第27話 微笑むだけの簡単なお仕事(※本当です)
ある日の午後。
ヘルメスが伝書鳩を飛ばしてきた。
巻物を開く。
「本日の業務:子供の相撲大会(辺境の村)。参加者8名。トーナメント形式。——以上」
「…………」
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「子供の相撲大会」とアテナ。
「はい」
「勝敗管理部門の業務範囲よ。——あらゆる勝負に、勝利の女神は微笑む義務がある」
「子供の相撲にも?」
「子供の相撲にも」
「……じゃんけんの時も思ったけど、業務範囲広すぎない?」
「広いわ。文句はゼウスに」
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スクリイに映ったのは、のどかな村の広場だった。
砂の上に丸い輪。周りに子供たちが集まっている。
親が見守り、村長が審判をしている。
……平和だ。戦争でも格闘技でもない。ただの——子供の遊び。
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「分析するか……」
巻物を広げる。データは——ほぼない。
変数1(戦績):子供に戦績はない。初参加ばかり。
変数2(コンディション):全員元気。子供だから。
変数3(天候×地形):晴天。砂の上。差がつかない。
変数4(メンタル):子供のメンタルは不安定すぎて予測不能。泣いたり笑ったり。
変数5(選択パターン):パターンなし。初参加。
変数6(異常検知):全部が異常。子供は全員が「いつもと違う」。
「…………6変数、全部機能しない」
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「先輩」
フォルトゥナが隣で首を傾げていた。
「これ——データでも運命でもなくて、ただの遊びですよ」
「……そうだね」
「勝つ子を予測する必要、あるんでしょうか」
「業務上は——ある。予測して、微笑みタイミングを計って、報告書を出す」
「でも——子供の相撲ですよ?」
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第一試合が始まった。
小さな男の子が二人、向かい合って構えている。
審判の合図。二人がぶつかった。——押し合い。
一人がよろけた。もう一人が押した。——倒れた。
勝った子が「やったー!」と両手を上げた。負けた子が泣き出した。
それだけの試合。
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するめは——巻物もそろばんも石板も、何も使わなかった。
「……分析しようがないし、する意味もない」
第二試合も。第三試合も。ただスクリイを見ていた。
子供たちが笑って、泣いて、転んで、立ち上がって。
勝っても負けても、最後はみんなで駆け回っている。
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決勝戦。
一番小さな男の子と、一番大きな男の子。
体格差が圧倒的。データがなくても——大きい子が勝つとわかる。
小さな子は——怖いのか、足が震えていた。でも——逃げなかった。
審判の合図。
小さな子が突っ込んだ。一瞬だけ大きな子がぐらついた。でもすぐに体勢を立て直して——押し返した。
小さな子が——砂の上に倒れた。
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大きな子が勝った。
小さな子が砂にまみれたまま見上げている。目に涙が溜まっている。
——泣くかと思った。
でも小さな子は——笑った。
「すげぇ! お前つよい!」
負けたのに、笑っている。
大きな子が手を差し伸べた。小さな子がその手を掴んで立ち上がった。
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するめは——微笑んだ。
予測なんてしていない。タイミングも計っていない。
ただ——あの小さな子の笑顔を見て、大きな子が手を差し出すのを見て——自然に口角が上がっていた。
半目でもない。ジャージでもない——いや、ジャージだ。でもそんなことは関係ない。
勝った子の笑顔が、嬉しかった。
それだけ。
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「先輩——泣いてます?」
「泣いてない」
「…………泣いてますよ」
「泣いてない。目にゴミが入った」
「神界にゴミはないです」
「…………うるさい」
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「今日の査定」
アテナが告げた。
「予測精度:採点不能。予測を提出していないため」
「…………」
「微笑みタイミング:ルール違反。勝敗決定と同時に微笑んでいる。3秒前ではない」
「…………すみません」
やっぱりダメだったか。予測も出してない、タイミングも守っていない。
「ただし——」
アテナは一拍置いた。
「微笑みクオリティ:A」
「…………え?」
「テミスの天秤が——大きく右に傾いたわ。嘘のない微笑みは、タイミングを超える」
「…………」
「——今のあなたなら、わかるでしょう」
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わかる。
微笑むだけの簡単なお仕事。
前世の自分はそう歌った。馬鹿にした。嘲笑った。
でも——今ならわかる。
データで予測すること。タイミングを3秒前に合わせること。報告書を書くこと。そろばんを弾くこと。変数を分析すること。
全部——大事だ。
でも、一番大事なのは——
勝った人を見て、心から「よかったね」と微笑めること。
それが——微笑むだけの簡単なお仕事の、本当の意味だった。
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「先輩」
「なに」
「先輩の微笑み——今日が一番よかったです」
「……ありがとう、フォルトゥナ」
「先輩が泣きながら微笑んでるの、初めて見ました」
「泣いてないって言ってるでしょ」
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第27話 完
> するめ語録 #27
> 「微笑むだけの簡単なお仕事。——前世の自分に言いたい。それは簡単じゃない。でも、簡単かどうかなんて、どうでもいい。あの子の笑顔を見たら、自然に微笑んでた。それだけ」




