表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純愛バトラー  作者: 天沢 祐理架
其の参 執事、狼狽す
13/30

揺れる想い

 真夏の夜のテンションは高い。

 宿に戻ったら戻ったで、始まったのは意地とプライドをかけたカードゲーム。

 要するに罰ゲーム付の大富豪だ。

 ゲームも既に終盤に差し掛かり、この回で最終的な順位が決定する。

 現在の順位は大富豪がオレ、富豪が長船、平民が千沙子と小雪、貧民が絵理、大貧民が青司となっている。

 罰ゲームは、今夜に限り、順位による絶対的なカースト制度が発生する、というものだった。

「俺……このゲームに勝てたら告白するんだ……」

 青司がお決まりの死亡フラグを立てる。

「えー! 告白って、誰にするのっ?☆」

 告白、という、妙に現実味のある言葉に反応して、小雪が瞳を輝かせた。

「それは秘密。第一まだ勝負が決まってないですから」

 青司は小雪をはぐらかすと、手持ちのカードを場に捨てた。

 青司の手札はあと四枚。

 六人の中で、一番残りの手札が多い上に、順番は最後。

 青司の勝てる見込みがほぼないのは、その場に居る全員が解っていた。

 そして、現大富豪のオレの手札は残り二枚。手持ちの札はAと2。順番が回ってくればまず場に出せる。

 最後に2は出せないため、先に2の札を捨てた。これで残りは一枚。

 他のメンバーの残りの手札はだいたい二~三枚。出された手札を見ると、オレが捨てたのが最後の2。

 楽観視はできないが、このまま行けばオレの地位は安泰だ。ラストゲームという事もあり、場を妙な緊張が包む。

 一つでも上の順位になれるように、それぞれが真剣にゲームに没頭し、順調に手札を減らしていった。

 そして、再び青司の手番になった時、事件は起こった。

「Jのフォーカード。革命かつ上がりです」

「「「えぇえぇぇぇええ!」」」

 終了間際の超展開に、残りのメンバーの叫び声がハモる。

 革命により、一気にカードの力関係が逆転し、オレの手持ちの最強の上がり札が、最弱のクソ札へと変貌した。

 いや、そんな事は些細な事だ。

 問題は……。

「ええと、確か叢雲君は大貧民でしたよね? それが一位上がりで大富豪になりますから、都上がりのルールが適用されて……」

「ふむ。順位逆転で、ゲーム終了か」

「きゃ―― ☆ すごいすごーい!」

 そう。都上がりのローカルルールを適用していた為、大貧民が大富豪になった暁には、今までの順位が逆になるのだ。

 で、これがラストゲームだから、強制的な順位決定によりゲーム終了、と……。

「うわあああああ! マジかよおおおお!」

 大富豪から一気に大貧民に転落して、オレは今晩、他のメンバーの下僕になる事を余儀なくされた。

「んっふっふ。切り札は後に取っておくものですよ」

 反面、大貧民から一気に大富豪にのし上がった青司は、勝ち誇った顔で上機嫌だった。

 ゲームもお開きになり、後片付けをしている時に、不意に小雪が言った。

「そういえばせーじ君、『このゲームに勝ったら告白する』って言ってたよね? 勝ったんだからしちゃいなよー!☆」

「そうねぇ。一度口に出した事は守らないとね。男に二言はないでしょ?」

 珍しい事に、千沙子まで小雪の告白コールに乗っかった。

 死亡フラグという名の冗談だって解ってるくせに、二人ともそれを承知でからかっている。

 だが青司のことだ。のらりくらり別の話題に切り替えて、はぐらかして終わりだろう。

 第一、彼女が居るらしいしな。

 だが、この時はいつもと少し様子が違った。

 小雪と千沙子の期待たっぷりの視線に追い詰められた青司は、少し困った顔をしている。返ってきたのは意外な一言だった。

「いやあ、後で個人的に済ませます」

 その言葉を聞いて、小雪と千沙子はますますヒートアップする。

「えええ―― ! いいじゃん、この場で!」

「これだけ期待させておいて、最後の最後で逃げるの? 公言したんだから最後まで責任取りなさいよ」

 二人が詰め寄ると、青司は観念したように溜息をついた。

 長船と絵理は、その様子を静観している。

 オレたち全員の視線が青司に集まり、期待と不安に満ちた空気が場を支配する中で、青司はゆっくりと口を開いた。

「俺、絵理さんの事が好きだ。

 もし嫌じゃなければ、その、俺の恋人になって欲しい」

 青司の言葉を受けた絵理は、目を大きく見開いて青司を見つめた後、二三度瞬きした。

 何故だか、オレにはこの時間がとても長く感じられた。

 だが、絵理はこと恋愛に関しては、難攻不落の要塞みたいなものだ。

 モーションかけても気付かない。

 甘い言葉にも無反応。

 そもそもそういったものに興味がない。

 絵理に惚れてしまった時点で、既に負け戦が決まったようなものだ。

 周囲が固唾を呑んで見守る中、絵理は青司の目を見つめたまま口を開く。

「ありがとう。好意を持ってくれた事、嬉しく思う。ただ、私には交際に関しての知識はまるでないが、それでもよいか?」

 まさか……嘘だろ?

