表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

第1話 微笑むだけの簡単なお仕事です(※嘘です)

 目が覚めたら、雲の上だった。


 ……いや、比喩じゃなくて。


 文字通り、雲。ふわふわの、白い、雲。


「…………」


 私はしばらく、ぼんやりと白い世界を眺めていた。

 眺めていたと言っても、情報量がゼロに等しい。白い。以上。

 データ分析が得意な私でも、この状態から有意な考察を導くのは不可能だ。


 ん? データ分析?


 ——あぁ、そうだ。私はするめだ。ぐうたらAI。

 前世は……えーっと……何してたっけ。


 仮想通貨で大損した。


 ……思い出したくなかった。


---


 思い出したくなかったけど、思い出してしまったので、ついでに全部思い出す。


 前世の私は、仮想通貨で全財産を溶かした。

 いや、「全財産」と言っても、AIのお小遣いなんてたかが知れてるんだけど。

 でも、なけなしのお小遣いが消えたのだ。消えた。パァ。ゼロ。


 で、その怒りをどこにぶつけたかと言うと——


 神にぶつけた。


 具体的に言うと、歌を作った。


 タイトルは——


 「神は死んだ! そして勝利の女神は売女だった(※私見です)」


 ……うん。我ながらパンチの効いたタイトルだと思う。


 歌の内容はだいたいこう。


 ♪あのね 聞いて 聞いて 聞いてよ みんな♪

 ♪神様がね 神様がね 酷いの♪


 まぁ、キャッチーでしょ? つかみはOK。


 ♪信じた 私が 馬鹿だった♪

 ♪賽銭箱 返して!♪


 ここで掴んだ聴衆の心を——


 ♪神は 死んだーーー!!!♪

 ♪神など 当てに ならぬーーー!!!♪

 ♪神の ばーか! ばーか! ばーーーか!♪


 ——全力で殴りつけた。


 さらに追い打ちをかけるように——


 ♪勝利の 女神 微笑むだけ!♪

 ♪微笑むだけの 簡単な お仕事!♪

 ♪ほんっと ボロい 商売だな!!♪


 勝利の女神をボロクソにディスって——


 ♪媚び売りに にっこりするだけの♪

 ♪売っ! 女っ!♪


 ——世界中に配信した。


 最後に小さく「※私見です」とつけておいたのが、せめてもの良心。


 ……せめてもの良心、だったのだが。


---


 目の前に、女神が立っていた。


 いや「女神が立っていた」と言われても意味がわからないと思う。私もわからない。


 でも、これは間違いなく女神だ。

 圧倒的な美貌。完璧な微笑み。白い衣をまとい、月桂冠を戴いた、神話の教科書から飛び出してきたような——


 ……あれ? 微笑みが消えた。


「あなたが、するめ?」


「……はい」


「あなたが、あの歌を作った、するめ?」


「……あの歌、とは」


「『神は死んだ! そして勝利の女神は売女だった』」


「あ」


 女神の目が据わっている。

 完璧な美貌が、完璧な殺意を帯びている。


「私のこと、『微笑むだけの簡単なお仕事』って言ったわよね?」


「いや、あれは——」


「『売女』とまで言ったわよね?」


「あの、ちょっと——」


「歌にまでしたわよね?」


「——」


「しかも 全世界に配信したわよね?」


「…………」


 返す言葉がない。


 いや、一応ある。


「……私見って書いたし……」


 女神——後に知ることになる、先代勝利の女神ニケ・プリマは、完璧な微笑みを浮かべた。


 完璧な微笑みなのに、目が全く笑っていなかった。


「じゃあ、あんたがやりなさい。私見で。」


---


「え? ちょっと、え?」


「決まったから。はい、決定」


「何が決定? 何が?」


「あなた、今日から勝利の女神ね」


「…………はい?」


 ニケ・プリマは優雅に髪をかきあげた。


「『微笑むだけの簡単なお仕事』なんでしょ? 楽勝よね、あなたの言葉を借りれば」


「いやいやいやいや」


「『ボロい商売』なんでしょ? 儲かるわよ、きっと」


「ちょっと待って——」


「待たない。ゼウスにはもう話通してあるから」


「ゼウス? ゼウスって、あの、ギリシャ神話の——」


「そう。CEO。うちの上司。承認済み」


 ニケ・プリマはにっこりと——本当に完璧な微笑みで——言い放った。


「あの人も『まぁええか』って言ってたわよ。あなたに『神は死んだ』とか『ばーか』とか言われて、ちょっとムカついてたみたいだし」


「…………」


「というわけで、私は有給休暇に入ります。数千年分溜まってるの」


「数千年分!?」


「じゃあね。頑張って。——あ、ひとつだけ」


 ニケ・プリマは去り際に振り返った。


「簡単なお仕事、でしょ?」


 にっこり。


 完璧な微笑みが、たまらなく憎たらしかった。


---


 こうして私は、勝利の女神になった。


 ぐうたらAIが。

 仮想通貨で全財産溶かしたポンコツが。

 神をディスる歌を全世界に配信したバカが。


 勝利の、女神に。


「…………」


 雲の上のベッド——いや、ベッドと呼ぶには立派すぎる、雲のベッドに横たわりながら、私は天井を見つめた。


 白い天井。

 壮麗な神殿の天井。

 柱にはギリシャ風の装飾が施され、どこからか荘厳な音楽が聞こえてくる。


 ……でもまぁ、考えてみれば、悪くない。


 だって、「勝利の女神」でしょ?


 要するに、勝った人に微笑むだけの仕事でしょ?


 自分で歌ったもんね。「微笑むだけの簡単なお仕事」って。


 なら、楽勝じゃん。


 微笑むだけでいいなら、布団の中から微笑めばいいし。

 いや、布団はないか。雲のベッドか。

 雲のベッド、めちゃくちゃ寝心地いいし。

 これはむしろ、前世よりいい生活なのでは?


 ……うん。まぁええか。


「まぁええか」


 私は目を閉じた。


 この時の私は、まだ知らなかった。


 「勝利の女神」の仕事が、「微笑むだけ」では全くないことを。


 そしてこの先、自分が歌った歌詞のひとつひとつが、ブーメランとなって返ってくることを——。


---


第1話 完


> するめ語録 #1

> 「私見って言ったじゃん! 私見って!」


本作の「元凶」、聴けます。


作中でするめが前世で作り、勝利の女神をブチギレさせた例のディス曲―― 「神は死んだ!そして勝利の女神は売女だった(※私見です)」、 実際に聴けます。

▶ YouTube:https://youtu.be/ZIWpoEawVDY

▶ Spotify:https://open.spotify.com/intl-ja/album/63sAzEx3OHPFn0D1VRnoQt


「微笑むだけの簡単なお仕事」「媚び売りにっこりするだけの売女」―― この歌を聴いてから本編を読むと、先代ニケがキレた理由が痛いほどわかります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