第2話 刻印のベーゼ(3)
「……ねえ、賭けをしましょう?」
カトリーナが、あらかじめ決められた台本のように提案してくる。
今までは、私はこれを受けて、そして敗北した。
けれど今回は、私が脚本を書き換える。
「――ええ、受けますわ」
私は扇子を閉じ、ホールに響く声で告げた。
「ですがカトリーナ様。ただの『所有権』ではつまらなくありませんこと?」
「……何が言いたいの?」
私は一歩前に出る。
周囲の貴族たちの視線を集めるように、優雅に、そして不敵に。
「レートを上げましょう。……私が負けたら、オティアだけでなく、この『ニーナ・ド・ラ・ヴァリエール』の命も差し上げます」
「なっ……!?」
「ニーナお嬢様!?」
オティアが驚愕の声を上げるが、私は手で制する。
カトリーナは、意地の悪そうな笑みを浮かべて目を細めた。
生意気な伯爵令嬢を合法的に殺せるチャンス。
実際には殺さないとしても、性格の捻じ曲がった彼女が飛びつかないはずがない。
「その代わり――」
私は逃さない。
畳み掛ける。
「もし私の騎士が勝ったら――我が家の借金をすべて帳消しにしていただきます」
「は……?」
カトリーナが呆気にとられた顔をする。
「あら?公爵家ともあろうものが、たかだか小銭を惜しまれるのですか?それとも、負けるのが怖いのかしら?」
「……いいわ。乗ってあげる!」
カトリーナは叫ぶように宣言した。
プライドの高い彼女に、衆人環視の中で逃げ場はない。
それに彼女の中では、公爵家の誇る一流の護衛が負ける可能性などゼロなのだ。
私は心の中でほくそ笑んだ。
「始め!」
合図とともに、一方的な蹂躙が始まった。
――もちろん、カトリーナの護衛が蹂躙される側の。
大上段の斬撃。
オティアは最小限の動きで回避。
続く蹴りの連撃。
彼はまるで舞踏のステップのように躱し、すれ違いざまに腱を斬り裂く。
「な……?」
カトリーナの顔から血の気が引いていく。
「おのれぇぇ!!」
護衛が大男が咆哮し、暴風のような連撃を繰り出す。
過去のループで、オティアをねじ伏せた絶望の暴力。
けれど今のオティアには、その剣筋が既知の記憶として見えている。
剣と剣のぶつかり合う金属音が、会場に響き渡る。
弾くのではない。
流している。
あの一撃一撃が、かつて自分をなぶり殺した暴力であることを、彼の生存本能が理解していた。
そして、敵の息が切れたほんの一瞬の隙。
オティアが踏み込み、剣を振り上げる。
そして、静寂――
オティアの剣先が、大男の喉元寸前でピタリと止まっていた。
「……勝負あり、です」
決闘の審判の勝利を告げる声が、静まり返った会場に響き渡った。




