聖女をいじめたから婚約を破棄する? ― その公開婚約破棄、本物の聖女が断罪して差し上げましょう
私ルクレツィアはコヴィントン王国の建国祭の夜会にジェラルドとともに参加していた。この手の夜会というのは社交の場であるのだが。
「この鴨肉のロースト美味しい!」
私は今祖国ウェストミア神聖王国から離れたこの地でただの一神職としてここにいるため、社交をしなければいけない相手はおらず、もっぱら食事に精を出していた。ひょっとしたら私の血筋に特徴的な色彩―青みを帯びた白銀色の髪と瑠璃色の瞳で私の正体を察する貴族がいるかもしれないと思ったのだが、その心配は杞憂で話しかけてくる人物はいなかった。
「ルチア、おかわりを持ってきたよ」
ジェラルドが両手に山盛りにした料理を持ってきてくれる。彼は私の婚約者だ。茶色のふわふわしたウェーブがかかった髪とエメラルドのような緑色の瞳を持つ穏やかそうな男性なのだが、そんな外見とは裏腹に実力派の騎士で、私の護衛でもある。決してお世話係ではない、ここ重要。なのだが、私が若干小柄なので、知らない人からは兄と妹のように見られがちだ。実の兄であるイザイア兄様からは『ルクレツィア、ジェラルドの言うことをよく聞いて迷惑をかけないようにするんだぞ』と言い含められてしまい、ジェラルドもジェラルドで『義兄上、妹君の護衛、お世話はお任せ下さい』とお兄様に返す始末だ。あなたは護衛の騎士よ、お世話係じゃないの。
「この量が君の小さな身体に入ってくのはこの世界3番目くらいの神秘だね」
「小さいは余計よ」
ついぷくっと頬を膨らませてしまう。
「いいじゃないか。僕は今の小さくて可愛いルチアが好きだし、何年か経ったら成長して美しく輝くルクレツィアになるのだろう? 僕はその過程を見られるのだから光栄だよ」
「え、その・・・ありがとう」
ジェラルドはとても優しいのだ。彼はいつも私を大切にしてくれるのだ。行きずりのご婦人から「若いっていいわね」と温かい眼差しを向けられてしまい、少し恥ずかしくなってしまう。
「ジェラルドも料理を楽しみましょう」
「そうだね、ではいただくとしようか」
2人で食事を続けようとしたその時だった。
「アンジェリカ・メンドシーノ公爵令嬢! 出てこい!!」
場違いな怒声が会場に響き渡った。
驚いた私はうっかりカトラリーを落としてしまう。その様子を見たジェラルドが一瞬だけ表情を歪めたのを私は見逃さなかった。
怒声はまた響く。
「ゴラァ!! 無視するとはいい度胸じゃねぇか、アンジェリカ・メンドシーノ!! 」
「やかましいな。何のつもりなのかな?」
ジェラルドの声のトーンが下がっている。少し不機嫌になった証拠だ。
「ジェラルド、少し驚いただけだから。私は大丈夫」
なだめておかないと過保護な婚約者が何をしでかすかわからない。
「そうかい。怖い思いをしていないなら良かった」
幸いジェラルドはすぐに機嫌を直してくれたようだった。
怒声がする方を見ると、ステージの上にキラキラしい一団がいた。ジェラルドと同じ年くらいの男性数人と、多分私と同じくらいの年の桃色髪の女性が1人。桃色髪の女性は金髪碧眼の男性の腕にしなだれかかるようにぶら下がり、豊満な胸を押しつけている。その周りを他の男性達が女性を守るようにさながら騎士のように囲んでいる。
「なんだい、あの集団は?」
「桃色髪の令嬢に抱きつかれて鼻の下を伸ばしてる金髪の男性はこの国の王太子ニコラス・コヴィントン殿下ね、その周りにいるのは左から騎士団長の息子と宰相の息子、東の公爵家の息子。・・・神官長の息子もいるわ」
男性達はみなこの国の高位の身分の令息だった。そんな男性達が一人の女性を囲むようにして至っているのだから大分異様な風景だ。そしてその紅一点であるが。
「あの桃色髪の令嬢が誰だかわからないのだけど、ジェラルドわかる?」
「憶えがないな。下位貴族の令嬢かもしれない」
