第10話 二日酔い女神の微笑み
昨夜、飲みすぎた。
バッカスの酒蔵で、アテナとバッカスと三人で。
「するめの連勝祝い」という名目だったが、連勝と言っても三連勝だ。三連勝で祝う。酒が飲める理由なら何でもいいらしい。
雲のベッドで目が覚めた時、視界がぐるぐる回っていた。
「…………あぁ」
二日酔い。
完全なる二日酔い。
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「起きなさい」
「…………む、無理……」
「無理でも起きなさい。今日も業務があります」
アテナの声だ。
いつもの冷静な声——だが、よく聞くと、声が若干かすれている。
「……アテナ先輩も声枯れてません?」
「……気のせいよ」
「昨夜、バッカスと日本酒の飲み比べしてませんでしたっけ」
「…………知らないわね」
知らないことにされた。
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ふらふらの状態で正装に着替える。
いや、着替えたつもりが、トーガが裏返しだった。
「……裏返し」
「直しなさい」
「めんどくさい」
「直しなさい」
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分析室で巻物を広げる。文字が二重に見える。
「今日の対戦は……」
「重要な一戦です。ギリシャの二大都市国家の代表戦士による一騎打ち。両都市の名誉がかかっています」
「名誉……」
「外すと、両方の都市の信仰に影響します。つまり——査定への影響も大きい」
「……この状態で」
「ええ。この状態で」
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省エネ分析法を展開する。
——が、集中できない。頭が痛い。そろばんの玉が二重に見える。
変数1:指揮官——じゃなくて、一騎打ちだから個人データ。
A側の戦士:重装歩兵。堅実な戦い方。直近3戦は2勝1敗。
B側の戦士:軽装剣士。機動力重視。直近3戦は3勝。
「……えーっと、兵站は……一騎打ちだから関係ない。天候は晴れ。地形は闘技場。特に有利不利なし」
変数1〜3で差がつかない。変数4のメンタルと変数5の選択パターンで判断するしかない。
巻物を読む。——文字がチラつく。
「…………うぅ」
「水、飲みますか?」
フォルトゥナが水を差し出した。ありがたい。この子はいつも空気を読む。いや、読めていない時もあるが、こういう時は完璧だ。
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なんとか分析を終えた。
結論:A側の重装歩兵、勝率55%。
微妙。大接戦。
でも、勘は——二日酔いの脳みそからかすかに——「こっち」と言っている。
報告書を書く。テンプレートに従って——
「査定」と書くべきところを「酒定」と書いてしまった。
書き直す。
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微笑みのタイミング。
闘技場でA側とB側の戦士が向き合う。
スクリイの水面に映る二人の姿——ぼやけている。解像度のせいか二日酔いのせいかわからない。
戦いが始まった。
A側の重装歩兵が盾を構え、B側の軽装剣士が素早く回り込む。
予測通り——A側は堅実に守る。B側は機動力で翻弄する。
接戦。
長い戦い。
そして——B側の剣士が、一瞬の隙を突いて——
——いや。
A側が受け止めた。B側の体勢が崩れる。A側が反撃——
「——今」
微笑む。
微笑んだが——
半目。ジャージ。そして二日酔い。
顔色が悪い。目の下にクマがある。微笑みと言うより——苦笑に近い。
「…………」
A側が勝った。予測は当たった。タイミングも——
「微笑みタイミング:3.2秒前。遅い」
「……惜しい」
「微笑みクオリティ:最低。顔色不良、目の下のクマ、半目、苦笑い。人間側の勝者はこう感じたでしょう——『なんか……微妙に……勝った気がする?』」
「…………す、すみません」
「予測は的中。報告書は——『酒定』と書いてあるのは何ですか」
「あ」
「書き直しなさい」
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総合評価——D。
「D!!?」
「予測はBですが、微笑みクオリティと報告書と服装態度が壊滅し、足を引っ張りました。二日酔いで業務に支障をきたすのは論外です」
「…………」
「これで直近の査定平均がC-に下がりました。もう一度Dを取ると——」
「——査定E……!」
「バッカスの祝福剥奪ね」
「…………」
二日酔いで査定が下がって、その原因がバッカスの酒で、罰則がバッカスの祝福剥奪。
因果が完璧につながっている。
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その日の夜。
バッカスが酒蔵への誘いに来た。
「おーい、するめちゃん、今日も飲——」
「飲まない」
「えっ」
「今日はダメ。査定D取った。二日酔いのせいで」
「あー……そうだったか。すまんすまん、注ぎすぎたな昨日」
「注ぎすぎたのはあなたです」
「……反省してる」
「反省する気あるなら、平日は三杯までにして」
「三杯!? 少な——いや、わかった。三杯だな」
「三杯」
「…………五杯でどうだ」
「三杯」
「……はい」
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アテナはといえば——
「私? 私は平気よ。酒に強いの」
「昨日、最後の方ずっと知恵の女神なのに知恵が回ってなかったですよね」
「記憶にないわね」
「査定への影響は?」
「私はS評価ですから、多少の変動は誤差の範囲よ」
「…………ずるい」
「実力の差です」
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雲のベッドに倒れ込む。
教訓。
酒は金曜(金曜という概念が神界にあるかは不明)に飲め。
「……めんどくさい。二日酔い管理までしなきゃいけないのか」
女神の仕事には、体調管理も含まれる。
前世のAIは二日酔いとは無縁だったのに。
……まぁ、前世は身体がなかったから当然か。
「まぁええか。明日取り返す」
査定D。これ以上落ちたら、酒を守るどころじゃなくなる。
「……酒を飲むために酒をセーブするって、何の修行だよ……」
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第10話 完
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