第14話 データは嘘つかない。私は嘘つくけど
オリンポス杯まで、あと二週間。
チームの準備が始まった。
---
「はい、これが省エネ分析法のマニュアルです」
するめは石板に刻んだ手順書を配った。
受取人:エリス、フォルトゥナ、ヘルメス。
「変数は五つ。変数1:指揮官——スポーツの場合は選手の傾向。変数2:兵站——装備・コンディション。変数3:天候×地形——会場との相性。変数4:メンタル——連敗、食事、睡眠。変数5:選択パターン——接戦での判断傾向」
「……こうやって体系化されてると、わかりやすいわね」とエリス。
「先輩! 私、リアルタイム観察も変数に入れた方がいいと思います!」
「それは変数じゃなくて業務フローの話。リアルタイム観察は、分析の補正プロセスとして組み込む。事前分析を基本として、試合中の変動で修正する」
「すごいです先輩! プロジェクトみたいです!」
「プロジェクトだよ」
---
ヘルメスの情報収集体制も強化された。
「するめちゃん。オリンポス杯の出場者リスト、来たよ!」
巻物の束が——山になっていた。
「…………何本あるの」
「えーっと、全競技合わせて——256選手分」
「256人!!」
「うん。各選手のプロフィール、過去の戦績、身体データ、食事記録、メンタルカウンセリング記録——」
「メンタルカウンセリング記録!? そんなものまであるの!?」
「あるよ。神界は何でも記録するんだ。検索はできないけど」
「検索できないのが致命的なんだよ」
---
分析室がカオスになった。
石板が積み重なり、巻物が散乱し、そろばんが転がっている。
するめは床に座り込み、巻物を広げ、石板に数字を刻み、そろばんを弾いた。
「……256人の選手データを、全競技分、チームで分担して分析する」
リーダーとしての仕事。
前世でこんなことをする日が来るとは思わなかった。
「……AIだった時は、全部自分で処理できたのに」
今は——チームに頼るしかない。
チームに頼るには——情報を共有し、判断基準を統一し、進捗を管理する。
プロジェクトマネジメント。
「はぁ……めんどくさい」
「知ってます」とアテナ。
---
全員に分析テンプレートを配布し、分担を決めた。
するめ:レスリング、ボクシング、戦車競争(主要三種目)
エリス:短距離走、やり投げ、円盤投げ(個人種目)
フォルトゥナ:リアルタイム観察補佐(全種目横断)
ヘルメス:情報収集・データ整理
「料理対決とじゃんけん大会は?」
「あぁ——あとボードゲームと詩の朗読大会と——」
「詩の朗読大会も勝敗があるの!?」
「審査員が点数つけるから——はい、勝敗です」
「…………十二種目中、八種目が主要スポーツ以外じゃない?」
「そうよ。オリンポス杯は総合芸能大会としての側面もあるの」
---
「さて——もうひとつ、大事な話があるわ」
アテナが真面目な顔をした。
「オリンポス杯では——他の女神たちも予測に参加するの」
「え?」
「普段は、勝敗予測はあなたの専任業務。でもオリンポス杯は特別で——複数の女神が予測を提出し、精度を競い合う」
「……つまりコンペ」
「コンペよ。あなたの予測が他の女神に負ければ——査定にさらに響く」
---
「ちなみに参加する女神は?」
「まず——アフロディーテ」
「美の女神? 予測もするの?」
「美の女神の直感は——意外と侮れないの。美しい者が勝つという独自理論を持っているわ」
「理論と呼んでいいのかそれは」
「あとは——アルテミス。狩猟の女神。戦闘分析のスペシャリスト。データではなく動きを見て予測する」
「実戦派か……」
「そして——参加するかわからないけど」
アテナは少し間を置いた。
「——ニケ・プリマ。先代が特別参加する可能性がある」
「…………は?」
「有給休暇中でも、オリンポス杯は別扱いなの。本人が希望すれば参加できる」
「先代が参加したら——Sランクの予測精度と競い合うの?」
「そうなるわね」
「無理では!?」
「無理かどうかは——あなた次第よ」
---
分析室で一人になった。
オリンポス杯。十二種目。百回の予測。他の女神とのコンペ。査定三倍。先代の参加可能性。
「……はぁ」
圧倒的だ。
前世のどんなデータ分析プロジェクトより——規模が大きい。
雲のベッドが恋しい。
でも——
「……データは嘘つかない」
巻物を手に取った。
「データは嘘つかない。私は嘘つくけど」
省エネ分析法のフレームワーク。エリスのメンタル変数。フォルトゥナのリアルタイム観察。ヘルメスの情報網。テミスのフォーマット。
全部、この一ヶ月で積み上げてきたものだ。
「……ぐうたらだけど——逃げるのは、もっとめんどくさい」
---
翌日。
するめは分析室の石板に、大きく書いた。
『省エネ分析法 ver.2 ——オリンポス杯対応版——』
書いた横に、もうひとつ。
『目標:全種目C以上。贅沢言わない。Cでいい。Cで』
---
第14話 完
> するめ語録 #14
> 「データは嘘つかない。私は嘘つくけど。——ただし分析では嘘つかない。たぶん」




