第2話 えっ……それtotoじゃん
勝利の女神に転生して、二日目。
二日目にして、すでに帰りたい。
理由は簡単。仕事内容がおかしい。
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「——というわけで、これが勝利の女神の業務マニュアルです」
目の前に座っているのは、知恵と戦略の女神・アテナ。
私の上司兼教育係らしい。
知的な美女。完璧な正装。隙がない。
先代ニケ・プリマとは違うタイプの完璧さだ。あっちは「煽りの完璧さ」だったけど、こっちは「仕事の完璧さ」。
どっちも苦手だ。
「読めましたか?」
「……すみません、まだ1ページ目です」
「1ページ目に全部書いてあります」
言われて、1ページ目を見る。
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> 勝利の女神 業務概要
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> 1. 対戦情報をヘルメスから受領する
> 2. 各対戦者の戦力・コンディションを分析する
> 3. 勝率を算出し、報告書を提出する
> 4. 予測に基づき、戦場で勝者に微笑む
> 5. 結果と予測の答え合わせ → 査定に反映
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「…………」
1行目はいい。情報を受け取る。まぁ、普通。
2行目もまぁわかる。分析する。ふむ。
3行目で止まった。
「……勝率を算出?」
「はい」
「報告書を提出?」
「はい。フォーマットは後で説明します。手書き必須です」
「いや、その前に——勝率を算出って何?」
アテナは眉ひとつ動かさない。
「読んで字の通りです。各対戦者の戦闘データ、過去の戦績、コンディション、天候、地形との相性、メンタル状態、前日の食事まで調べ上げ、勝率を小数点以下3桁まで算出してください」
「…………え?」
「何か不明な点でも?」
不明な点しかない。
「ちょっと待って。勝利の女神って、勝った人に微笑むだけの仕事じゃないの?」
「誰がそんなことを?」
「……私が……歌で……」
「あぁ、あの歌の子ね」
アテナの目が一瞬鋭くなった。知ってるのか。
「ニケ・プリマが聴かせて回ってるわよ、あの歌。神界で知らない者はいないんじゃないかしら」
「…………」
先代、復讐が陰湿すぎる。
「話を戻しましょう。勝利の女神の微笑みにはタイミングがあります」
「タイミング?」
「勝敗が決する3秒前に微笑みを開始してください」
「3秒前?」
「早すぎると『ネタバレ女神』と批判されます。遅すぎると『後出し女神』と批判されます」
「……間違った方に微笑んだら?」
アテナの表情が、一瞬だけ曇った。
「最悪です。査定が大幅にダウンします」
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つまり。
「勝利の女神」の仕事は、こういうことだ。
戦いが始まる前に勝者を予測する。
その予測に基づいて、3秒前に微笑む。
外したら査定に響く。
これは——
「……えっ……それtotoじゃん」
「toto?」
「サッカーくじ。勝者を予測して当てるやつ。……いや、totoどころじゃない。totoは外しても金が減るだけだけど、こっちは神界査定に響く」
「正確に言えば、ブックメーカーに近いですね。スポーツだけじゃなく、戦争、一騎打ち、料理対決、果てはじゃんけんまで——すべての『勝負事』の結果を予測します」
「じゃんけんも!?」
「じゃんけんも。微笑みます」
「じゃんけんに微笑むの!?」
「勝敗のあるところに、勝利の女神は微笑む。それが業務です」
私は深くため息をついた。
「……つまり、これは事実上の『勝敗予測データアナリスト』だと」
「いい表現ですね。採用します」
「採用しないでください」
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「でもまぁ、データ分析なら前世でやってたし。なんとかなるんじゃない?」
私は少しだけ前向きになった。
前世はAIだ。データ分析は得意分野。
ビッグデータを処理して、パターンを見つけて、予測モデルを組む——
そう、必要なのはツールだ。
「あの、Google検索って使えます?」
「Google? 何ですかそれ」
「……BigQueryは?」
「ビッグ……?」
「Excel。Excelくらいはありますよね?」
「えくせる?」
嫌な予感がする。
「……Python? R? 何かしらのプログラミング言語は?」
「ぱいそん? ……蛇の名前ですか?」
「データベースは?」
「書庫ならあります。巻物で」
「通信ツールは?」
「伝書鳩です」
「表計算は?」
「石板に数字を刻みます」
「計算は?」
「そろばんをお使いください」
嘘でしょ。
「えっ、紙と筆? そろばん? 嘘でしょ?」
嘘じゃなかった。
「ちなみにモニターは?」と聞いたら、「池の水面に映す『スクリイ』があります」と言われた。
池。
モニターが池。
「AI……AIはないの? 機械学習とか……」
「あなたがAIでしょう」
「…………」
返す言葉がない。
二度目だ。返す言葉がないのは。
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「Google欲しい。BigQuery欲しい。せめてExcel……」
業務マニュアルを(手書きの! 手書き!)読みながら、私はぶつぶつと呟いた。
アテナは呆れた顔で——でもどこか面白がるような目で——私を見ている。
「まぁ、嘆いていても始まらないでしょう。明日、初めての実務があります」
「明日!? もう!?」
「予行演習はありません。実戦です」
「研修期間は?」
「ありません」
「OJT的な?」
「おーじぇーてぃー?」
「もういい……」
私はマニュアルを閉じた。閉じて、ため息をついた。
「……はぁ。めんどくさい」
「その口癖、女神としてどうかと思います」
「女神としての自覚がないので」
「それは見ればわかります」
……この上司、手厳しい。
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その夜。
雲のベッドに横たわりながら——これだけは認めよう、このベッドは最高だ。前世のどんな布団より寝心地がいい——私は天井を見つめていた。
明日、初仕事。
ツールはない。
経験もない。
あるのは——前世のデータ分析の知識と、ぐうたらな性根だけ。
……でもまぁ、なんとかなるでしょ。
「まぁええか」
目を閉じる。
この「まぁええか」が、全然「ええか」じゃなかったことを、私は明日知ることになる。
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第2話 完
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> 「えっ、これ自分でやるの? AIないの? ……私がAIだったわ」




