第12話 ……これにも微笑むの?
「本日の対戦——じゃんけん大会です」
「嘘でしょ」
「嘘じゃありません」
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アテナの表情は、いつもと変わらない冷静さだった。
しかし、その冷静さの裏に「私もどうかと思っている」という微量のニュアンスを感じる。
「じゃんけん大会って、あの——グー、チョキ、パーの?」
「そうです」
「それも勝敗管理部門の仕事なの?」
「勝敗があるものはすべて管理対象です。神界の規定にそう書いてあります」
「誰が書いたの」
「ゼウス様です」
「あの人か」
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じゃんけん。
完全確率のゲーム。
理論上、勝率はグー・チョキ・パーで各33.3%。データ分析の余地は——
「……ない」
ないのだ。
省エネ分析法の五変数を全部当てはめても——
変数1(指揮官傾向)→ じゃんけんに戦略家も何もない。
変数2(兵站)→ 関係ない。
変数3(天候×地形)→ 関係ない。
変数4(メンタル)→ 多少はあるかもしれない。
変数5(選択パターン)→ これは使えるかもしれない。
人間のじゃんけんは、完全ランダムではない。
心理的な癖がある。
負けた後にグーを出しやすい。勝った手を繰り返しやすい。初手はグーが統計的に多い。
前世で読んだ論文を思い出す。
「……じゃんけんの選択パターン分析、やったことないけど——データはある」
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「ヘルメス」
「なんだい、するめちゃん」
「過去のじゃんけん大会の記録——ある?」
「あるよ! こないだの祭りのじゃんけん大会の記録が——」
巻物を広げた。
全試合の出し手が記録されている。
「…………神界、こういう記録は残すんだ」
「記録は文化だからね! 記録するのは得意なんだよ」
「検索はできないのに」
「……それは言わないで」
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過去のデータを分析する。
参加者ごとの出し手の傾向。
A選手:初手グー率60%。負けた後グー率70%。
B選手:初手パー率50%。パーを出す頻度が全体的に高い。
C選手:完全にランダム。傾向なし。——この人は強い。
「……傾向、ある。確実にある」
完全確率のゲームのように見えて——人間は完全ランダムに振る舞えない。
これは前世のセキュリティ分野でも知られていた。人間が「ランダムなパスワード」を作ると、実は全然ランダムじゃない。癖が出る。
じゃんけんも同じだ。
「じゃんけんの予測精度は——統計的に40%くらいは出せるはず。33%からの7%の上乗せ」
「7%の改善って、地味じゃない?」とエリス。
「地味だけど——ランダムを超えてる。それが大事」
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今日のじゃんけん大会。トーナメント制、16人参加。
するめの予測対象は——決勝戦の勝者。
トーナメントを一回戦から順に予測していく。
各選手の出し手傾向を分析。相性を考慮。メンタル状態(緊張度、勝ち進んだことによる自信の変化)を加味。
「……大変だ。じゃんけんの分析にこんなに手間がかかるとは」
「フフッ……じゃんけんを舐めていたわね……」とエリス。
「舐めてた。完全に舐めてた」
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結果。
するめの予測した選手が——優勝した。
決勝戦の最後の一手は「パー」。するめの予測通り。
「的中」
「……じゃんけんの予測を当てたの、あなたが初めてよ」
アテナが若干呆れた顔で言った。
「いやスポーツの方を褒めてほしいんですけど」
「えぇ。スポーツも当てました。でも——あなた、微笑みのタイミング」
「はい」
「じゃんけんの一瞬で微笑むの、めちゃくちゃ難しかったでしょう」
「うん。人生で一番短い微笑みだった」
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微笑みタイミングの話をしよう。
通常の戦争や一騎打ちでは、勝敗が決する3秒前に微笑みを開始する。
3秒は短いようで、けっこう余裕がある。
しかしじゃんけんは——
じゃん——けん——ぽん。
「ぽん」の瞬間に勝敗が決する。3秒前に微笑むには——「けん」の瞬間に微笑みを開始しなければならない。
つまり——出し手が見える前に微笑まなければならない。
予測が外れたら——出し手が出る前に微笑んでいる痛い女神になる。
「……これ、勝利の女神で一番難しい業務では?」
「先代ニケは完璧にこなしていたわ」
「…………先代すごいな」
「数千年やってたから」
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帰り道。
ふとフォルトゥナが言った。
「先輩。じゃんけんの予測って——ある意味、一番運命に近い分析ですよね」
「どういうこと?」
「データではほとんど予測できなくて、最後は——選択の力で決まる。人間の意志と、ほんの少しの癖と——」
「……偶然?」
「偶然じゃないです。運命です」
「…………」
「私、じゃんけんが一番好きです。運命の純度が一番高いから」
「……フォルトゥナちゃん、たまに深いこと言うね」
「えへへ」
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第12話 完
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> 「じゃんけんの微笑みは人生で一番短い。そして一番難しい」




