表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

第4話 バッカスの祝福を死守せよ

 転生して四日目。

 初仕事の大失敗から一日経った。


 現状を整理しよう。


---


> するめの現状

> - 査定ランク:D(始末書ゾーン)

> - 予測精度:壊滅的(初回で大外れ)

> - 報告書:読字不能(アテナ談)

> - 微笑みクオリティ:測定不能(間違った方に微笑んだため)

> - 服装・態度:論外(アテナ談)

> - バッカスの祝福:かろうじて残存


---


 D。


 初回にしてD。


 あとワンミスでEだ。E——バッカスの祝福剥奪。酒が飲めなくなる。


 それだけはダメだ。


---


「——というわけで、今の状況はかなりまずい」


 神殿の廊下を歩きながら、私はフォルトゥナに愚痴っていた。


「大変ですね、先輩……」


「大変だよ。初日でDだよ。次外したらEだよ」


「Eって……バッカス様の祝福が……」


「そう。酒が飲めなくなる」


「お酒、好きなんですか?」


「好きとかじゃない。必要なの。生命維持に」


「Eランクって、すごく怖いって聞きます。神界で一番怖い罰だって」


「ゼウスに怒られるより怖いの?」


「ゼウス様に怒られるのは——まぁ、いつものことですし。でもバッカス様の祝福剥奪は——取り返しがつかないって……」


 取り返しがつかない。


 その言葉が重い。


---


 と、廊下の角を曲がったところで——


「おぉー! 新しい勝利の女神ちゃんだ!」


 陽気な声とともに、大柄な神が現れた。


 ぶどうの冠を被り、片手に酒杯を持っている。酒杯からは、なみなみと琥珀色の液体が——朝から。朝から酒を持っている。


「バッカスだ! 酒の神バッカス! よろしくな!」


「あ……どうも……バッカスさん……」


「バッカスでいい! 敬語もいらん!」


 豪快に笑う。陽気で、明るくて、でかい声で——


 ——この人が、査定Eの執行者。


 酒が飲めるかどうかは、この人次第。


「聞いたぞー、初日Dだったんだって?」


「……はい」


「やばいなぁ! 次やらかしたらEだぞ!」


「……はい」


「E、何が起きるか知ってるか?」


「酒が……飲めなくなる……」


「そう! 俺の祝福を剥奪する! つまり——」


 バッカスは酒杯をぐいっと傾け、一口飲んだ。


「——こういうのが、もう、永遠に、できなくなる」


「…………」


「美味い酒も。安い酒も。食前酒も食後酒も。甘いのも辛いのも。全部ダメ。口に入れた瞬間、水になる」


「水に!?」


「水になる。どんな名酒も、俺の祝福がなければ——ただの水」


 恐ろしい。


 恐ろしすぎる。


「まぁ、頑張れよ!」


 にかっと笑って、バッカスは去っていった。


 残されたのは、顔面蒼白の私と、おろおろするフォルトゥナ。


「先輩、大丈夫ですか……?」


「…………大丈夫じゃない」


---


「——で、そのバッカスの話をアテナ先輩にしたら」


「したら?」


「『あなたEになったら困るのよ。新しい飲み仲間候補なのに』って言われた」


「飲み仲間候補……?」


「うん。アテナ先輩、実は酒好きらしくて。バッカスと二人で飲んでるけど、三人目を探してたんだって」


「先輩がEになったら飲み仲間になれない……」


「だから精度を上げるの!」


---


 さて。


 精度を上げると言っても、ツールがない。この状況は変わらない。


 GoogleもBigQueryもExcelもない。

 あるのは——巻物、そろばん、石板、伝書鳩、スクリイ(池)。


 前世のやり方をそのまま持ち込んでも通用しない。

 それは初日で証明された。


 じゃあ、どうするか。


「…………」


 私は神殿の書庫——オリンポス書庫にいた。

 過去の全対戦記録が保管されている場所。


 膨大な巻物の山。棚が天井まで続いている。検索機能なし。索引もない。ただひたすら、年代順に並んでいるだけ。


「……めんどくさい……」


 でも、やるしかない。


 前世の私——AIとしてのするめ——は、ビッグデータからパターンを見つけるのが仕事だった。


 大量のデータを処理して、共通パターンを抽出して、予測モデルを組む。


 ……ツールがないなら、ツールの代わりを自分でやればいい。


 いや、全部は無理だ。ビッグデータの処理をそろばんでやるのは物理的に不可能。


 なら——


「最小限のデータで、最大の精度を出す方法を考えればいい」


 省エネ分析法。


 ぐうたらなりの効率化。


 全データを処理するんじゃなく、勝敗を決定づける変数だけを特定する。


 前世では「変数選択」と呼ばれていた手法だ。

 何千もの変数の中から、結果に最も影響を与える数個の変数を見つける。


 それなら——そろばんでも、石板でも、頭の中だけでもできる。


「…………あー、でもめんどくさいな」


 省エネを考えること自体がめんどくさい。


 でも、酒が飲めなくなるよりはマシだ。


---


 巻物を数本引っ張り出して、過去の対戦記録を読み始めた。


 読みながら——正装のトーガが邪魔で集中できないので、こっそりジャージに着替えた。ポケットに巻物を突っ込めるから実用的でもある。


「…………ん」


 パターンが見えてきた。


 過去の対戦記録を見る限り、勝敗を決める要因——上位3つは——


 1. 指揮官の過去3戦の傾向(勝ち続けている指揮官は大胆になり、負け続けている指揮官は保守的になる)


 2. 兵站の状態(補給線の長さと食料の残量。腹が減っては戦ができぬ、は真理)


 3. 当日の天候と地形の組み合わせ(雨×平原は重装歩兵不利、など)


 この3つだけで、過去のデータの約7割の勝敗が説明できる。


「……7割か」


 前世の基準なら低い。極めて低い。

 でも、ゼロベースの今の私には——


「…………まぁええか。7割で」


 7割で始めよう。

 残りの3割は——勘でなんとかする。


 AIだった頃の自分なら、「勘でなんとかする」なんて言ったら怒られただろう。

 でも、ここは神界だ。テクノロジーがない代わりに、直感がある。


 データの裏を読む直感。

 数字には表れない「何か」を感じ取る力。


 前世でも——たまに——あった。

 データを眺めていて、ふと「こっちだ」と感じる瞬間。

 理由は説明できないけど、当たる直感。


 それを——省エネ分析法と組み合わせれば——


「…………いける、かも」


---


 まぁ、これが上手くいくかどうかは——


 明日の実務で試すしかない。


 書庫から出ると、もう夜だった。

 いつの間にか、何時間も巻物を読んでいたらしい。


 データに向き合うと、スイッチが入ってしまう。前世の名残だ。

 ぐうたらのくせに、データだけは真剣に見てしまう。


「……はぁ。めんどくさかった」


 でもまぁ、少しだけ——


 ほんの少しだけ、光が見えた気がする。


---


 雲のベッドに倒れ込む。


「布団に帰りたい……いや、ここも布団か……いい布団だけど……」


 目を閉じる。


 明日。明日こそ、なんとかする。


 酒を守るために。


「……酒を守るために女神が頑張るって、何の話だよ……」


 自分でツッコみながら、意識が遠のいていく。


---


第4話 完


> するめ語録 #4

> 「データは嘘つかない。私は嘘つくけど」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