたい? それすら自分で解ってないんじゃないの?」

 千沙子のまっすぐな視線は、言葉と共にオレを容赦なく打ち抜く。

 オレを狙う狙撃手は、追撃の手を緩める気配はなかった。

「今の貴方はね、現状に不満を持って駄々をこねている子供と同じ。

 ……少し前の私みたいにね。

 叢雲君と御剣さんがどうしたとか、そんな事関係ないわ。貴方がどうしたいかよ」

 その一言で目が覚めた。

 オレはミツルギエリをどうしたい?

 まずはそこから。


 ……諦める?

 無理だな。


 ……青司から奪う?

 上等。


 決まった。


「欲しいなら奪え、か。相変わらずだな」

「当然でしょ。口をあけて待ってるだけで欲しい物が転がり込んでくるなんて、そんな都合のいい話がどこにあるの」

 そう言って千沙子はにやりと笑った。

 いつかの絵理のように。

「戦う覚悟はできたみたいね」

「おせっかいな女だな。お前も」

「あら。別に貴方のためじゃないわ。さっさと玉砕してきてもらわないと、私が困るのよ」

「……お前、策士にはなれないタイプだな」

 口を尖らせて言う千沙子に、オレは半分呆れて言った。

「傷心のオレに付け込む気なら、別に今だっていいだろ」

「冗談じゃないわ。いくら貴方が相手でも、慰み者にされるのなんかまっぴらよ。

 ……でも、御剣さんへの気持ちにけりがついた後なら、考えてあげる」

「うわぁ、可愛くねー」

「そうかしら? でも、陣は可愛いだけの女になんか興味ないでしょ」

 ふふん、と千沙子は勝ち誇った笑みを浮かべた。

 ご明察。

 でもな? 別に可愛い女が嫌いなわけじゃないんだぞ?

 何事もバランスってやつは大事じゃね?

 昨日から千沙子には散々言われっぱなしだ。情けないだの、さっさと玉砕しろだの、いくらなんでもあんまりじゃないか?

 一言。せめて一言、何か言ってやりたい。

 オレは芝居がかった動作で千沙子に向き直り、どこぞのアニメの台詞回しのように、高らかに宣言した。

「それは確かにその通り。

 だがあえて言おう。

 可愛げの全くない女は、可愛いだけの女以上に興味がない。むしろカスであると!」

「!!」

 千沙子の勝ち誇った表情が凍りつき、よほどショックだったのか、二、三歩後ろによろめいた。

 勝った。

 言い過ぎた事を反省するより先にそう思ったオレを、鬼と呼びたい奴は呼べばいい。

「それ、どういう意味よ! まさか私がカスだって言いたいの!?」

 千沙子は涙目になって声を張り上げた。

 先ほどの威圧するような雰囲気はどこへやら、喧嘩して言い負かされた子供のようになっている。

「そういうわけじゃない。まだな」

「……まだ?」

「勘違いしてるようだから言っとくけど、オレは別に可愛い女が嫌いなわけじゃないぞ?

 女王様気取るのもいいけど、もう少し可愛げがないと、嫁の貰い手いなくなるんじゃね?」

 世の中には、気位の高い女に罵倒されて喜ぶ男もいるが、あえてそこには触れない事にした。

 千沙子は涙目のまま頬を膨らませていたが、やがてぷいとそっぽを向いて、小さい声でこう言った。

「……善処するわ」

 そんな様子を見て、思わず『かわいい』と思ったのは、本人には内緒にしておこう。

 千沙子はそのまま戻り、オレも出立の準備をしに部屋に戻った。

 洗面台の水場で千沙子から貰った薬を胃に流し込み、メインルームに入る。

 既に身支度を終え、茶を飲んでいた青司と目が合い、青司が何か言いかけるよりも早く、オレは口を開いた。

「青司。さっきは悪かった」

 先手を取られて驚いたのか、青司は何か言いかけたまま一呼吸間をあけ、言葉を返した。

「こちらこそ。ついかっとなって言い過ぎました。すみません」

 そんなやり取りの横で、長船は甲斐甲斐しくオレの分の茶を用意している。

 通常なら、これで仲直り、めでたしめでたし。

 そうするのが望ましいだろう。

 だけど、オレはどうしても、こいつに言っておきたいことがある。

「朝の件はオレが悪かったと思ってる。

 だがこれだけは言わせてくれ」

 青司は丁度茶を口に運んだ所だったので、目だけでリアクションをした。

 オレはそのまま続ける。

「オレも絵理が好きだ。昨日気付いた。

 お前には渡さん。以上」

 ぶゴフっ! げほゲホげホゲほっ!!

 ゴトン! ゴロゴロゴロ

 飲んでいた茶が気管に入ったらしく、青司は盛大にむせた。

 長船が茶を用意する時に手を滑らせたのか、テーブルの上に急須が転がり、中身がぶちまけられる。

 中身の大半を注ぎ終わった後だったのと、長船の迅速な処置のおかげで、布巾が一枚汚れただけで、服や床に被害は出なかった。

 長船はいつもどおりの淡々とした表情で、布巾を水洗いしに洗面台へ。

 青司は咳が治まると、鳩が豆鉄砲食らったような表情で、立っているオレを見上げた。

 そんな青司に、オレはにやりと笑ってみせる。

「そういう訳だから、嫌なら全力で守ってみろ。他の女と二股なんかする余裕があると思うなよ」

 青司は何か言いたそうな顔をしていたが、オレは言いたいことだけ言って、さっさと出立の準備を始めた。

 さっきまでの苛立ちが嘘のように晴れて、笑い出したくなるほど気分爽快だ。

 青司の心中は穏やかじゃないだろうが、そんなのはオレの知った事か。

 オレはやりたいようにやる。

 抵抗するなら受けて立つ。

 たったそれだけの、シンプルな話。

 必要なのは覚悟だけ。

 青司。お前の覚悟、見せてみろ。

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