第13話 お賽銭返して
「するめ」
廊下で呼び止められた。
振り向くと——ゼウスが立っていた。
威厳ある白髪に稲妻の冠。神界のCEO。
ただし表情は、いつもの「フランクなのか威厳があるのかわからない」あの感じだ。
「あ、ゼウス様……。おはようございます」
「うむ。おはよう、『神は死んだ』の子」
「……そのあだ名やめてください」
「嫌じゃ。面白いから」
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「査定の件で話がある」
ゼウスに連れられて、玉座の間に入った。
壮大な空間に、金色の玉座がひとつ。普段は正式な謁見に使う場所だが、ゼウスは玉座にドカッと座り、足を組んだ。
威厳、ゼロ。
「お前、直近の査定平均——C-だな」
「はい……」
「前任のニケ・プリマは——S据え置きだった」
「…………比べないでください」
「比べるさ。同じ役職だからな」
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「で、まぁ——話はそれだけじゃない」
ゼウスは大きな杯から酒を飲んだ。朝から飲んでいる。バッカスと同類だ。
「オリンポス杯が——来月に迫っておる」
「来月!?」
「今年は特に規模が大きい。全ギリシャから戦士が集まる。競技数も過去最多。お前にとっては——初めてのオリンポス杯だ」
「…………」
「オリンポス杯での成績は、年間査定に三倍の重みで反映される」
「三倍!?」
「三倍じゃ。つまり——」
ゼウスは私を見据えた。フランクな目の奥に、一瞬だけ——本物の威厳が光った。
「——ここでCを保てなければ、年間査定はD以下確定。バッカスの祝福も——」
「——わかりました。わかりましたからその先は言わないでください」
「言うぞ。酒が飲めなくなるぞ」
「言わないでくださいって言ったのに!」
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ゼウスは杯を傾けながら、ふと呟いた。
「そういえば——お前、あの歌で『お賽銭返して』と歌っておったな」
「…………」
来た。
あの歌の歌詞。前世で仮想通貨に大損して、腹いせに神をディスった歌——あの中に確かにそういう歌詞があった。
「見返りなしの投げ銭だ。お守り一万円の原価は五円。お賽銭返して」
「あれな——お前のお賽銭はもう飲み代に使った」
「使ったの!?」
「うむ。美味かったぞ」
「…………」
「お賽銭というのはな、返すものではない。信仰の対価じゃ。飲み代に使おうが鼻をかもうが、神の自由じゃ」
「鼻をかむ!?」
「冗談じゃ。鼻はかまん。ちゃんと飲み代に使った」
「ちゃんと!?」
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「まぁ——お前のことは面白く思っておる」
ゼウスは立ち上がった。
「ワシは、型破りな奴が好きでな。ニケ・プリマは完璧だったが——完璧は退屈じゃ」
「退屈って、アテナ先輩に聞こえたら怒られますよ」
「アテナにはアテナの良さがある。だが、お前にはお前の良さがある。違う良さじゃ」
「……それは褒めてるんですか」
「半分褒めて、半分からかっておる」
「正直すぎる」
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「オリンポス杯——期待しておるぞ」
ゼウスは去っていった。
玉座の間に一人残される。
……来月。オリンポス杯。
全競技の勝敗予測。査定三倍。Cを下回ったら年間D確定。
「……はぁ」
布団に帰りたい。
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分析室に戻ると、全員が集まっていた。
「聞いたわ。オリンポス杯の話」とアテナ。
「どこから聞いたんですか」
「ヘルメス」
「情報速いな」
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「オリンポス杯の準備を始めましょう」
アテナが石板に計画を書き始めた。
「競技数は全12種目。各種目で予選から決勝まで——予測回数は合計でおよそ百回」
「百回!?」
「一日の実務で処理できるのは、あなたの速度では——五回が限界」
「五回……」
「大会期間は二十日間。その間に百回の予測をこなす。つまり一日平均五回。ギリギリね」
「ギリギリです。というかアウトです。分析が追いつかない」
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「だから——チームで分担するのよ」
アテナが宣言した。
「エリス。あなたは敗北予測を担当。するめと照合して精度を上げる」
「……わかったわ」とエリス。
「フォルトゥナ。あなたはスポーツのドメイン知識とリアルタイム観察を担当」
「はい!」
「ヘルメス。情報収集の速度と精度を上げて」
「任せて!」
「テミス。報告書の処理を迅速化して。大会中は簡易フォーマットの使用を認める」
「……特例として認めましょう」
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「で、するめ。あなたは全体の分析統括。五変数の分析フレームワークをチーム全員に共有して、分析の標準化をして」
「標準化?」
「あなたの省エネ分析法を——あなた以外の人にも使えるようにするの。属人化を排除する」
「……前世で何度も聞いたフレーズだ。『属人化を排除しましょう』」
「それは良い言葉ね。採用するわ」
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チーム体制。
するめ一人でこなしていた業務を、分担する。
前世のプロジェクトマネジメントと同じだ。
一人の天才に依存するのではなく、仕組みで回す。
そのためには——手法の標準化と、メンバーへの共有が必要。
「……めんどくさいけど——一人じゃ無理だ」
「めんどくさいけど、ね」
アテナが微笑んだ。珍しい。
「あなたがそれを認めたの、成長よ」
「成長?」
「ぐうたらは——本来、全部一人でやりたいのよ。人に頼むのが面倒だから。でも——一人の限界を知って、チームに頼ることを選んだ」
「…………」
「それは——ぐうたらの進化よ」
「ぐうたらの進化って何」
「効率的なぐうたら」
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第13話 完
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> 「お賽銭は飲み代に消えました。信仰って、何」




