第2話 刻印のベーゼ(4)
「う、そ……嘘よ、こんなの……」
カトリーナが扇子を取り落とし、呆然と立ち尽くしている。
私は優雅に、けれど逃がさないように彼女の前へ歩み寄る。
「勝負あり……ですわね?カトリーナ様」
「っ……!」
「公爵家の令嬢が、決闘前の誓いを破るおつもりではありませんよね?」
私は懐から、あらかじめ用意していた魔法契約済みの借用書の写しを取り出した。
「さあ、カトリーナ様。そのサインで無効化を。……今ここで」
「い、いや……そんな、お父様に殺され……」
「あら、ご自分が殺されるのと、私の命を奪おうとしたこと、どちらが重いとお思いで?」
逃げ場はない。
カトリーナは屈辱に顔を歪めながら、震える手でサインをした。
その瞬間、契約魔法が発動し、書類が塵となって消える。
(借金完済。これで家は安泰ね)
私は心の中で小さく喜ぶ。
ひとまず。物理的な脅威は去った。
これで、オティアがここで死ぬ未来は回避できた。
「……これで、満足かしら!?」
カトリーナが涙目で私を睨みつける。悔しさで肩が震えている。
今すぐにでも私を八つ裂きにしたいだろうが、衆人環視の中では動けない。
(……いい気味ね)
私は扇子で口元の笑みを隠す。
借金という鎖は解いた。
彼女には、これからじっくりと、敗北の味を噛み締めてもらわなくては。
「ええ、満足ですわ」
私はあえて、淑女の笑みを浮かべた。
「感謝いたします、カトリーナ様。おかげで我が家の家計も助かりました。……今日のところは、これで失礼いたしますね」
「なっ、この……貧乏貴族が!」
カトリーナの罵倒を背に受けながら、私はオティアの元へ歩み寄る。
オティアは信じられないものを見る目で、自分の手と、倒した大男を見比べていた。
「行きましょう、オティア。……帰って、傷の手当てをしないとね」
「は、はい……!」
私は、愛する英雄の手を取る。
一旦、この場は納めた方が良い。
公爵家とこれ以上揉めても、今は意味はないのだから。
だけど、カトリーナ。
この程度で許すわけがないでしょう?
(だってあなた、私のオティアを――24回も殺したんですもの)




