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第1話 魔女のベーゼ(2)

 結果から言えば、それは決闘ですらなかった。


 公爵家の護衛は大男で、その剣技は明らかに1流のそれであり、技量の差は明らかだった。

 オティアの剣は折られ、膝を砕かれ、石畳に無惨に転がされる。


「あ……が、っ!」


「勝負あり、ね。賭けの通り、その騎士の『所有権』はわたくしがいただくわ」

 公爵令嬢は冷酷に告げる。


 そして、虫の息となっているオティアを見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「でも……こんなに壊れてしまっては、もう使い物にならないわね。残念……。綺麗な顔しているから、たっぷり可愛がってあげようと思ったのに」


 彼女は護衛に、まるでゴミを捨てるかのような軽い手つきで合図を送った。


「処分なさい」


「――え?」


 私の思考が停止する。


 処分?何を?オティアを?

 私の、オティアを?


「やめ……やめてええええええッ!!」


 私の絶叫と同時だった。

 護衛の男が振り下ろした巨大な剣が、オティアの身体を容赦なく切り裂いたのは。


 鮮血が舞う。

 私の視界いっぱいに、赤い雨が降る。


「……ニー、ナ……さま……」


 彼は最期に、焦点の合わない瞳で私を求めた。


 伸ばされた手は、私に届くことなく、力なく地面に落ちる。

 動かない。

 もう、二度と。


「あっ、あ、あああああああ……ッ!!」


 喉が裂けるほどの悲鳴を上げ、私は彼の亡骸に駆け寄った。


 温かい。

 まだ温かいのに、魂だけがない。

 私を愛してくれた、私だけの騎士。


「返して……返してよぉ!あの子は私のモノなの!勝手に壊さないでよおおぉッ!!」


 ドレスが血に染まるのも構わず、私はオティアを抱きしめて泣き叫んだ。


(許さない。許さない許さない許さない)


 絶望が、脳髄を焼き切るような憎悪へと変わる。


 でも、オティアがいない世界で、復讐になんの意味がある?

 オティアがいないなら、私だって生きている意味がない。


 呼吸ができない。

 心臓が早鐘を打ち、今にも破裂しそうだ。


 その時。

 暗闇の底から、脳に直接響くような声が聞こえた。


『――かわいそうに。やり直したいかえ?』


 甘く、冷たい、女の声。


(……やり直せるの?……というか、あなたは誰?)


『私は魔女――嫉妬の魔女レヴィア。そなたが望むなら、魔女の力を授けてやるぞえ。未来永劫、可愛いオティアを独占できる呪い(ちから)を』


 私は、ゴクリと唾を飲んだ。


 怪しい魔女の誘惑――でも。

 私に迷いはなかった。


 オティアを取り戻すためなら、魔女に魂を売ることくらいなんだと言うの?


(お願い!力を!オティアを私だけのものにしたいの!!)


『そなたの願い、叶えよう――』


 嫉妬の魔女の声が、脳内に響いた瞬間――


 私の唇に、柔らかい何かが触れた。

 まるで、魔女の口づけの(ベーゼ)ような。


 その瞬間、私の視界が真っ白に塗りつぶされる。


 薄れゆく意識の中で、私は愛する騎士の名を、必死に呼び続けた。

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