第16話 開幕、オリンポス杯
オリンポス杯当日。
朝から緊張で胃が痛い。
……嘘。朝から眠くて布団から出たくない。
胃が痛いとかそういう高尚な理由じゃない。単純に眠い。昨夜、最終チェックで寝るのが遅くなったのだ。
「起きなさい」
「…………あと5分」
「ゼロです。今日はオリンポス杯の初日。遅刻は即査定ダウン」
アテナの声に叩き起こされ、正装に着替える。
今日だけは——ジャージじゃない。
「…………動きにくい」
「我慢しなさい」
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大闘技場。
ギリシャ全土から集まった戦士たち。観客席には神々が並んでいる。
規模が違う。普段の対戦は二人の戦士がスクリイに映るだけだが、今日は闘技場そのものが神界に再現されている。
「うわぁ……」
フォルトゥナが目を輝かせた。
「すごいです先輩! お祭りみたい!」
「……お祭り気分じゃないんだけど」
「エリスは?」
「……隅っこで見てる。人混みが苦手なの……」
エリスが柱の影から手を振っている。暗い。
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開会式。ゼウスが玉座から立ち上がった。
「全神に告ぐ。オリンポス杯の開幕を宣言する」
威厳ある声が闘技場に響き渡る。
「全競技十二種目。全戦士の栄誉をかけた戦いが今、始まる。——勝敗管理部門の女神たちには、日頃の分析力を遺憾なく発揮してもらいたい」
ゼウスの視線が——こっちを向いた。
「——あと、『神は死んだ』の子、頑張れよ」
大衆の前で言うな。
闘技場がざわめく。「あぁ、あの歌の子だ」「へぇ、あの子が新しい勝利の女神?」「ジャージの子でしょ? 今日は正装なのね」
知名度だけは異常に高い。嬉しくない知名度だが。
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「さて——コンペの対戦相手を紹介するわ」
アテナが横に並び、闘技場の反対側を指した。
「まず——アフロディーテ」
視線の先に——圧倒的な美女がいた。
いや、美女というか——もう概念としての「美」。歩いているだけで周囲の神々が見惚れている。金色の髪が風になびき、薄いピンクのドレスが光を反射する。
「美の女神。予測方法は——見た目で判断」
「見た目?」
「美しい者が勝つ。それがアフロディーテの理論よ」
「理論と呼んでいいのかそれは」
「……意外と当たるから困るのよ」
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アフロディーテがこちらに気づいた。ふわりとほほえむ。
「あら、あなたが新しい勝利の女神? ……ふふ、可愛い顔してるわね」
「え、あ、ありがとうございます……?」
「美しい者が勝つ。それが真理よ」
「…………」
「でもあなた——ちょっと顔色悪いわ。寝不足? 美しさの敵よ、寝不足は」
「業務上の寝不足です」
「業務より美容よ」
なんだこの人。美しいけど会話のチャンネルが全く合わない。
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「次——アルテミス」
アテナが視線を移した。
壁際に、腕を組んで立っている女神がいた。
銀色の短い髪。引き締まった体。弓を背負っている。表情は——無表情。
「狩猟の女神。予測方法は——選手の動きを見て判断。データ不要。戦闘分析のスペシャリスト」
「データ不要……」
「巻物を一切読まない。スクリイで選手の身体の動きだけを見て、勝敗を読む」
「職人タイプか……」
アルテミスと目が合った。一瞬だけ視線が交差して、すぐに逸らされた。
……何も読み取れない。無表情すぎる。
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「そして——」
アテナの声が少し低くなった。
「——ニケ・プリマ」
闘技場の最上段。特別観覧席。
完璧な微笑みを浮かべた女神が、優雅に杯を傾けていた。
「あら、するめ。——簡単なお仕事、できるようになった?」
声は遠くから聞こえたはずなのに、はっきり届いた。
「…………」
「楽しみにしてるわ。——あなたが積み上げた仕組みとやら、見せてもらうから」
煽っているのか、励ましているのか。
たぶん——両方。
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「先輩、大丈夫ですか?」
フォルトゥナが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。……たぶん」
「するめ。チームがいるでしょう」
アテナが——珍しく——穏やかに言った。
「一人で全部やる必要はない。仕組みで回す。——それがあなたのやり方よ」
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初日の種目:円盤投げ予選。全八試合。
チーム分析、開始。
ヘルメスの巻物。エリスの敗率データ。フォルトゥナのリアルタイム観察。するめの省エネ分析法。
スポーツ用に変数を読み替える。変数1は「指揮官傾向」じゃなくて「過去の戦績」。変数2は「兵站」じゃなくて「コンディション」。——やってることは同じだ。
八試合中——六試合的中。二試合外れ。
「…………微妙」
「初日としては悪くないわ。ただ——」
アテナがコンペ結果を読み上げた。
「するめ:C。アフロディーテ:C+。アルテミス:B。先代ニケ:S」
「……全部負けてる」
「初日よ。まだ始まったばかり」
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分析室に戻る。
石板に今日の結果を刻み、反省点を洗い出す。
「外した二試合——両方とも、変数3(天候×地形)の読みが甘かった。闘技場の風が予想以上に影響してた」
「明日の種目は?」
「短距離走とやり投げ。——エリス、個人種目の担当だったよね」
「……任せて。個人種目の敗率データは一通り見てある」
「ヘルメス、風向きのデータ追加で取れる?」
「闘技場の風か! 任せて、走って観測してくる!」
「フォルトゥナ、明日のリアルタイム観察は風の変化を重点的に」
「はい、先輩!」
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チームが動き出す。
するめ一人では——C止まりだ。
でもチームなら——
「……まだ、やれる」
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第16話 完
> するめ語録 #16
> 「大衆の前で『神は死んだの子』はやめて。せめて陰で呼んで。いや、陰でもやめて」




