第25話 まぁええか
オリンポス杯最終日。
種目:総合格闘技決勝。
最後の一戦。
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朝。雲のベッドから起きた。
昨夜の酒が少し残っている。でも二日酔いではない。——ギリギリ。
「おはよう」
エリスが分析室の前で待っていた。
「……おはよう、エリス」
「……今日で最後だね」
「うん」
「……頑張ろうね」
暗い顔で言うので全然テンションが上がらないが——その暗さにも、もう慣れた。
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「おはようございます先輩!」
フォルトゥナが走ってきた。
「準備できてます! スクリイの前に席確保しました!」
「ありがとう。——ヘルメスは?」
「もう走ってるよ!」
ヘルメスが通信用の伝書鳩を飛ばしてきた。鳩の足に巻物がついている。
開く。
「異常リスト(最終日版):異常なし。両選手とも通常通り。——ただし、A選手の朝食がいつもより多い。B選手の朝食がいつもより少ない」
「朝食の量……?」
「変数6の範疇ね。いつもと違う量=メンタルまたはコンディションに変化がある可能性」
するめは分析シートに記入した。
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予測室。四人の女神が並ぶ。
最後の種目。最後の予測。
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選手A vs 選手B。
変数を確認する。
変数1(戦績):互角。
変数2(コンディション):A良好、Bやや疲労あり。
変数3(天候×地形):室内。
変数4(メンタル):A安定、Bは——朝食が少ないことから緊張の可能性。
変数5(選択パターン):Aは堅実型、Bは博打型。
変数6(異常検知):Aの朝食が多い=余裕あり。Bの朝食が少ない=緊張。
総合——A側有利。勝率58%。
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他の女神の予測。
アフロディーテ:「A。今日は特にAが輝いてるわ」
アルテミス:「A。構えが安定している」
先代ニケ:「……A」
——全員がAを指している。
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「するめ、あなたの予測は?」
アテナが聞いた。
するめは——一瞬、迷った。
データはA。直感もA。他の女神も全員A。
でも——何かが引っかかる。
スクリイを見つめた。
選手Bの目。朝食が少なかった。緊張している——はず。
でも、Bの目は——澄んでいた。
緊張ではない。覚悟だ。
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「…………」
これは——データでは拾えない。変数6でも引っかからない。異常検知は「いつもと違うこと」を検出するが、Bの目の覚悟は——データの外の外。
先代ニケなら——見えるだろう。「勝利の流れ」が。
でも先代もAと言っている。
するめの直感だけが——Bに何かを感じている。
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「A側有利。勝率58%。——ただし、B側の逆転可能性を排除しない。報告書には両方のシナリオを記載します」
「両方?」
「Aが順当に勝つシナリオと、Bが逆転するシナリオ。両方の分析根拠を記載。勝率58:42。——微笑みはどちらが勝っても対応できるよう準備」
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テミスが——頷いた。
「不確実性を正直に報告する姿勢。——良い判断です」
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総合格闘技決勝、開始。
序盤——A側が圧倒的に優勢。予測通りだ。
中盤——A側がBを追い込む。もう決まりかと思われた。
するめは微笑みの準備を——
——Bが立ち上がった。
崩れたはずのBが。膝をついたBが。
目が、燃えていた。
Bが最後の力を振り絞って——カウンターを合わせた。
Aが——崩れた。
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B側、逆転勝利。
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闘技場が沸いた。誰もが予想しなかった逆転。
アフロディーテ——外れ。
アルテミス——外れ。
先代ニケ——外れ。
先代が外すのは、数千年の中でも数えるほどしかない。——驚くべきことではある。でも、それ以上でもそれ以下でもない。
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するめの予測は——A側有利だが、B側の逆転可能性を排除しない。
完全な的中ではない。でも——外してもいない。
「するめの報告書には、B側逆転シナリオが記載されている。——分析根拠も明記されている」
テミスが天秤を揺らした。
「予測精度としては——B+」
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先代ニケが——するめを見た。
煽りでもなく。関心でもなく。
——認めている目だった。
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そして——微笑み。
Bが勝利した瞬間。すべてを出し切って倒れ込んだBの姿を見て。
するめは——心から微笑んだ。
半目じゃない。目を開けて。ジャージじゃない——今日は正装だ。でもそんなことは関係ない。
勝ってよかった。
その気持ちが——微笑みになった。
タイミング——3.0秒。
微笑みクオリティ——初のB。
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「今日の査定」
「するめ:B」
「B!?」
「予測精度B+。微笑みクオリティB。報告書B+。服装態度B-(正装を着崩してた)。——総合B」
「着崩してたのは暑かったから——」
「Bよ」
「BはBだ!」
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「オリンポス杯総合成績」
アテナが最終結果を発表した。
「1位:先代ニケ——S」
「2位:アルテミス——A」
「3位:するめ——C+」
「4位:アフロディーテ——C」
「C+……歴代最低記録らしいわ」
「最低記録……」
「でも——初参加としては異例の成績よ。そして最終日にBを取ったのは、あなただけ」
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ゼウスが最終結果を読み上げた。
「C+か」
ゼウスがするめを見た。
「——まぁええか」
するめは——反射的に答えた。
「それ私のセリフです」
ゼウスが笑った。闘技場が笑った。
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「年間査定」
アテナが告げた。
「総合——C」
「C。ギリギリ」
「ギリギリよ。でも——C。バッカスの祝福は守られた」
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「するめーー!!」
バッカスが走ってきた。
「酒は飲めるぞーー!!」
「……よかった」
「よかった! 本当によかった! 俺は信じてた!」
「信じてたなら毎回プレッシャーかけないでよ」
「愛だよ愛!」
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分析室に戻る。
エリスが静かに待っていた。
「……お疲れ様」
「お疲れ」
「……C、だったね」
「C。ギリギリのC」
「……でも、Cでしょう」
「Cでいい。Cで」
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夜。
バッカスの酒蔵。
全員集合。するめ、エリス、フォルトゥナ、ヘルメス、テミス、アテナ、バッカス。
「お疲れ様でした先輩!」
「……お疲れ様……」
「みんなの働きがなかったらDだった。ありがとう」
「報告書テンプレートが役に立ったなら——業務上、当然のことです」
「テミスもありがとうね」
「……天秤は傾いていません」
——微妙に右に傾いてたけど。
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「乾杯しよう」
バッカスが酒を注いだ。
「何に乾杯する?」
「……ぐうたらに」
「ぐうたら?」
「ぐうたらなりに頑張った全員に。——まぁええか」
杯を掲げた。
「まぁええか!」
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雲のベッドに倒れ込む。
酒は飲めた。仲間がいた。先代にも認められた——たぶん。
査定はC。ギリギリのC。でも——仕組みは回った。
「……はぁ。めんどくさかった」
でも——悪くなかった。
全然、悪くなかった。
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第25話 完
> するめ語録 #25
> 「酒は飲める。仲間がいる。査定はC。——それでいい。それでいいんだ。……いや、Bは欲しかったけど。まぁええか」




