第3話 我慢と嫉妬のベーゼ(3)
「ん……ッ!?」
唇に、熱い感触。
目を開けると、目の前にはオティアの顔があった。
窓の外を流れる街灯。馬車の揺れ。
ああ、そうだったわ。
刻印は、ここだった。
「……ご褒美よ」
私は、さきほどと同じ台詞を口にする。
オティアは顔を真っ赤にして、硬直している。
可愛い。
愛おしい。
今、この瞬間、彼の心も体も私のものだ。
(でも……)
私の脳裏に、侍女マリーがオティアの腕を撫で回す映像がフラッシュバックする。
数時間後に確定している未来。
オティアがこの勝利の余韻に浸っている間、私は冷徹に次の行動に思考を巡らせていた。
(余韻に浸っている暇はないわ。帰ったらすぐにマリーを呼び出さないと)
王都の端にある別邸の蔵掃除を命じる。
期間は1週間。
その間、彼女は屋敷に戻れない。
当然、オティアに触れることはない。
マリーは優秀で、私に忠実な良い子だ。
そんな彼女に、何の罪もないのに過酷な肉体労働を強いるなんて。
客観的に見れば、ひどい主人だろう。
私は窓ガラスに映る、自分の顔を見つめた。
そこには、口角を吊り上げ、嗜虐的な愉悦に浸る女が映っていた。
「ふふ……」
漏れ出た笑いと共に、私は小さく呟く。
「私、悪役令嬢みたいじゃない」
「え?何か仰いましたか?ニーナお嬢様」
オティアが心配そうに私を覗き込む。
あら、いけない。
顔に出ていたかしら。
……ごめんね、オティア。
あなたの主人は、あなたが思っているような聖女じゃないの。
「いいえ、なんでもないの」
私は艶やかに微笑み、彼の頬に手を添えた。
その指先で、彼の肌の感触を確かめる。
「ただ……明日はもっと、あなたを独り占めしたくなってしまっただけよ」
「は、はい……!」
頬を赤らめるオティア。
私は馬車の窓から、遠くに見える屋敷を睨みつけた。
(愛する人を守るためなら、悪役にだってなってやるわ。……それが私の愛ですもの)




