第7話 50%って高いですか?
転生十日目。
省エネ分析法にエリスのメンタル変数を加えてから、予測精度は安定してきた。
直近五回の的中率は四勝一敗。勝率8割。
コインには勝った。
「コインに勝ったことを喜ぶ女神って何なのかしら」
「C維持してるからいいでしょ」
「CはCよ。誇れるランクではないわ」
アテナは冷たい。だが、最近は「論外」から「追試」くらいには格上げされた気がする。
---
「先輩ーーー!」
廊下でフォルトゥナが駆け寄ってきた。相変わらず目がキラキラしている。この子はいつキラキラを充電しているのだろう。
「先輩、今日の対戦のデータ、運命管理部門からも情報共有がありまして!」
「お、助かる。何がわかった?」
「えっと、A側の戦士なんですけど——この人、今日が運命の分かれ道です」
「……運命の分かれ道」
「はい! 今日勝てば歴史に名を残し、負ければ誰にも覚えられない。運命の重みがギリギリ均衡してます」
「それ、勝率で言うとどのくらい?」
「50%です!」
「つまり五分五分」
「50%って高いですか?」
「…………」
出た。
運命の女神なのに確率の概念がバグっている。
フォルトゥナちゃんの最大の特徴にして最大の問題点。
「フォルトゥナちゃん。50%は——五分五分。高くも低くもない」
「そうなんですか? でも50%って、半分も可能性があるってことですよね? すごくないですか?」
「いや、半分は可能性がないってことでもあるんだけど」
「えっ。そうなんですか?」
この子、本当に運命の女神なのだろうか。
---
「フォルトゥナの確率感覚は、ある意味正しいのよ」
アテナが分析室で言った。
「え?」
「運命の女神にとって、50%は最も重い数字。完全に均衡した運命は、どちらに転ぶかわからない。つまり——運命を決定づける要因が、まだ起きていないということ」
「……あ。なるほど」
「50%の対戦は、これから起きる何かで勝敗が決まる。過去データだけでは予測できない。あなたの省エネ分析法の弱点よ」
確かに。
省エネ分析法は、過去のパターンから未来を予測する手法だ。
だが、50%の均衡状態——つまり過去のパターンでは判断できない局面には、弱い。
「じゃあどうすればいいの」
「考えなさい。あなたが編み出した手法でしょう」
「……めんどくさい」
「知ってます」
---
分析室にこもる。
巻物を広げ、そろばんを弾き、石板に数字を刻む。
50%の対戦。
変数1(指揮官の傾向)——両者ともバランス型。差がつかない。
変数2(兵站)——ほぼ同条件。差がつかない。
変数3(天候×地形)——平坦な平野で晴天。優劣なし。
変数4(メンタル)——両者とも安定。差がつかない。
全部五分五分。
「…………詰んだ」
省エネ分析法の四変数すべてが均衡。残るは——勘。
でも、勘が降りてこない。
データとにらめっこしているのに——いつもの「こっちだ」という感覚が、来ない。
---
「先輩」
フォルトゥナが分析室に入ってきた。手に飲み物を持っている。甘い匂い。
「差し入れです。神界の蜜柑水です」
「……ありがとう」
蜜柑水を飲みながら、ぼんやりと巻物を眺める。
「……フォルトゥナちゃん」
「はい?」
「運命の分かれ道って、何で決まるの?」
「えっと……難しいですけど……選択、ですかね」
「選択?」
「運命って、最終的にはその人が何を選ぶかで決まるんです。データとか確率とか関係なく——その瞬間に、何を選ぶか」
「…………」
「だから50%の対戦って、選択の瞬間がまだ来てないってことなんです。どっちの戦士が、最後の最後に、正しい選択をするか——」
フォルトゥナは首を傾げた。
「——って、私もよくわかってないんですけど」
「いや——今の、すごくいいこと言った」
「え? 本当ですか?」
---
選択。
50%の均衡を崩すのは、最後の選択。
データでは予測できない——人間の意志。
でも——意志は完全にランダムじゃない。
人間の選択には癖がある。
追い詰められた時に攻めに出る人と、守りに入る人。
勝ちが見えた時に慎重になる人と、一気に畳みかける人。
それは——メンタル変数の発展形だ。
変数5. 選択パターン(危機的状況での判断傾向)
巻物を漁る。過去の対戦記録の中から、今日の二人の戦士が接戦で何をしたかを探す。
A側の戦士——過去の接戦で、最後に奇策に出ている。博打型。
B側の戦士——過去の接戦で、最後に安全策を取っている。堅実型。
50%の均衡状態で——博打を打つ者と、安全策を取る者。
歴史的に、接戦で奇策に出た方が勝つ確率は——
そろばんを弾く。
「…………58%」
50%から8%動いた。大きな差じゃない。でも——均衡を崩すには十分だ。
「……A側。58%。いける」
---
報告書を提出する。
「A側、勝率58%。根拠は——接戦における選択パターンの傾向分析」
アテナは報告書を読んだ。
「…………」
長い沈黙。
「変数5、ね。選択パターン」
「はい。フォルトゥナちゃんのヒントで思いつきました」
「省エネ分析法の変数が、また増えた」
「もう省エネじゃないかも」
「いえ。筋はいい。人間の意志を変数化するのは——正統な分析からは邪道だけど、あなたらしい」
「褒めてます?」
「評価してます」
---
結果。
A側が勝った。
接戦の末——A側の戦士が奇策に出て、B側の守りを崩した。
予測通り。
「的中。総合評価——C」
「またC!」
「微笑みクオリティの改善が見られないのでCです。分析力だけならBですが——ジャージを脱ぎなさい」
「ジャージは外せない。仕事着だから」
「女神の仕事着はトーガです」
---
帰り道。フォルトゥナと並んで歩く。
「先輩、今回の変数5、私のおかげですか?」
「まぁ——きっかけはそうだね」
「やったー! 先輩のお役に立てました!」
キラキラしている。本当にキラキラしている。
「フォルトゥナちゃん」
「はい?」
「50%は——半分の可能性がある、で合ってる」
「え?」
「半分も可能性があるって考える方が、分析には大事だった。可能性が残ってるなら、そこに答えがあるってことだから」
「…………」
フォルトゥナの目が、さらにキラキラした。限界突破している。
「先輩ーーー!」
「近い近い近い」
---
第7話 完
> するめ語録 #7
> 「50%は詰みじゃない。50%は可能性だ。……たぶん」




