第2話 刻印のベーゼ(5)
帰りの馬車。
窓の外を流れる街灯の光が、向かいに座るオティアの整った横顔を照らしている。
彼はさきほどから、自分の手のひらを何度も握ったり開いたりして、困惑した表情を浮かべていた。
「……ニーナお嬢様」
「なあに?オティア」
「……いえ。勝てて良かった。お嬢様をお守りできて、本当に良かったのですが……」
オティアは言葉を選びあぐねるように、眉間に深い皺を寄せた。
「実は不思議なことに……あまり勝ったという気がしないのです」
「あら。なぜそう思うの?」
私は小首をかしげて見せる。
もちろん、理由は痛いほど分かっているけれど。
「それが、自分でも説明がつかないのですが……」
オティアは震える声で、自身の不可解な体験を語りだした。
「あの男が剣を振り上げた瞬間、私の身体が勝手に動いたのです。まるで……そこで斬られることを、最初から知っていたかのように」
彼は自身の胸元を強く押さえた。
「相手の蹴りが来る前に、内臓が潰れるような幻痛が走りました。……私の身体が思考よりも先に、死を拒絶して、勝手に最適解を選び続けたのです」
オティアは怯えていた。
自分の才能にではない。自分の内側にある、得体の知れない死の経験値に。
「まるで、私ではない誰かが戦っていたような……そんな気さえするのです」
(ふふ。……可哀想なオティア)
私は席を立ち、彼の隣へと移動する。
そして、怯える子犬をあやすように、彼の銀髪を優しく撫でた。
「考えすぎよ、オティア」
「しかし……」
「それはあなたの才能よ。私を守りたいという強い忠誠心が、あなたの直感を極限まで研ぎ澄ませたのね」
(嘘よ。才能なんかじゃないわ)
それは、刻印だ。
斬撃で首を飛ばされ、蹴りで内臓をぶち撒け、魔法で黒焦げにされた……24回分の死の記憶が、あなたの細胞一つ一つに警鐘を鳴らしただけ。
『そこに行くと死ぬぞ』
『そのタイミングは殺されるぞ』
あなたの魂が悲鳴を上げながら、正解ルートをなぞらせたのよ。
「すごいわ、オティア。あなたは天才ね」
私は彼の耳元で、甘く囁く。
「……私のために、そこまで強くなってくれたのね」
「ニーナお嬢様……」
「誇りなさい。その力は、あなたが血を吐くような思いで手に入れたものなのだから」
(ええ、文字通り血を吐いてね)
オティアの瞳が潤み、私への崇拝の色を帯びていく。
彼は私の言葉ですべてを納得し、安心したようだ。
「……はい。この力、必ずやお嬢様のために使いこなしてみせます」
「ええ、期待しているわ」
私は彼の肩に頭をもたせかける。
温かい。
生きている。
24回分の死体の上に、今のこの温もりがある。
私は暗がりの中で、「オティア」と声をかけ、誰にも見えないようにその唇をふさいだ。
「ん……ッ!?」
オティアは、突然のことに何が起きたのかすら分からないと言ったふうに硬直する。
私は構わず、深く、長く、彼を味わう。
恐怖に怯える彼の魂に、私の愛を上書きするように。
この勝利の瞬間を、世界の理に刻み込むように。
(――刻印のベーゼを)
唇を離すと、オティアは顔を赤くして呆然としていた。
「ご褒美よ」
そう言って私は、最高の笑顔を作って見せた。
さっき、オティアが漏らした幻痛と言う言葉。いい響きね。
死ぬたびに強くなるけれど、その代償に死の痛みを幻として背負い続ける。
なんて残酷で、なんて愛おしい呪いなのかしら。
(ふふ。……決めたわ)
魔女の呪いで死んでやり直すこの育成理論。
『ファントムペイン』とでも名付けましょうか。
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と言う連載もしていますので、良かったらこちらもぜひ読んでみてください。
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