第8話 報告書のフォーマットを守りなさい!
審判の女神テミスは、正義の天秤を持ち、公平を旨とする神界の裁定者である。
……という紹介をすると立派に聞こえるが、するめにとっては報告書を突き返してくる怖い人だ。
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「するめ。報告書を持ってきなさい」
テミスの声は、いつも廊下の端まで響く。
本日三度目の呼び出し。
「はい……」
「見なさい」
テミスは報告書を広げた。目が据わっている。天秤が傾いている。天秤は報告書のクオリティに連動するらしい。今、盛大に傾いている。
「ここ。日付の記載位置が3ミリ右にズレています」
「3ミリ!?」
「ここ。勝率の小数点以下が2桁です。3桁と規定されています」
「2桁じゃダメ?」
「ダメです」
「3桁目ゼロだったんですけど——」
「ゼロでも書きなさい。61.30%と書くべきところを61.3%と——これは規定違反です」
「…………」
「ここ。この漢字。三画目が曲がっています」
「それ手書きの個性では」
「個性は報告書に不要です」
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テミスとの攻防は連日続いた。
するめの報告書は、分析の中身はBに届くが、書類としてはE未満だ。
字が汚い。フォーマットを守らない。数字の書き方が統一されていない。日付を忘れる。署名を忘れる。押印を忘れる。
忘れすぎだ。
「するめ。あなたの報告書を、歴代ニケの報告書と比較しましょう」
テミスが巻物を広げた。先代ニケ・プリマの報告書。
——美しい。
文字は達筆。数字は均一。余白のバランスが完璧。まるで芸術作品のようだ。
「これが数千年間のスタンダードです。あなたの報告書は——」
するめの報告書を横に並べた。
比較にならなかった。
「……いや、私はAIだったので手書き文化にそもそも——」
「言い訳は報告書に記載してください。書式は『弁明書」フォーマットBを使用すること」
「弁明にも書式があるの!?」
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「Google Formがあればなぁ……」
分析室で頭を抱える。
「ぐーぐるふぉーむ……?」
フォルトゥナが首を傾げる。
「入力フォーム。決まった枠に数字を入れるだけで報告書ができるやつ。フォーマット違反なんて起きようがない」
「便利ですね! 神界にもあればいいのに」
「ないから困ってるんだよ……」
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とはいえ、テミスの言い分は正しい。
報告書は、するめ個人のメモじゃない。他の神々が参照する公式記録だ。
フォーマットが統一されていないと、過去の記録との比較ができない。
数字の表記が揺れていると、誤読のリスクがある。
前世のデータベースと同じだ。
データの品質は、入力の品質で決まる。
「…………はぁ。わかってるよ。わかってるんだけど……めんどくさい」
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結局、するめは妥協案を編み出した。
報告書テンプレート。
石板に報告書のフォーマットを刻み込んで、毎回それをなぞるように書く。
枠線の位置、数字の記入欄、日付、署名、押印——全部、テンプレートに従う。
前世で言えば、Excelのテンプレートを作るようなものだ。
ただし素材が石板なだけで。
「テミス様。これ、どうでしょう」
テンプレートに従って書いた報告書を提出する。
テミスは報告書をじっと見た。天秤が——
——水平に戻った。
「…………合格」
「やった!」
「ただし字は相変わらず汚い」
「それは手書き文化が悪い」
「黙りなさい」
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「テンプレートを作るって発想、悪くないわね」
アテナが珍しく感心した顔をしている。
「前世の知恵です。入力ミスを仕組みで防ぐ。人間が間違えないようにするんじゃなく、間違えようがない仕組みを作る」
「フールプルーフ、というやつかしら」
「え、アテナ先輩、それ知ってるんですか」
「知恵の女神をなめないで」
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さらに——するめはテンプレートを複数枚作り、エリスにも渡した。
「……これ、便利ね。私も報告書で毎回テミスに怒られてたの……」
「エリスも?」
「……敗北の女神の報告書って、内容が暗いから、テミスが読むと気分が沈むらしくて……。『もう少し明るく書けませんか』って言われるの……。報告書に明るさを求めないでほしい……」
「それは確かに」
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フォルトゥナにも渡した。
「先輩! すごいです! テンプレートに従って書くだけで報告書が——」
「でしょ?」
「あっ、でも、運命管理部門のフォーマットと微妙に違います」
「あぁ——部門によってフォーマットが違うのか」
「はい! 日付の位置が左右逆で、署名欄が上下逆で——」
「誰だこのフォーマット決めたの」
「たぶんゼウス様じゃないですかね」
「あの人か」
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報告書問題は完全には解決していないが、テンプレートのおかげで、テミスからの突き返し率は激減した。
三度返しが一度返しになった。
進歩だ。
……たぶん。
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第8話 完
> するめ語録 #8
> 「フォーマットの統一は文明の基礎。誰かこの神界にISO規格を導入してくれ」