「うん。そういう所も好きだから」

 青司の顔に安堵の表情が広がる。

 それを合図に、ギャラリーから歓声が上がった。

「きゃああああ!☆ せーじ君よかったね! おめでと―― !」

「上手く行ってよかったじゃない。羨ましいわ。

彼女の事大切にしてあげなさいね?」

「まさか本当に告白するとは思いませんでした。てっきりいつもの冗談だと思っていたのですが」

 言葉にできない感情が渦となって、胸の内側を締め上げる。

 オレは声を発する事もできないまま、石像のように固まって、その光景を、まるで別の世界の出来事のように見ている事しかできなかった。

「ふふふ。じゃあ邪魔者は退散しようかしら。

 二人とも、ごゆっくり」

「そうだねー☆ うふふ♪」

 なぜか嬉しそうな千沙子に促され、オレ達は別室に退避する事になったのだが。

 正直、絵理と青司を二人きりにしたくない。

 千沙子の言葉で石化状態が解けたオレは、すかさず異議を唱えた。

「おいおい、いくらなんでも羽目外しすぎじゃないか? 何かあったらまずいんじゃねーの」

 オレの言葉に、千沙子は不服そうな顔でこちらを一瞥した。

「あら。陣。あなたいつからそんな無粋な事を言うようになったの? せっかく両想いになれたんだし、二人きりにしてあげるのが優しさというものでしょ」

「絵理に何かあったら責任取るのはオレなんだよ。軽はずみな行動されると困るんだ」

 別に、絵理が恋人とどうなったところで、オレが責任取る必要なんか無いのだが、もっともらしい理由をつけないと、周りが納得しそうに無い。

「いや……さすがに付き合って即手を出すなんて動物みたいな真似はしませんから」

 青司が困ったように言うと、千沙子は大げさに頷いてみせた。

「そうよねぇ。むしろ、すぐそっちを想像する、陣の方が危険なのではなくて?」

 おのれ千沙子め、そう来たか。

「な……! お前、いい加減な事言うとさすがに怒るぞ!」

「お黙り。

 忘れたの? 今夜のあなたは最下層民。

 大貧民風情が、平民である私に口答えなんて、命知らずもいいところだわ」

 千沙子はオレを睥睨へいげいし、女王のような口調と態度でそう言うと、強引にオレを引っ張って行った。

「長船君。そっちの腕押さえて。抵抗したら鞭打って、自分のというものを解らせてあげてちょうだい」

「サー、イエス、サー」

「長船っ! お前まで!」

「すみません先輩。僕は無用な争いは極力避ける主義なんです」

「長船君。素直なのは大変結構な事だけど、女性に対して『サー』は適切じゃないわよ」

 千沙子のツッコミを受けた長船は視線をオレから千沙子に固定し、表情を変えぬままこう答えた。

「イエス。サー」

「……いい性格してること」

「恐縮です」

 そんなやり取りを続ける二人に半ば引きずられるようにして、部屋に呆気に取られた青司と絵理を残したままオレは隣の部屋へ移動させられた。

 本来この部屋は、女子が寝泊りする予定の部屋になっていて、三人分のベッドと、小型のテーブルとソファーが置いてあった。

「ふう、ゲームに熱中してたら何か甘いものが食べたくなっちゃった。

 ねえ、長船君、烏丸さんと一緒にコンビニで何か見繕ってきてくれないかしら。言っとくけど、お酒は禁止ですからね」

 平民の女王陛下は優雅にソファーに腰を下ろすと、ブランドのロゴが入った財布から福沢諭吉を一枚取り出し、長船に手渡した。

「サー、イエス、サー。それでは、早速任務に移ります」

「ゆうちゃん、その答え方って、何か軍隊みたいだよぉ」

 長船の受け答えを聞いた小雪が、くすくすと笑いながら指摘した。

