愛しい人よ
私には姉がいる。いや、いた、というべきか。
当時、中学校に上がりたてだった私は孤独だった。小学校を卒業してからすぐに引っ越してしまったせいで、顔見知りは一人もいない学校生活。
中学校は高校とは違い、小学校の友人関係がそのまま移行されることが多く、私がのけ者にされるのも頷ける話だった。
家と学校をただ行き帰りするだけで、生きているのかどうかすら分からない生活。それが、私の中学時代だった。
お姉様と、お会いするまでは。
彼女は通学路から少し逸れた川縁にいつも佇んでいた。風に流れる、長く黒い髪がとても印象的で、私はいつの間にか彼女の隣に座って川を見つめていることが多くなっていた。
「……会いたいな」
彼女は、人ではなかった。
この世界にある精霊、というような何かで、私達人間とは別の存在なのだと。
だから、世界同士のバランスが揺らいでいる今、そちらの世界に赴かなくてはならないのだと、お姉様はそう言っていた。
そして、彼女は姿を消した。
私が高校に上がったその日、さようならの一言を残して。
胸が苦しくなって、私は何を言うでもなくただ涙を流した。そして、それから決意する。彼女を追おうと。
じゃら、と私の胸元でペンダントを繋ぎとめている鎖が鳴った。
「これ……」
お姉様が下さった、たった一つの繋がり。
青い光を称える宝石のはめ込まれた、卵形の小さなペンダント。不思議な暖かさがあった。
私には両親がいない。いや、いることはいるが、ほとんど家にはいないのだ。
だから、私は家でも一人だった。食事も、洗濯も、全部自分一人。寝る時だって私は一人だった。
小学校上がったばかりなのだから、人肌が恋しくて、私はお姉様につい「自分の家に来て欲しい」とお願いしてしまったのだ。
彼女は快く了承してくれ、その日から私は彼女と本当の姉妹のように日々を過ごした。
朝はお姉様が起こしてくれて、朝ごはんを一緒に食べ、帰ってきたときにはお帰りなさいと言ってくれる。そんな生活は、中学校での生活ですさんだ私の心を癒してくれた。
それからしばらくして、私達は眠るときに服を着ることもなくなった。何故だか、無性に人肌が恋しく、眠るときに恐ろしく物悲しくなってしまったのだ。
素肌同士で抱き合い、そうしてようやく私は穏やかな眠りの闇へと意識を委ねることが出来た。
そんなお姉様は、今はもういない。
言葉には出さず、そっとペンダントへと口付けた。お姉さまとの繋がりのある、たった一つのもの。
すると、そのペンダントは太陽など目ではないようなほどの光を放ち、その光は私を包み込んでいく。
何が起きたのか、分からなかった。
「……いったい、何が……」
気がつくと、私の目の前には川を貫くようにして光の道が出来ていた。
お姉様が行ってしまわれたときと、まるで同じように。光の道。
一歩、踏み出してみる。幻影ではない、そこにあった。
「……行けるの、お姉様のところへ」
まるで返事をするように、光が踊る。その様子を見て、私は覚悟を決めた。
元よりあの人に意味を与えられたような私だ、覚悟なんてとうにある。
──その日、私は世界を超え、自分にとってもっとも大切な人を追い求める旅に出た。
読んでくださってありがとうございました。
この作品は、いずれ投稿しようと考えている一次創作ファンタジーの中盤、その出だしの元になる部分です。ちなみに、彼女が主人公ではありません。
本編がいつ投稿になるかは分かりませんが、投稿された時にはお読みいただけるとありがたいです。