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異界のQR


深夜、私は部屋を真っ暗にし、パソコンのモニターの微光を瞳に反射させていた。


他に誰も居ないが、わざわざヘッドフォンまでして、まるでネットの世界に潜り込むように画面に集中する。


あらゆる都市伝説サイトの情報をスクレイピングし、標準的な偏差からずれた異常な投稿のデータをファイルに吸い上げていた。


冷房の効いた部屋で、待ち時間の退屈しのぎに私はリズムよく指を鳴らす。


CPUがせわしなく統率し演算している気配を感じながら、奇妙なデータ達が集まるのを待つ。


モニターのターミナルに流れる、カラフルなコード達。


まるで、私の兵隊のように、日本中の都市伝説の情報の真偽を探ってくれている。


大多数の人間の恐怖からなる集合幻想。


その中には、健全な文化としての集合幻想と非健全でイレギュラーの警戒すべき現実がある。


私は後者を取り除く事を生業としている。


もしかすると私は、世界が生んだオカルトに対するワクチンみたいなモノかもしれない。


今日は、なかなかヒットしないな。


平和だって事だ、いいじゃないか私?


デスクの傍らにあったチョコ菓子を口に放り込んで、椅子に深くもたれかかり大きく伸びをした。


うぅーーー……!


シャワーでも浴びますか。


私はプログラムに作業を任せたまま、部屋を後にする。


ふと、デスクに振り返った。


私がそこにいなくても、プログラムは私の影のように動いてくれている。


モニターの青白い光を受ける椅子には確かに誰もいないのだけれど、ありありと存在を感じる。自分で言うのもおかしな話だが。




浴室――


暑いシャワーが、ジュワワーと私の肌を清浄にする。


汗を流すというより、神社などで行う禊に近い感じだ。


それはまるで、私がネットから引き出した負の言霊を洗いざらい排水溝に流す様な感覚で。


鏡を見た。


彩度の濃いダークブルーの髪が水分を含み、じっとり白い肌に張り付いている。


気づけばいつの間にか大人らしくなった体。


その肌に流れるような手つきで触れてみる。


私と言う奇怪な理論詰めの存在には不必要な程に女性らしい。


いつか、この肌に触れる存在がいるのかな?とそんな事を珍しく考えてみる。


全然キャラじゃないが。


幾つか顔が浮かんだ……


……


絶対女の子が良い。


鏡に映る頬が子供みたいに赤らめたので、恥ずかしくなり考える事を止めた。


少し冷静をとり戻し、私は自分の瞳を見つめる――


輝く雲を閉じ込めた様な、又は、砕いたダイヤモンドが散らばった様な瞳。


この瞳は、世界の違う層、幽霊、瞬間の四次元、そんなモノが視える。


この眼も立派な都市伝説だよな……ふっ


私は片方の口角をニヒッっとあげ、両手で髪をかき上げた。


都市伝説を探る都市伝説な瞳は、バスルームライトの明かりを受けて、さぁ、次は何を視る?とスタンバイして煌めいている。


ふぅ――


暑い。


――もう出よう。




脱衣場に出てからは、禊の丁寧さは無く、タオルでざざっと体を乱雑に拭く。


お気に入りの淡いピンクの下着をささっと身に着けて、部屋着をその上にぼさっと簡単に纏う。


下着も部屋着も柔らかい生地が好きだ。固いのは落ち着かない。


機能重視、機能重視。




暗がりの部屋に戻る――


目薬を差し、体中がセーブポイントで回復したような気分になってから、再びパソコンのモニターを見る。


幾つか、ヒットしている――


「おっ!あんじゃん」


私は少し満足して気分が上がる。


陽気なクラシックをピアノで弾くようにキーボードを弾き、ファイルを覗く。


項目がいくつか立ちあがった。


・口縦裂け女と口斜め裂け女の真夜中の舞踏。