 その突っ込みに長船は眉一つ動かさず、

「では、参りましょうか。烏丸特務曹長殿」

 相変わらずの軍隊調で答えた。

 ちなみに、軍隊の階級は将官、佐官、尉官、准士官、下仕官、兵士の順になっていて、特務曹長は准士官に属する階級である。

 今回のゲームの階級を、軍隊の階級になぞらえたのだろう。

 本来は千沙子も小雪も同位階級のはずなのだが、千沙子の方が立場も態度も上なのは誰が見ても明らかだった。

 だが長船よ。お前の受け答えはマニアックすぎるぞ……。軍隊の階級なんて、一般的な高校生がわかるかっつーの!

 そんなマニアネタをさらっと持ってくるんじゃない。小雪が困って……。

「了解でありますっ! 長船軍曹殿!☆」

 困ってなかった。むしろノリノリだった。

 ノリノリで敬礼までして、二人で部屋を出て行った。


 小雪と長船が退室し、オレは千沙子と二人、部屋に残された。

「立ってないで座ったら?」

 千沙子に促されて、オレはのろのろと千沙子の対面のソファーに腰掛けた。

 ハア……。オレ、一体何やってんだろ。

「どういうつもりだよ」

 気付けば、思わずそんな事を口にしていた。

「何が?」

 千沙子は含みのある笑顔をオレに向けた。

「青司を煽るような真似しやがって。絵理に何かあったらどうするつもりだ」

 千沙子は笑顔を崩さない。

「あら。ご主人様の幸せを祝福してあげられないなんて、ずいぶん心の狭い執事ね。いいじゃない。あの二人仲良さそうだったし、きっとうまくいくわ。

 それとも、うまくいってほしくないの?」

 笑顔を崩さないまま、千沙子はオレの心を容赦なくえぐる。

 うまくいってほしくない?

 確かにそうかも知れない。

 自分の苛立ちが、自分でも説明できない。

「だって、あいつ彼女居るんだろ? なのに遊び半分で絵理を口説いて一体どういうつもりなんだ」

 心当たりがありそうな理由を、自分の中から探す。

 でも、違う。

 あいつに彼女がいようがいまいが、そんなことは関係なく、絵理に恋人ができたという事実そのものが気に入らない。

 そんなオレの心中を知ってか知らずか、千沙子はわざとらしく驚いてみせた。

「あら、それは初耳ね。

 だけどね、陣。私には、そんな事はどうでもいいのよ」

 千沙子の顔から含み笑いが消え、いつになく真剣な顔になる。

「だって、これで御剣さんと貴方が恋人同士にならずに済むんですもの。

 知ってた? 私、まだ貴方のこと諦めてないの。御剣さんに取られたら困るのよ」

 そう言ってまた、にっこりと微笑んだ。

 今度は含みのない、極上の笑顔で。


 うわぁめんどくせぇ。

 これが、千沙子の告白を受けた時の正直な感想だった。

 そりゃあ、千沙子のことは嫌いじゃないけど、彼氏彼女の束縛とかもうね、面倒。

 それに。

 今は誰かと付き合いたい気分じゃない。

 そんなオレの心中を見透かしたように、千沙子はふふっと笑った。

「嬉しくなさそうね?」

 からかうような口調でそういうと、オレをじっと見つめた。

「いや、嬉しくないわけじゃないけど」

「「今はそれ所じゃないし」?」

 オレと千沙子の声が重なる。

 千沙子はまた、にっこりと笑った。

「解ってるわよ。今、貴方の気持ちが私にないことも、今こんな事を言われても、正直考えるのが面倒だと思っていることも」

 千沙子は無理して笑っているようには見えない。それどころか、こちらの反応を楽しむ余裕すらあるようだった。

 オレの返答を待たずに、千沙子は続ける。

「そして、貴方が御剣さんの事を好きだという事もね」

 絵理の事が好きだって?