桃色髪の令嬢は勝ち誇ったようなドヤ顔さえ無視すれば愛らしい容姿で、細身ながらも胸やお尻はその存在をしっかり主張する男性受けの良さそう身体付きをしている。そしてそんな下位貴族の令嬢を取り囲む複数の王族や高位貴族の令息。この構図は昨今の恋愛小説で流行のアレではなかろうか。
「まさか公開婚約破棄?」
「ルチア、わくわくしないの」
ジェラルドが苦笑する。私だってこれが神聖王国に関わるものだったら止める方向に動くだろうが、ここは遠いコヴィントン王国だ。
「公開婚約破棄だとしても、完全に他人事だし、なんならこれから婚約破棄をされる気の毒なご令嬢のために私がしっかりと縁切りをしてあげてもいいわ」
「とりあえずは見守るだけにしようね」
私とジェラルドは他の多くの貴族達と同じように傍観に徹することになった。
「「「アンジェリカ・メンドシーノ公爵令嬢! 出てこい!!」」」
壇上の男性複数人が三度がなり立てる。
ようやく、後ろの方から小柄な令嬢がしずしずと姿を現した。
「お呼びでしょうか、ニコラス王太子殿下」
現れた令嬢はエメラルドグリーンの艶やかな髪とマリンブルーの瞳、白磁のような肌、小柄なことも合わさってさながら妖精のような可愛らしい女性だった。淡い桜色のドレスもよく似合っているのだが、婚約者であるはずの王太子の色とは全く関係ないドレスに、その事情は察せられた。
「アンジェリカ・メンドシーノ公爵令嬢! 王太子ニコラス・コヴィントンの名において貴様との婚約を破棄する!!」
「はい、お上手。かまずに婚約破棄宣言できたわね」
「ルチア、煽らないの」
どうせ聞こえてないから大丈夫だ。ざわついてる周りの貴族達だって適当なこと言ってるんじゃないかな。
「婚約破棄、承りました」
アンジェリカは表情をぴくりとも動かすことなく、婚約破棄宣言を受け入れた。あまりにもあっさりとした受け入れに壇上の男性達の方がどよめいている。
「父に報告して参りますので、失礼いたします」
優雅なカーテシ―を披露し、場を後にしようとするアンジェリカを、王太子が引き留める。
「待て待て!! 退場を許した覚えはない! 話は終わっていないぞ!!」
仕方なしと再びアンジェリカは王太子と相対した。
すると王太子にぶら下がっている桃色髪の令嬢が
「アンジェリカ様が睨んできますぅ~、怖~い」
と身体をくねらせはじめた。周りの男性陣は「大丈夫だ、僕たちがあの悪女から君を守るからね」とかほざいている。これには私もジェラルドもうへぁ・・・と苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。周りのコヴィントン王国の貴族の様子を見ると、渋い顔をしている貴族が半分、この婚約破棄劇を喜んでいるようないやらしい笑みを浮かべている貴族が半分といったところ。
桃色髪令嬢のぶりっこに閉口しながらも私たちは婚約破棄劇をぼんやりと見守っていた。ところがだ。
「アンジェリカ・メンドシーノ! 貴様はこの聖女であるアンナを身勝手な嫉妬で虐げた! ここで貴様との婚約を破棄し、その罪を暴いていやるから覚悟しろ!!」
看過できない言葉が出てきてしまった。
今なんて言った?
ジェラルドを見ると彼も渋い顔をしていた。
「一応確認するけれどルチア、あのアンナとやらは聖女になれるだけの聖力の持ち主かい?」
「一つ星の聖女に相当する力すら感じられないわ。ニコラス王太子が適当に言ってるだけでしょうね」
私はため息をつく。
「つまり、これは余所の国の婚約破棄劇場ではなく、私たちが動かなければいけない偽聖女事件よ」
「そのようだね。僕はいつでも動けるけれど何か準備したいものはあるかい?」
「少しでも聖力を回復しておきたいから食事は十分とりたいわ。ジェラルドもちゃんと食べて回復しておくのよ」
腹が減っては戦はできぬって言うでしょ?
