第6話 敗北の女神はネガティブだった
転生七日目。女神生活、一週間。
査定はC。最低限だが安定……と言えるほどの実績はまだない。
的中したのは一回。外したのも一回。勝率五割。
コイン投げと同じ精度だ。
「……コインに負けてる可能性、ある?」
「ないと信じたいわね」
アテナが冷たく言った。
---
この一週間で、業務のルーティンが見えてきた。
朝:雲のベッドから引き剥がされる(アテナに)。
午前:ヘルメスから巻物を受け取る。データを読む。
午後:分析。そろばん。石板。省エネ分析法。
夕方:報告書提出。微笑み業務。
夜:結果発表。査定。反省。雲のベッドに沈む。
なお、反省はしていない。
反省する時間があったら寝たい。
---
今日の業務を始めようとスクリイの前に向かうと、見知らぬ女神がいた。
暗い。
全体的に暗い。服も暗い。表情も暗い。オーラが暗い。
黒いドレスに黒い髪。そして——黒いクマ。
こちらを見て、小さく呟いた。
「……あぁ、あなたが新しい勝利の女神……」
「はい。するめです」
「エリスよ。敗北の女神」
敗北の女神。
「……お仕事は?」
「あなたの逆。負ける方を予測して、負ける人に——」
エリスは薄く笑った。
「——慰めの微笑みを送るの」
「……それは……つらい仕事ですね」
「つらいわよ。負ける人の気持ちがわかるのよ……。毎日、負ける人を見続けるの……」
「…………」
「しかも慰めの微笑みって、誰にも感謝されないの……。勝利の微笑みは——まぁ、感謝はされないけど、少なくとも気づいてもらえるでしょう? 慰めの微笑みは……存在すら知られてないの……」
暗い。暗すぎる。
でも——
「ちょっと待って。あなたも負ける方を予測してるの?」
「ええ。勝率じゃなくて敗率を算出してるわ」
敗率。
つまり——するめの勝率予測とエリスの敗率予測を照合すれば——
「……データを突き合わせたら、精度上がるんじゃない?」
エリスの暗い目が、ほんの少しだけ光った。
---
「なるほど。クロスバリデーションね」
アテナが頷いた。
「勝率と敗率の両方から予測を検証する。するめの分析とエリスの分析が一致すれば、信頼度が高い。不一致なら再検討する」
「そう。二つの独立した予測を照合するの。前世の機械学習でいうアンサンブル学習みたいなもの」
「あんさんぶる?」
「複数のモデルを組み合わせて精度を上げる手法。ひとつのモデルだけじゃなく——」
「……するめ。ここは神界よ。横文字は通じないわ」
「あ、そうだった」
---
エリスとの共同分析が始まった。
とはいえ、エリスは暗い。めちゃくちゃ暗い。
「……この戦士、負けるわ。目が死んでるもの」
「いや、目が死んでるだけで敗率上げないで」
「……でもこの人、朝ごはん食べてないわ。きっと食欲がないの。モチベーションが低いの。負けるわ」
「朝ごはん食べてないデータ、巻物にないんだけど」
「……わかるの。負ける人の空気が」
「空気で分析しないで」
---
しかし——
エリスの「空気で分析」は、なぜか当たる。
データに表れないメンタルの変動を、エリスは嗅ぎ取る。
するめの省エネ分析法が「戦略面」をカバーするのに対し、エリスの分析は「心理面」をカバーしていた。
この組み合わせは——けっこう強い。
「エリス、あなたのその『暗い分析』、もうちょっと体系化できない?」
「体系化?」
「例えば、負ける人に共通するパターンを——」
「……連敗してる人は、三戦目から諦めが入る」
「お」
「……食事量が落ちてる人は、精神的に追い込まれてる」
「おお」
「……前日の睡眠が浅い人は、判断が遅くなる」
「それだ! その三つ、変数に加えよう」
---
するめの省エネ分析法に、エリスのメンタル変数が加わった。
変数4. メンタル状態(連敗数、食事量の変化、睡眠の質)
四つ目の変数。
これで——前世の感覚で言えば——精度は7割から8割に上がるはずだ。
「……ありがとう、エリス」
「……いいの。どうせ私、暗いし……感謝される慣れてないし……」
「慣れてください」
「……うん」
エリスは俯いたまま、ほんの少しだけ——本当に少しだけ——口角を上げた。
暗いけど、いい子だ。
---
その日の実務。
するめの省エネ分析法+エリスのメンタル変数で分析した結果——
的中。
しかも、勝率の予測精度が前回より高い。
「微笑みタイミング:3.1秒前。0.1秒遅い」
「惜しい!」
「微笑みクオリティ:低い。半目。ジャージ。ただし前回より口角が0.3度上がっている」
「0.3度……」
「進歩は進歩です。総合評価——C。ただし、予測精度はB相当」
「予測精度だけB!」
「だけ、ね。服装と報告書が足を引っ張ってます。知ってたでしょう」
「知ってました」
---
帰り道。
エリスと並んで廊下を歩く。二人とも疲れている。
でも、今日は少しだけ——手応えがあった。
「……するめ」
「ん?」
「また……一緒に分析、してくれる?」
「もちろん。エリスのメンタル変数、めちゃくちゃ使えるから」
「……ありがとう。誰かと一緒に仕事するの、久しぶり……」
「敗北の女神って孤独なの?」
「……勝利の女神は少なくとも気づいてもらえるけど、敗北の女神は——」
「——誰も覚えてないか」
「……うん」
つい、何か言いたくなった。
「……前世、私が歌で言ったこと——『微笑むだけの簡単なお仕事』って——あれ、勝利の女神だけじゃなくて、あなたの仕事もバカにしてた」
「え?」
「敗北の女神の慰めの微笑みだって、同じくらい大変なのに。私、そんなことも知らずに——」
「…………」
「——ごめん」
エリスは目を丸くした。謝られることに慣れていないようだ。
「……あなた、変な勝利の女神ね」
「よく言われる」
「……嫌いじゃないわ」
エリスは、暗いまま——でも確かに——微笑んだ。
---
第6話 完
> するめ語録 #6
> 「空気で分析しないで。……でも当たるからやめられない」




