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第1話 魔女のベーゼ(3)

「――我が魂、我が剣。そのすべてを、ニーナお嬢様に捧げます」


 鼓膜を震わせる、愛しい声。

 唇に触れる、温かな熱。


(……え?)


 私は大きく目を見開いた。


 目の前には、銀髪の騎士――オティアが跪いている。


 ついさっき、無惨に切り裂かれ、血の海に沈んだはずの彼が。

 五体満足の傷ひとつない美しい顔で、私の右手甲に口づけを落としていた。


 ドクン、ドクン、と心臓が脈打つ。


 私自らが、オティアを救った。

 その事実が、私の背中をぞわりとさせた。


「……オティア?」


「はい。いかがなさいましたか、ニーナお嬢様?」

 彼は不思議そうに顔を上げ、水晶のような瞳で私を見つめ返した。


 その瞳に、死の恐怖はない。

 私に向けられる、純粋無垢な忠誠だけがある。


(戻った……?本当に?)


 震える手で、彼の頬に触れる。


 温かい。柔らかい。

 夢じゃない。あの子は生きている。


 安堵で膝が崩れ落ちそうになった、その時だ。


『ふふ。あやつが生きていて良かったのう』


 脳裏に、あの粘着質な声が響いた。

 嫉妬の魔女レヴィアの声。


(……あなたが、時間を戻したの?)


『その通り。お前に呪い(ちから)を与えた。契約通り、()()()()()()()()を』

 魔女の声は、まるで舞台の上の劇を見ているように、人ごとで、楽しげだ。


 私は混乱する頭を必死に回転させる。


(ここは……舞踏会に向かう直前ね。どうしてこの時間なの?)


『ここに魂が刻まれておるからのう』


(魂が刻まれる?)


 聞き慣れない言葉に、眉をひそめる。


『お前の呪いは、愛を(くさび)にする。……そやつの唇が、お前の肌に――魂に触れた瞬間。その()()()が世界が刻まれるのじゃ』


 つまり、オティアが私に誓いのキスをした瞬間――そこがやり直しの起点になるということ?


 私は視線をオティアに戻す。

 彼は心配そうに、けれど大人しく私の言葉を待っている。


(ねえ、嫉妬の魔女。……オティアは、死んだことを覚えているの?)


『いいや?時間は巻き戻った。あやつの記憶は、キスをしたその瞬間のままじゃ。無惨に殺された恐怖も、痛みも、何も覚えてはおらん』


(そう……よかった)


 あんな残酷な記憶、この美しい子には必要ない。

 苦しむのは、記憶を持っている私一人で十分だ。


 だが、魔女は意地悪く含み笑いを漏らした。


『しかしな、ニーナよ。記憶はなくとも()()は魂に刻まれるぞ?』


(経験?)


『肉体が覚えた剣技、死の瞬間に感じた恐怖への反射、生存本能……そういった()()()()()だけは引き継がれる』


 ゾワっ、と背筋が震えた。


 記憶はない。

 でも、身体は覚えている。

 あの敗北を。

 あの無力さを。


『死ねば死ぬほど、やり直せばやり直すほど……その騎士は強くなるじゃろうな。生存本能が研ぎ澄まされ、死を回避するために』


 魔女の言葉が、私の中にどす黒い、けれど甘美な閃きをもたらした。


(……そう。そうなのね)


 私はオティアの顎を指ですくい上げ、その顔を覗き込む。

 彼はわけもわからず、頬を染めて私を見つめている。


 この子は弱い。

 だから、あの公爵家の護衛ごときに負けて、死んだ。

 でも、私が何度でも死んで、何度でも時間を戻せば――。


 そのたびにこの子の魂に、()()が蓄積されていくなら。


(最強になれる……ってことよね?)


 誰にも負けない、誰にも奪われない。

 私だけの最強の騎士に。


「……ふふ、ふふふ」


 自然と笑みがこぼれた。


 狂気じみた笑いだったかもしれない。

 オティアが少しだけ肩を震わせたのがわかった。


(どうすればやり直せるの?)


『あの子の心臓が止まるか、そなたの心臓が止まるかじゃ。二人のいずれかの死。それが引き金となる。そして其方には、私がついておる。自らの心臓を止めたくなった時は、私に言うが良い。「殺してくれ」とな』


 ……死。

 その重い響きが、私の魂を奮い立たせた。


 なんて甘美で、崇高な行為なのかしら。

 オティアを、守るために私が死ぬ。


 そして、やり直すことができる。

 何度でも――


「オティア。愛しい、私の騎士」


「は、はい……!」


「今日の舞踏会、楽しみね」


 私はもう一度、彼の手を握りしめた。


 記憶はなくていい。

 痛みも苦しみも、すべて私が背負ってあげる。


(その代わり――あなたは強くなりなさい)


 私のために死んで、私のために強くなりなさい。

 私も、あなたのために死んであげるから。


(さあ、育成の時間よ)


 私たちは再び、あの絶望の舞踏会へと足を踏み出す。


 今度は、ただ殺されるためじゃない。この子の()を、糧にするために。

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