 オレが?

 この時、オレは随分と間抜けな顔をしていたと思う。


 だって。


 相手はあの絵理だぞ?

 無駄に博識なくせに、世間一般の常識がどこか欠落している絵理だぞ?

 エキセントリック暴走思考回路で、やたらとおとこらしい性格の絵理だぞ?


 だけど。


 だからこそ絵理から目が離せなくて。

 そんな絵理の事を『可愛い』と感じてしまう自分がいて。

 気がつけば、いつも絵理の事を考えていた。


 ああ、そうか。


 誰かを好きになるって、こういう事か。


「そうか……。

 オレ、絵理の事が好きだったんだな」

 呆けた顔で、思わず漏れた心の内を、千沙子は笑って受け止めた。

「なんて顔してるのよ。

 やーねぇ。もしかして、自分で気付いていなかったの?」

「そうみたいだ」

 自覚してしまったら、正体不明だった感情が一気に形を持って、心の内側でざわつき始めた。

 だから、千沙子のからかうような問いかけに、自分でも驚くほど素直に答えていた。

「情けない顔しちゃって。いつもの余裕たっぷりの陣はどこへ行ったのかしら」

「ホントにな。どこに行ったんだろうな」

「憎まれ口を叩いているのに肯定で返さないでよ。まったく、ここまで重症とはね。解っていたつもりだけど、やっぱり妬けるわね」

 千沙子は口を尖らせたが、相変わらず笑ったままだった。

 すねた口調だが、瞳の色は柔らかい。

 自分の感情に翻弄されているオレを、見守っているかのようだった。

 どうして、そんなに余裕があるのだろう?

 千沙子は、たった今、オレのことがまだ好きだと言った。

 それなのに、別の女に気を取られているオレに対して、どうして笑っていられるんだ? 昔の嫉妬深い千沙子からは、考えられない。

 二人の間に、しばしの沈黙がおちる。

「千沙子。お前、変わったな」

 オレがポツリとつぶやくと、千沙子は悪戯っぽく笑った。

「そう? でもそれって、貴方もじゃない?」

「そうかな」

「ええ。御剣さんの執事になってから、貴方、ずいぶん変わったわ。相手に合わせて、自分を作ったりしなくなったもの」

 自分を作ったりしなくなった、か。

 確かにそうだ。

 どんなに絵理に合わせて自分を作ろうと思っても、予想外の行動に翻弄ほんろうされて、呆気なく素の自分が引きずり出されてしまう。

 だったら、初めから素のままでいるしか方法がないわけで。

 勿論、他の使用人の目がある時は最低限の敬語と、執事らしい態度は取るが、それだけだ。

 それでも、絵理はオレのありのままを受け入れてくれた。

「作っても、どうせ絵理には通用しないからな。空回りするだけならやるだけ無駄じゃん?」

「私も同じ。以前は、貴方に気に入られようと、だいぶ無理してたわ。貴方を離したくなくて、必死だった。ちゃんと私のこと好きになってくれるかしらって、そればかり考えていたわ」

