第20話 データにない変数
オリンポス杯八日目。
種目:戦車競争。
するめが最も力を入れて準備した種目だ。
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「戦車競争は変数が多い。馬のコンディション、御者の技術、コースの特性、馬と御者の相性——全部データに落とし込んでる」
「よく準備したわね」
アテナの言葉に、するめは少しだけ胸を張った。
「この種目だけは——Bを取りたい」
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出走は四頭立て。全六レース。
するめは分析シートを広げた。
第一レース。四台の戦車のデータを確認する。
変数1:過去の戦績。A号車が圧倒的。
変数2:コンディション。全馬良好。
変数3:天候×地形。晴天、コースは乾燥。A号車有利なコンディション。
変数4:メンタル。A号車の御者は連勝中で安定。
変数5:選択パターン。A号車の御者は堅実型。
総合:A号車が勝つ。勝率76%。
自信のある結論だった。
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レース開始。
A号車がスタートから先頭に立つ。予想通りだ。
第一コーナー。A号車がインを取る。完璧な走行ライン。
するめは安心して微笑みの準備を——
第二コーナーで、A号車の馬が急にバランスを崩した。
「え?」
A号車の馬が——明らかに普段と違う動きをしている。
第三コーナーでC号車に追い抜かれ、最終直線でB号車にも抜かれた。
A号車、三着。
するめの予測——大外れ。
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「なんで……」
巻物を確認する。コンディションは良好だったはず。戦績も問題ない。
「ヘルメス、A号車のデータに何かなかった?」
「ないよ。全部確認した。——あ、でも一つだけ」
「何?」
「A号車の馬——今朝の情報ではいつもの馬だったんだけど、直前に馬を入れ替えたみたいなんだよね」
「馬を入れ替えた?」
「うん。主力馬が昨夜、厩舎で脚を痛めたらしくて。急遽、控えの馬に変更。——でもその情報、出走直前まで公開されてなかった」
「…………」
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データにない変数。
省エネ分析法の5変数は、すべて既知の情報から導き出される。
過去の戦績。コンディション。天候。メンタル。選択パターン。
だが——直前の馬の入れ替えは、どの変数にも含まれていない。データの収集時点では存在しなかった情報だ。
「……前世のAI時代にもあった問題だ。学習データにないパターンは予測できない」
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「先代は?」
「先代ニケ——的中。C号車を指していた」
「…………どうやって」
先代ニケが予測室で杯を傾けている。
するめが近づくと、先代はにっこり微笑んだ。
「あら、外したの?」
「……外しました。馬が入れ替わってたなんて——データになかった」
「そうね。データにはなかったわね」
「……先代は、どうしてわかったんですか」
先代は窓の外を見た。闘技場に戻っていく戦車を眺めながら——
「見ればわかるわ。馬の目が違ってたもの」
「……馬の目?」
「いつもの馬じゃない。目の色も違うし、耳の動かし方も違う。——数千年、馬を見てきたから。見ればわかる」
データに頼らない。目で見て、経験で判断する。
先代にとって——「データにない変数」は、最初から問題にならない。全部、目で見えるから。
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残り五レースも、似たような状況だった。
するめの省エネ分析法は三レース的中、二レース外れ。
外れた二レースとも——直前の変更や予想外の状況が原因。
先代ニケは——六レース全的中。
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「今日の査定」
「するめ:D。アフロディーテ:C-。アルテミス:B。先代ニケ:S」
「D…………」
「オリンポス杯に入ってから初めてのDよ。年間査定が危ないわ」
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分析室に戻ると、バッカスが酒蔵から出てきた。
「おーい、するめ。——大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「査定D……ヤバいな。もう一回Dが来たら——」
「……年間査定がEに近づく」
「俺の酒が飲めなくなるぞ!」
「わかってるよ!」
「いいか、するめ。俺の祝福は——お前の生命線だからな。頼むぞ。マジで頼むぞ」
プレッシャーをかける酒の神。ありがたいのか迷惑なのか。
「…………データにない変数。どうすればいいんだろう」
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第20話 完
> するめ語録 #20
> 「データにないものは予測できない。——でも、先代はデータがなくても見える。ずるい。ずるいって言ったらずるいよ」