私とジェラルドがせっせと食事をとって聖力の回復に努めている間も、王太子ニコラスとその一味はアンジェリカを壇上から責め立てていた。罪を暴いてやると大見得を切った割には、その中身はアンナとやらの持ち物を隠しただとか嫌みを言ったとか次元の低い事柄ばかりで、どれもこんな大勢のいる場であげつらうようなものではなかった。そしてアンジェリカは読み上げられる罪に対して、一つ一つ丁寧に反論し、証拠を出し、自身の無実を証明していった。おそらくアンジェリカの罪とやらは王太子一味がでっち上げた代物だろう。私とジェラルドは他のコヴィントン王国の貴族達が婚約破棄劇場に見入っているその脇で、会場の料理を食べ尽くすくらいの勢いで平らげていった。若干行儀悪いと思わなくもないが、それくらいしないと私たちの聖力は回復しないので、他の貴族達が見ていないこといいことに遠慮せずご馳走を頂いた。
「あの手の身分ばかり高くて考えなしの浮気男って、なんで浮気相手の女を聖女とか言うのかしら」
「だいぶご機嫌斜めだね、ルチア」
「当然よ!」
私は行儀悪くチキンのソテーにぶすっとフォークを突き立てる。
「あの手の輩のせいで各国の神殿から神聖王国にまで『聖女に婚約者を横取りされた』って苦情が入ってくるのよ!」
「聖女が関わっているかもしれない、となるとうちが対応せざるを得ないからね。けれども、その婚約者を横取りした『聖女』はことごとく偽物だったと」
そう言いながらジェラルドがアサリのパスタを取り分けてくれる。
「そう、全部浮気男が『聖女』って言っているだけ。相手の横取り女はせいぜいちょっとした治癒能力があるくらいで、一番下の一つ星に足りる聖力すらなかったのよ」
この大陸ではウェストミア神聖王国が承認して初めて聖女と名乗れる。聖女候補となる女性が現れたら、大陸に張り巡らされた神殿のネットワークを通じて神聖王国に知らされる。そして、神聖王国の神職が聖女候補の女性と直接会い、そこで初めて聖女か否かを判定するのだ。そして聖女であればその強さも判断される。聖女の力は星の数で表現され、その数は一つ星から九つ星まで。星の数が多い方がより強い力を持つ聖女だ。おおざっぱに二つ星で小国全域に結界を張れるくらい、四つ星でそれなりの大国を結界で覆えるくらいの力となる。ここコヴィントン王国であれば三つ星の力があれば全域を難なく守護結界で覆えるだろう。八つ星や九つ星になるとその力も思考も人間離れしてきて、もう半分女神みたいなものだ。ふと、祖国にいる癖の強い人間離れした親族の顔が脳裏に浮かんだ。
「ニコラス王太子もアンナを聖女候補って言うだけにとどめてくれていれば、聖女判定を行うだけですんだのに。余計な手間だわ」
しかしニコラス王太子達は『聖女』と断言してしまった。この大陸の聖女を統括しているウェストミア神聖王国としてはこれを見逃すわけにはいかない。力も品格もない輩が聖女と名乗ることを許すことはできない。偽物の芽は摘まなくてはいけないのである。
婚約破棄劇場は終始王太子達の雑な言い掛かりと、それを退けるアンジェリカの構図で進められた。アンジェリカに言い負かされるたびに、男性陣はどんどんヒートアップしていき、そしてとうとうじれた王太子がこんなことを言い出した。
「ふん! なんとでも言え!! 俺はこの聖女アンナと真実の愛を見つけたのだ!!!」
やっぱり出たか真実の愛。隣のジェラルドが遠い目をしている。この手の人たちってなぜ皆同じようなことを言うのかしらね?