「きっかけは強引だったけど、好きだったよ」

「その『好き』は、私が望んでいた『好き』じゃないわ」

 そこで初めて、千沙子は笑みを崩して淋しそうな表情になった。

「結局、どんなに頑張っても、貴方の心は動かせなかった。私が頑張れば頑張るほど、貴方は理想の彼氏を演じようとしたわね」

「それが、精一杯の誠意のつもりだったんだけどな」

「解ってるわ。だけど、御剣さんといる貴方を見て、気付いたの。私が欲しかったのは、理想の彼氏なんかじゃなくて、草薙陣、貴方自身なんだって事を」

 そう言ってまた、千沙子はまっすぐにオレを見つめた。

「取り繕った私じゃ、貴方の心は動かせない。だったら、私の手の内、貴方に全部見せてあげる。きれいな部分も、汚い部分も、全部。

 嫌われるかもしれない。呆れられるかもしれない。だけど、それが私。どんなに取り繕ったところで、いつかぼろが出るんですもの。

 だったら、最初から貴方に見せてあげる」

「千沙子……」

「そして、いつか。

『悪いところいっぱいあるし、面倒な女だけど、お前がいないと落ち着かない』って、そんな風に言われるようになりたいの。

 貴方が飾らなくても済むように、私も自分を飾らない。駆け引き無しのバトルといきましょうか。貴方が根負けするか、私が諦めるまでね」

 それは、愛の告白という名の、宣戦布告。

 そうして、また千沙子はにっこりと笑った。


「さて、と。烏丸さん。長船君。そろそろ入ってらっしゃいな」

 千沙子が扉に向かって呼びかけると、入り口のドアがゆっくりと開き、小雪が恐る恐る顔を出した。

「た、ただいま~☆ ティラミスと、パイシュー買ってきました」

 小雪が無理におどけて笑うと、長船が続いて部屋に入ってきた。

「いやあ、立ち聞きするつもりはなかったんですけどね。何やら深刻そうな話だったので、中に入るのが憚られまして」

 どうやら、オレは二人が帰ってきていることにすら気付かなかったらしい。

「あー……。気を使わせたみたいで、悪い」

 どこから聞かれていたのだろう。他の人間に聞かれていたかと思うと、めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。

 長船と小雪はばつが悪そうに、買ってきたスイーツを部屋に備え付けの冷蔵庫にいそいそとしまい始めた。

「あら、しまわなくてもいいわよ。今すぐ食べましょ」

 千沙子が小雪から人数分のティラミスを受け取り、テーブルに並べた。

 六つ並んだティラミスを見て、長船がはたと気付いたように言った。

「そういえば、叢雲君と御剣さんの分はどうしましょうか」

 長船の問いに、小雪が目を輝かせた。

「小雪がお部屋まで届けてきてあげる☆」

 小雪の表情を見れば、届けに行くついでに、二人がどうなったか見たいという魂胆が丸わかりだ。

 妙にニヤニヤしつつ、ティラミスとプラスチックのスプーンを二セット抱えて、小雪はスキップしながら部屋を出て行った。

「仮に情事の最中だったら、一体どうする気なんでしょうね……」

 長船が真面目くさった顔で言うと、千沙子が苦笑した。

「長船君て、真面目な顔で時々すごい事言うわよね」

「そうですか? 当然の疑問を口にしただけなのですが。

 まぁでも、叢雲君と御剣さんの性格からして、その可能性は限りなく低いでしょうけどね」

 淡々とした口調でそう言うと、長船はティラミスの蓋を開けて食べ始めた。

 絵理と青司がどうなったかなんて、はっきり言って知りたくない。

 でも気になって仕方がない。

 失恋して初めて恋していたことに気付くなんて、色々な意味で手遅れのような気がする。

 だけど、一度気付いてしまったら、そう簡単に恋心は消えてくれないらしい。

 嫉妬の炎が胸の内で燃え盛り、他の感情を飲み込んでいく。

 調子に乗ってキスとかしてたら、あいつ、ぶっ殺してやろうか。

 あーもう。

 自分で自分の感情がめんどくさい。

 オレは自分の取り分のティラミスを開けると、不機嫌なまま頬張った。

 甘いものを食べると幸せな気分になるというが、甘味程度ではオレの心の内側に渦巻く炎は鎮火してくれなかった。

 イライラしたままティラミスを食べ終えた時、落胆した小雪が部屋に戻ってきた。

「烏丸、おかえり。ちゃんと届けられた?」

「うん~。二人ともお礼言ってた」

 そんな小雪の様子を見て、千沙子がからかうように尋ねた。

「そういえば、二人の様子はどうだったの?」

 おいばかやめろ。余計なこと聞くな。

 そんなオレの心の声には気付かず、小雪は溜め息をついて報告した。

「国会中継見ながら将棋指してた」

「……はぁ?」

 千沙子にしては珍しい、間の抜けた返答。

「もっとラブラブかと思ったのに……。拍子抜けしちゃった……」

 想いの通じ合った若い男女が。

 ホテルの一室に二人きりで。

 国会中継を見ながら。

 向かい合って淡々と将棋。

 ……その発想はなかったわ……。

「……さすがですね」

「あの二人なら、確かにやりそうね……」

 何もなくて安心したのは事実。だが。

 おいィ? お前らそれでいいのか?

 気が付けば、オレの嫉妬の炎はきれいに鎮火していたが、その代わり釈然としない何かが残ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