・緑地の池の中の巨大な笑う口。


・森で宇宙人と暮らす巨大サソリ。


・異界言語サイトの見てはいけないQR。


恐らく、直感的にこれらは真実だ。


これぐらいなら全然あり得る。


今まで、もっと酷い依頼案件を多数請け負ってきたから全然驚かない。


てかさ……どれも楽しんでそうだな。


異形も勿論楽しむ権利はあるから、別にいいけど。あんま、人間怖がらせ無い範囲にしなよ。


この中で私が好きなのは(緑地の池の中の巨大な笑う口)だな。


絶対、奥にヤバイ奴がいる事間違い無しだから、気になる。


でも、直ちに広範囲に影響しそうな奴を優先的に対処すべきだよなぁ。


そう考えたら異界サイトのQRだな。この部屋でもできる。というか、すでにリンクが表示されている。


……


でも、開いた瞬間、見てはいけないQRが出てきたら、ちょっとダルいな。


私は眉をひそめ、もしもの対処法を推論した。


……


やっぱり、やめとこうかな?もうちょっと情報を集めてからでもいいし、若干眠たい、しかも明日は響ちゃんとお出掛けだし。


でも、超気になる……


葛藤した挙句、答えが出ず、ただストレスが溜まってしまっただけの非効率さに肩を落とし、気分転換の為にベランダに出た。


夜風が私の体をすり抜け、ちょっと寒い。


夜独特の大気の匂いが鼻孔に沁みて、帰宅を急ぐ車の走行音が耳に響く。


……


よし、見よう。


私は未知への誘惑と、もし誰かが被害にあっていたら?という強迫的な正義感に負け、そう決断した。


部屋に戻り、アイスコーヒーを一杯飲んだ後、再びデスクに座る。


どうせ、大したことないって……と、自分に言い聞かせ、余裕な手つきで、マウスでリンクにカーソルをもっていく。


一瞬止まる。


が、恐怖という感情が顔を出す前に、指はダブルクリックをしていた。


――


モニターが変わる。


しん……と静かで妙な色のサイトが現れた。


次の瞬間――


あ、まずい。


私は既に気絶してしまっていた。


最後に見えたのはQR。視る呪文のような、フラクタル的な幾何学文様だった……




あぁ、しくったな。


飛ばされたかな異界……でも、なんか違う。


夢っぽい……


私の服、部屋着じゃないし。制服じゃんこれ。


スマホは当然無いか。


魔術は……使えないかやっぱ。


私は辺りを見渡す。


遠くに巨大な山脈が見える広大な砂地。


そこにあるのは、ぽつんと一人だけいる私と、桁外れに巨大な三つの開いた扉。どれも荘厳で色が不穏。


うーん……やばいかな。


左端の扉の中は、鋭い金属や針みたいな物が機械音を立てながら、ひしめき合っている。


右端の扉の中は、赤と黒がどろどろ渦巻く酷く不穏な世界に、シルエットだけの子供達が甲高い笑い声を上げて、無数に浮遊している。


真ん中の扉は奥すら見えない程の、巨大なゴブリンの顔が酷く血走った目で私をじっと見ている。肌が荒々しく荒れていてる。


はぁ……見なきゃ良かった異界サイトなんか……


自分のバカさ加減にがっくりしながらも、興味本位で見てしまった日本の同士達の末路をまだ心配している。


どうすっかねー。


「ルオクいる?」


……


……


使役している妖魔にも反応しない。


これは、どれかの扉を選ぶしか道が無さそうだな……


マジでどれも嫌なんだけど。


嫌とかそういうレベルじゃないか。あほか私。


でも、どれかをどうしても選ばないと先に進めないのなら……


……


真ん中だな。


0.001%対話できそう。


私は真ん中に向かって歩く。


すると、左右の扉は轟音を立てて締り、右の扉から悪魔みたいな声で、


えーーーつまんない、と聞こえた。


何する気だったんだよ……


私は真ん中の扉の目前まで近付いた――


