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第9話 スプレッドシート布教活動(失敗)

 テンプレートの成功に気を良くしたするめは、次のステップに進むことにした。


 神界にスプレッドシートを導入する。


---


「つまり、こういうことです」


 神殿の会議室——といっても、柱に囲まれた広い空間に石のテーブルが置いてあるだけ——で、するめはプレゼンテーションを始めた。


 聴衆はアテナ、テミス、エリス、フォルトゥナ、ヘルメス。そしてなぜか後ろの方にバッカスが酒杯片手に座っている。


「現在、神界のデータ管理は巻物ベースです」


 石板にチョークで書きながら説明する。モニターがないのでアナログプレゼンだ。


「巻物は検索不可。ソート不可。一覧性が低い。データの追加や修正も大変。巻物同士の参照もできない」


「……つまり不便ということね」とアテナ。


「不便というか、前世紀の遺物です」


「今は何世紀なの?」とエリス。


「えーっと……紀元前のはずだから……これが現世紀だった」


---


「で、私が提案するのは——スプレッドシートの導入です」


 石板に「表」を書く。行と列のマス目。


「行に対戦者名、列にデータ項目。各マスに数値を入れることで、一覧で比較できます」


「それは……石板に表を書くだけでは?」とテミス。


「体系が違うんです。巻物は文章ベース——散文の中にデータが埋もれてる。スプレッドシートはデータベース——構造化された数値を一覧で管理する。検索も並べ替えも——」


「検索って、巻物を広げて目で探すのとどう違うの?」


「目で探さなくていいんです。列見出しを見れば——」


「それ……目で見てるのと同じでは?」


「…………」


---


 問題が見えてきた。


 スプレッドシートの利点を説明するためには、スプレッドシートがある環境を前提にしなければならない。

 しかし神界にはそれがない。

 概念を説明することはできても、実体験として理解してもらうのは困難だ。


 これは——前世で言えば、石器時代の人にクラウドコンピューティングを説明するようなものだ。


「あの、もうちょっとわかりやすく——」


「するめ。私から言わせてもらうと」


 テミスが手を挙げた。天秤が微妙に傾いている。


「あなたの言う体系化は理解できます。ただ、実装手段がない。石板に表を刻むにしても、一枚の石板に収まるデータ量は限られますし、石板は重いし、修正は刻み直しです」


「……確かに」


「巻物は軽くて大量の情報を記録できます。検索性は低いですが、現行インフラとの互換性があります」


「……テミスさん、それIT移行プロジェクトの反対意見みたいな——」


「そのあいてぃーが何かは知りませんが、現行システムの代替案を出す以上、移行コストも含めて提案しなさい」


 正論だった。ぐうの音も出ない。


---


「まぁまぁ、するめちゃん!」


 ヘルメスが助け舟を出した。


「表のアイデア自体は面白いと思うよ! ただ、いきなり全部変えるのはキツイから、小さく始めるのがいいんじゃない?」


「小さく?」


「例えば——お前の分析用メモだけ、表形式にしてみるとか。他の人に強制しないで、まず自分の業務で使ってみて、便利だったら広める。プロトタイプってやつだよ」


「…………ヘルメス、いいこと言うじゃん」


「情報屋はね、情報の整理方法にもうるさいんだよ」


---


 布教活動は失敗に終わった。


 しかし、副産物として——


 するめは自分用の分析シートを作った。


 薄い石板(鍛冶の神ヘパイストスに特注で薄く削ってもらった)に、表形式で分析データを記録するシステム。


 行:対戦者

 列:変数1(指揮官傾向)、変数2(兵站)、変数3(天候×地形)、変数4(メンタル)、変数5(選択パターン)


 五つの変数を一覧で、ひと目で比較できる。


「……まぁ、自分が楽になったからいいか」


 省エネ分析法の真髄は、こういうところにある。

 他人を変えるのは面倒。自分が楽になる方法を見つける。


---


「おい、するめ」


 バッカスが会議室を出るするめに声をかけた。


「なに?」


「あのプレゼン——俺にはよくわからなかったけど、面白かったぞ。飲みに行こう」


「……まだ昼だよ」


「知ってる。昼の酒は美味い」


「…………」


「自分の仕事のやり方を変えようとするのは——悪くないぞ。結果は失敗でも、やろうとしたのは偉い」


「……バッカス、たまにまともなこと言うね」


「まともだろ? 酒が入ってない時の俺は割とまともだぞ」


「今、杯持ってるけど」


「…………あ」


---


第9話 完


> するめ語録 #9

> 「Google Formがあれば……Google Formさえあれば……」


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