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第15話 ぐうたら式、完成

 オリンポス杯まで、あと三日。


 準備期間は——地獄だった。


---


 256選手のデータを全員で分担して分析。

 するめは主要三種目——レスリング、ボクシング、戦車競争の選手データを担当した。


 各種目の上位8選手、合計24人分の分析を行い——


「終わらない」


 ——終わらなかった。


 結局、エリスに4人分を回し、フォルトゥナにリアルタイム観察用の事前チェックリストを作ってもらい、ヘルメスに追加データを三回催促した。


「ごめん、三回も催促して」


「いいよいいよ! でも伝書鳩が三羽とも迷子になったから、走って取りに行ったよ」


「…………ごめん」


「走るの得意だから平気!」


 ヘルメスの翼付きサンダルが火花を散らしていた。使いすぎだ。


---


 テミスには、大会用の簡易報告書フォーマットを提出した。


「これが簡易版です。項目を半分に減らして、記入時間を——」


「項目を半分にするのは認められません」


「えっ」


「ただし、記入方法の簡略化は認めましょう。数値のみの記入。文章不要。署名はスタンプ可」


「スタンプ!? この世界にスタンプがあるんですか!?」


「テミスが公式スタンプを作りました。全女神に配布済みです」


「テミスさん、有能すぎる……」


「当然です。公平で効率的な査定制度は、私の使命ですから」


---


 準備の日々。


 朝から晩まで分析室にこもり、チームと議論し、データを整理した。


 途中、何度か寝落ちした。そろばんが顔に落ちてきた。三回。


---


「するめ」


 準備最終日の夜。アテナが分析室に来た。


「まだ起きてるの」


「起きてます。というか寝落ちして目が覚めました」


「…………」


 アテナは私の隣に座った。珍しい。いつもは立って指示を出すのに。


「オリンポス杯——不安?」


「不安です」


「正直ね」


「嘘ついてもしょうがないし。……データは嘘つかないけど、私は嘘つく。でも今は——嘘つく元気もない」


 アテナは小さく笑った。


---


「ひとつ——教えておくことがあるわ」


「何ですか」


「先代ニケ・プリマ——参加が確定したわ」


「…………」


「特別枠で、全種目の予測に参加する。つまり——あなたとの直接対決になる」


「……知ってました。覚悟はしてました」


「本当に?」


「嘘です。全然覚悟できてない」


「正直ね」


---


「でも——ひとつだけ、あなたに伝えたいことがある」


 アテナの声のトーンが変わった。酒が入っている時の柔らかさではなく——教育係としての、真剣な声。


「先代ニケの分析力は——数千年の経験に裏打ちされた、完璧な直感よ。データではなく、勝利の本質を見抜く力」


「……勝てる気がしません」


「正面から勝負したら勝てない。でも——あなたには、先代にないものがある」


「何ですか」


「仕組み」


「仕組み?」


「先代の分析は——属人的。ニケ・プリマという天才にしかできない分析。でもあなたの省エネ分析法は——仕組み。変数を体系化して、チームで分担して、テンプレートで標準化した。誰でも使える仕組み」


「…………」


「天才に勝つ方法は——天才になることじゃない。天才がいなくても回る仕組みを作ること」


---


 その言葉は——前世のするめが、よく知っている概念だった。


 AI時代のデータ分析。

 天才のデータサイエンティストが一人いても、その人がいなくなったら回らない。

 だから——仕組みを作る。フレームワークを作る。チームで運用する。


 するめが前世でやっていたことと——今やっていることは、同じだ。


「……そうか。私は——最初からこれをやってたんだ」


「そうよ。あなたはぐうたらだけど——ぐうたらだからこそ、仕組みを作った。一人で全部やるのが面倒だから、分担できる形にした」


「ぐうたらの功績……」


「嫌な言い方しないで。効率化の才能と呼びなさい」


---


「あと——もうひとつ」


 アテナは立ち上がった。


「微笑みのことなんだけど」


「はい」


「あなたの微笑み——ひどいわ。半目で、ジャージで、顔色悪くて——女神として最低レベル」


「知ってます」


「でも——」


 アテナは振り返った。


「——嘘がないのよ」


「え?」


「先代のニケ・プリマの微笑みは完璧。でもあれは——数千年かけて磨き上げたプロの微笑み。美しいけど——作り物」


「…………」


「あなたの半目の微笑みは——不格好だけど——本心で微笑んでる時がある。分析が当たった時、チームの予測が合致した時——あなたの口角が、ほんの少しだけ上がる。あれは——本物の微笑み」


「……気づいてたんですか」


「教育係ですから」


---


 アテナが去った後。


 分析室に一人。


 石板に書いた「省エネ分析法 ver.2」の文字を眺める。


 ——ぐうたら式データ分析。


 五つの変数。チーム分担。テンプレート標準化。リアルタイム補正。


 完璧じゃない。美しくもない。洗練もされていない。


 でも——仕組みとして、回る。


---


 雲のベッドに戻る前に、分析室の入口に——


「……?」


 一輪の花が置いてあった。月桂樹の枝。


 小さなメモが添えてある。


 「健闘を祈るわ。——あなたが作った仕組みなら、きっと回る」——アテナ


 ……先輩、さっきの会話の直後にメモ書いて花添えたの?


 行動が速い。


 さすが知恵の女神。


---


「……さて」


 雲のベッドに沈む。


 明後日——オリンポス杯が始まる。


 十二種目。百回の予測。他の女神とのコンペ。先代との直接対決。


 怖い。不安だ。布団に帰りたい。


 でも——


「…………まぁ、やるか」


 ぐうたら式。完成。


---


第15話 完


> するめ語録 #15

> 「天才に勝つ方法は、天才になることじゃない。天才がいなくても回る仕組みを作ること。——って、アテナ先輩の受け売りだけど」




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