後ろに逃走してもよかったのだけれど、どうもそんな安易な逃走を許す世界には思えなかった。映画とかでも、ルール外の行動をする人間から退場とかが決まったパターンだし。


私はゴブリンの巨人に大きな声で話しかける。


「すいませーん。どうしたらここから出られますかー!?」


巨人は大きな口を開け、目をひん剥き、腐臭にまみれた息を吐きながら、世界を震わすように言った。


歯は全部濁った紫色だ……汚い……


「ワーーーレーーーノーーークーーーチーーーニーーートビーーーコメーーー」


我の口に飛び込め……?


やっぱ思ってたんだよ。99.999%対話できないって。


ちょっと、詰んでしまった気も一瞬したが。


私は平静に返る。


曲がりなりにも、私は今までに数々の存在を異形から守ってきた、


こんな所で、野蛮な巨人に食われる結末なら道理が全然合わない。


世界は、ちゃんと法則で出来ているはずだ、自分を信じろ私、世界を信じろ私。


頼むから過去の善業よ、今の私に味方してくれ。


私は袖を捲り銀色の数珠を光らせながら拝む。


「デーーーワーーーオショーーークジトーーーシマーーーショウカーーー」


巨人の目玉がぐるぐると回転し嬉々とした表情になる。


頼む。


頼む。


頼む。


女神様。女神様。女神様。


その時だった――


ポケットで何かが震える。


スマホだ。


さっきまで、無かったのに。


画面を見る。


響ちゃんからの着信だ。


私は、すかさず電話に出る。


「もしもし、響ちゃん、どうしたの?」


(どうしたも何も、今日は一緒にお出掛けする予定だったじゃないですか?


まさか、忘れてたんですか!?)


「ごめんごめん。今ちょっとやばくて……」


(何かあったんですか幽明さん?私今、幽明さん家の前に居ますけど、何かできますか?手伝いますよ?)


家の前……


現実の時間は明日の正午か!


「響ちゃん急いで私を起こして!!!」


巨人は扉から腕を出し、私を掴みに来ている。


全速力で砂地を激走する私。体力無いんだ勘弁して。


(起こしてって、もう起きてるじゃないですか!?もしや、ウケ狙いですか!?初っ端から飛ばしますねー!)


「いいから、響ちゃん!!!インターホン連打して!!!マジでなんでも奢るからーーーーーーー」


やばい、後数十秒であの野蛮な汚い手に握り潰される。


(いいましたね!!!クレープ100個奢って貰いますからね!?では行きます……くらえーーー!!!!!響ちゃん100連打拳!!!!!うぉりゃりゃりゃりゃ!!!)


ピンポンピンポンピンポンピンポン。


こちらの世界にインターホンの音が鳴り、私の意識が薄れる。


目の前には到達寸前の巨大な手。


「食われてたまっかよ、バーカ。お前等のサイト、二度とどの世界にも現れないようにしてやるから期待しとけよ。一生誰も来ない扉で叫んどけバーカバーカ」


最後に見た巨人の激昂する顔に笑いながら、私は机で目を覚ました。


ベランダから差し込む陽光は眩しい。


私は玄関に向かい、これ以上無い程に喜びに満ちた笑顔で扉を盛大に開けた。


「幽明さん遅刻!!!クレープ100個ですからね!!!」


そこには、天使みたいに可愛いくお洒落した響ちゃんがいた。


「響ちゃーん!!!だーいすきっ!!!」


飛びついて抱き締めた響ちゃんは、とても柔らかく、優しい匂いのシャンプーの香りがした。


はぁー……なんて素敵な……


「ちょっ!!!どうしたんですか!?今日は甘えんぼさんですね幽明さん!ふふふ、そんなあなたも可愛いです!よしよしてあげましょう!よしよし。ふふっ」


私は、久しぶりに頭を撫でられた……


……


天国の扉、ここにあり!!!

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