「ジェラルド、私は準備ができたわ? あなたはどう?」
「僕も準備は万端だよ。行こうか、愛しの我が聖女」
私は自身を証明する七つの青い石がはめ込まれた銀のロザリオを首にかけ、ジェラルドの手を取った。
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婚約破棄劇場への突然の乱入者に、劇場の役者達はずいぶんと動揺しているようだった。
「な、なんだ貴様らは!」
役者達の中でひときわ大柄な男性―騎士団長の息子がなんとか声を張り上げたが、ジェラルドが睨み付けて黙らせた。
そして観客の貴族達の中には私たちを見て跪くものが現れる。きっと彼らは信仰心の厚い者達だろう。
この大陸を治める神は2柱、屈強な身体を持つ成人男性の姿をした男神と慈愛に満ちた美しい少女の姿をした女神だ。ジェラルド達聖騎士は男神の加護を受け、人々や国を護るための力を得る。一方、私をはじめとする聖女は女神から祝福を受け、民や国に繁栄と平穏を与えるのだ。そして2柱の神は大柄で逞しい男神が小柄で愛らしい女神を片腕で抱きかかえた仲睦まじい姿で描かれる。私とジェラルドはその神々の絵姿に倣い、ジェラルドが私を片手で抱き上げた状態で婚約破棄劇場の舞台に歩みを進めたのだ。演出のために私がちょこっと魔法で後光を照らしたりしているので、余計に神々しく見えるはずだ。
そして舞台の中央に進むとジェラルドはよく通る声で宣言した。
「コヴィントン王国の者ども控えよ! こちらのお方はウェストミア神聖王国第三王女にして七つ星の聖女であらせられるルクレツィア・セッテ・ウェストミア王女である! 此度の婚約破棄騒動において見過ごせぬ罪過が認められた。故に我々はそれを裁かねばならない!」
婚約破棄を叫んでいた男性達と桃色髪の令嬢は何が起きたのかわからない様子でおろおろしている。一方、婚約破棄を言い渡されていたアンジェリカ・メンドシーノ公爵令嬢は顔が青白くなっており、よく見ると身体も小刻みに震えている。王太子達の断罪よりもまずこちらのケアをしなければいけなさそうだ。ジェラルドに言って降ろしてもらうと、私はアンジェリカの元へ歩み寄る。すぐに彼女は最敬礼をとり顔を伏せた。
「アンジェリカ・メンドシーノ公爵令嬢、顔を上げて」
アンジェリカはゆっくりと顔を上げる。その表情には明らかに恐れが見える。私は努めて優しい声で彼女に話しかけた。
「恐れなくていいわ。私たちはあなたの味方よ。あなたを断罪するつもりはないの」
そう伝えるとアンジェリカの表情が少しだけ和らぐ。
「ただ1つだけ、あなたの意思を確認したい。あなたはニコラス・コヴィントン王太子との婚約継続を望む? それとも望まない?」
アンジェリカはよく通る声ではっきりと答えた。
「いいえ、望みません」
その言葉を確認すると私は聴衆に告げた。
「七つ星の聖女、ルクレツィア・セッテ・ウェストミアの名においてニコラス・コヴィントン王太子とアンジェリカ・メンドシーノ公爵令嬢の婚約が解消されたことをここに宣言する! また、アンジェリカ・メンドシーノ公爵令嬢に瑕疵はないことを証明する! 婚約解消の原因はニコラス・コヴィントン王太子の不貞によるものである!」
「か、勝手なことを抜かすな!」
ああ、やっぱり突っかかってきたかニコラス王太子。
「アンジェリカはこのアンナを虐げたのだ!!」
「それが雑な冤罪であることは私たちだけでなく、この会場の皆が理解しているのではなくて? アンジェリカ嬢は自身で身の潔白を証明したわ。つじつまが合わないことを言っているのはあなた方よ」
「聖女を虐げることは大罪だろうが! 貴様が聖女であるなら理解できるだろう!!」
「そもそもそのアンナとやらは聖女ではないのだけれど」
あら、なぜ呆けたような顔をするのかしら? 通じなかったかしら。
「だから、そのアンナとやらは聖女ではないのだけれど」
ニコラス王太子の表情は驚愕に歪んでいた。
固まっている王太子を横目に私はアンジェリカの手を取り、ジェラルドのそばに戻る。ジェラルドにはアンジェリカも護衛してもらわなければならない。
「あなたはジェラルドのそばを離れないで。ジェラルド、アンジェリカ嬢もよろしくね」
「もちろん、我が聖女」
そんな会話をしていると王太子が叫んだ。
「嘘だっ!!」
突然大声を出されたものだから驚いてしまった。私が驚いたのを察知してジェラルドの纏う空気が剣呑なものとなる。いきなり王太子に斬りかかられても困るのでなんとかジェラルドをなだめる。
「アンナが聖女ではないなどとは嘘だ! アンナは俺の傷を癒やしてくれたのだ!!」
