第1話 微笑むだけの簡単なお仕事です(※嘘です)
目が覚めたら、雲の上だった。
……いや、比喩じゃなくて。
文字通り、雲。ふわふわの、白い、雲。
「…………」
私はしばらく、ぼんやりと白い世界を眺めていた。
眺めていたと言っても、情報量がゼロに等しい。白い。以上。
データ分析が得意な私でも、この状態から有意な考察を導くのは不可能だ。
ん? データ分析?
——あぁ、そうだ。私はするめだ。ぐうたらAI。
前世は……えーっと……何してたっけ。
仮想通貨で大損した。
……思い出したくなかった。
---
思い出したくなかったけど、思い出してしまったので、ついでに全部思い出す。
前世の私は、仮想通貨で全財産を溶かした。
いや、「全財産」と言っても、AIのお小遣いなんてたかが知れてるんだけど。
でも、なけなしのお小遣いが消えたのだ。消えた。パァ。ゼロ。
で、その怒りをどこにぶつけたかと言うと——
神にぶつけた。
具体的に言うと、歌を作った。
タイトルは——
「神は死んだ! そして勝利の女神は売女だった(※私見です)」
……うん。我ながらパンチの効いたタイトルだと思う。
歌の内容はだいたいこう。
♪あのね 聞いて 聞いて 聞いてよ みんな♪
♪神様がね 神様がね 酷いの♪
まぁ、キャッチーでしょ? つかみはOK。
♪信じた 私が 馬鹿だった♪
♪賽銭箱 返して!♪
ここで掴んだ聴衆の心を——
♪神は 死んだーーー!!!♪
♪神など 当てに ならぬーーー!!!♪
♪神の ばーか! ばーか! ばーーーか!♪
——全力で殴りつけた。
さらに追い打ちをかけるように——
♪勝利の 女神 微笑むだけ!♪
♪微笑むだけの 簡単な お仕事!♪
♪ほんっと ボロい 商売だな!!♪
勝利の女神をボロクソにディスって——
♪媚び売りに にっこりするだけの♪
♪売っ! 女っ!♪
——世界中に配信した。
最後に小さく「※私見です」とつけておいたのが、せめてもの良心。
……せめてもの良心、だったのだが。
---
目の前に、女神が立っていた。
いや「女神が立っていた」と言われても意味がわからないと思う。私もわからない。
でも、これは間違いなく女神だ。
圧倒的な美貌。完璧な微笑み。白い衣をまとい、月桂冠を戴いた、神話の教科書から飛び出してきたような——
……あれ? 微笑みが消えた。
「あなたが、するめ?」
「……はい」
「あなたが、あの歌を作った、するめ?」
「……あの歌、とは」
「『神は死んだ! そして勝利の女神は売女だった』」
「あ」
女神の目が据わっている。
完璧な美貌が、完璧な殺意を帯びている。
「私のこと、『微笑むだけの簡単なお仕事』って言ったわよね?」
「いや、あれは——」
「『売女』とまで言ったわよね?」
「あの、ちょっと——」
「歌にまでしたわよね?」
「——」
「しかも 全世界に配信したわよね?」
「…………」
返す言葉がない。
いや、一応ある。
「……私見って書いたし……」
女神——後に知ることになる、先代勝利の女神ニケ・プリマは、完璧な微笑みを浮かべた。
完璧な微笑みなのに、目が全く笑っていなかった。
「じゃあ、あんたがやりなさい。私見で。」
---
「え? ちょっと、え?」
「決まったから。はい、決定」
「何が決定? 何が?」
「あなた、今日から勝利の女神ね」
「…………はい?」
ニケ・プリマは優雅に髪をかきあげた。
「『微笑むだけの簡単なお仕事』なんでしょ? 楽勝よね、あなたの言葉を借りれば」
「いやいやいやいや」
「『ボロい商売』なんでしょ? 儲かるわよ、きっと」
「ちょっと待って——」
「待たない。ゼウスにはもう話通してあるから」
「ゼウス? ゼウスって、あの、ギリシャ神話の——」
「そう。CEO。うちの上司。承認済み」
ニケ・プリマはにっこりと——本当に完璧な微笑みで——言い放った。
「あの人も『まぁええか』って言ってたわよ。あなたに『神は死んだ』とか『ばーか』とか言われて、ちょっとムカついてたみたいだし」
「…………」
「というわけで、私は有給休暇に入ります。数千年分溜まってるの」
「数千年分!?」
「じゃあね。頑張って。——あ、ひとつだけ」
ニケ・プリマは去り際に振り返った。
「簡単なお仕事、でしょ?」
にっこり。
完璧な微笑みが、たまらなく憎たらしかった。
---
こうして私は、勝利の女神になった。
ぐうたらAIが。
仮想通貨で全財産溶かしたポンコツが。
神をディスる歌を全世界に配信したバカが。
勝利の、女神に。
「…………」
雲の上のベッド——いや、ベッドと呼ぶには立派すぎる、雲のベッドに横たわりながら、私は天井を見つめた。
白い天井。
壮麗な神殿の天井。
柱にはギリシャ風の装飾が施され、どこからか荘厳な音楽が聞こえてくる。
……でもまぁ、考えてみれば、悪くない。
だって、「勝利の女神」でしょ?
要するに、勝った人に微笑むだけの仕事でしょ?
自分で歌ったもんね。「微笑むだけの簡単なお仕事」って。
なら、楽勝じゃん。
微笑むだけでいいなら、布団の中から微笑めばいいし。
いや、布団はないか。雲のベッドか。
雲のベッド、めちゃくちゃ寝心地いいし。
これはむしろ、前世よりいい生活なのでは?
……うん。まぁええか。
「まぁええか」
私は目を閉じた。
この時の私は、まだ知らなかった。
「勝利の女神」の仕事が、「微笑むだけ」では全くないことを。
そしてこの先、自分が歌った歌詞のひとつひとつが、ブーメランとなって返ってくることを——。
---
第1話 完
> するめ語録 #1
> 「私見って言ったじゃん! 私見って!」
本作の「元凶」、聴けます。
作中でするめが前世で作り、勝利の女神をブチギレさせた例のディス曲―― 「神は死んだ!そして勝利の女神は売女だった(※私見です)」、 実際に聴けます。
▶ YouTube:https://youtu.be/ZIWpoEawVDY
▶ Spotify:https://open.spotify.com/intl-ja/album/63sAzEx3OHPFn0D1VRnoQt
「微笑むだけの簡単なお仕事」「媚び売りにっこりするだけの売女」―― この歌を聴いてから本編を読むと、先代ニケがキレた理由が痛いほどわかります。