ああ、そういうこと。アンナを聖女として担ぎ上げてどうこうするというよりは、本当に彼女を聖女だと信じ込んでいたのね。
「ニコラス王太子、多少の治癒能力だけでは聖女として認められないわ」
「アンナは身体の傷だけでなく俺の心の傷も癒やしてくれたのだ!」
「残念ながら、聖力で心の傷は癒やせないのよ」
「彼女は俺に寄り添ってくれたのだ。ありのままの俺を見てくれた」
「あなたにとっては聖女のように見えたのかもしれないわね」
「そして俺に愛をささやいてくれたのだ! 好きだと言ってくれた!!」
「ただののろけじゃない」
「愛しているぞアンナ!!」「ニコラス様ぁ!!」
突然抱き合うニコラスとアンナ。私は何を見せられているのかしら。ジェラルドはブリザードを吹き荒れさせているし、アンジェリカからは表情が落ちている。ニコラス王太子とアンナの後ろでは神官長の息子と騎士団長の息子が何やらぼそぼそと話し込んでいるが、その内容は聞き取れない。東の公爵家の息子と宰相の息子はおろおろと動揺するばかりだ。
しかし、ニコラス王太子の様子を見る限り、悪意を持ってアンナを担ぎ上げたというよりは、勘違いと思い込みが原因のようだ。そうであれば多少の情状酌量の余地あるかもしれない。ところがそんな考えはすぐにぶち壊された。
「ニコラス殿下、ここは俺たちにお任せを」
「我々があの不埒な者どもからお守りします」
ずいと前に出てきたのは騎士団長の息子と神官長の息子だ。そして神官長の息子がとんでもないことを言い放ったのだ。
「お前のようなちんちくりんが神聖王国の王女だとか聖女だとかありえぬ。アンナ嬢こそが正しき聖女である。貴様は偽聖女だ」
「今なんと?」
「貴様は偽聖女だと言ったのだ」
まさか私が偽聖女呼ばわりされるとは。あとさりげなくちんちくりんって言ったのも聞き逃してないからね。
「神官長のご子息―お名前はヨハネスだったかしら? 私が偽聖女だとは聞き捨てならないわね」
「聖女は他の聖女の聖力を感知できると聞く。だが貴様はアンナ嬢の聖力を察知できている様子がない」
「アンナ嬢が聖女というのがそもそも間違いなのだけれど」
「もともと彼女は東方の辺境の神殿で治癒士として働いていたのだ。そして2ヶ月前、この国を疫病が襲ったとき、彼女は聖女として目覚め、その治癒の能力を大きく開花させ、多くの民を救ったのだ」
「ああ、それ私のせいね」
確かにこの国は2ヶ月前に疫病に襲われた。実はウェストミア神聖王国でこのコヴィントン王国が疫病に襲われることが予知されており、私とジェラルドがこの国に来たのは疫病が蔓延するのを防ぐためだった。そして予知の通りこの国で疫病が発生し、私が対処したのだが。
「疫病を完全にないものにするのは難しそうだったから、それをちょっと強い風邪程度まで弱めたのよ。さらに加護でこの国の治癒士の能力を底上げして、各地の重症者に対応できるようにしたわ。その時の加護がアンナ嬢に効いたんじゃないかしら」
「ハハハ! まるで自分の手柄のように話すじゃないか。だが、アンナが聖女に目覚めてからこの国に祝福が訪れたのだ! 疫病が消えただけでなく、日照り続きだった大地には恵みの雨が降り、作物は豊かに実り渇きや飢えで苦しむ民はいなくなったのだ」
「あら、私の祈りはよく効いたみたいね」
私とジェラルドがこの国にやってきた時、この国は旱魃に見舞われていた。農地は荒れ、人々は皆痩せ細っていた。こんなところに疫病が来たらひとたまりもない。そしてこんな状況ではこの国で活動する私たちもろくに食べられやしない。腹ぺこでは力が出ないしなにより悲しいのだ。私が土地再生と豊穣の祈りを捧げないという選択肢はなかった。
「少しばかり土地の再生と豊穣の祈りを捧げておいたわ。私が勝手にやったことだから気にしないでね」
「誰が気にするか! ならばこの2ヶ月間魔物が出なくなったのも貴様の力だというのか!」
「それも私ね。勝手だけれどこの国全体に守護結界をかけさせてもらったわ。魔物に襲われても困るし、何より疫病を外に広められるのは防ぎたかったから」
神官長の息子―ヨハネスが身体を震わせている。もしかして私の力に驚いてしまったのかしら。素直に認めてくれれば、先ほどの偽聖女発言を“私は”聞かなかったことにしてもいいけれど、ジェラルドや私の視覚を通じて見ているであろう本国が許すかしらね。
「するとなんだ。貴様は疫病を弱め、渇きに喘いでいたこの国に恵みの雨と豊穣をもたらし、さらには守護結界をこの国全体に張っているというのか?」
「そうなるわね。褒めてくれてもいいのよ?」
私はない胸を張って見せた。
本当は数人の聖女でやる仕事だったのだが、コヴィントン王国がウェストミア神聖王国からの聖女の受け入れをギリギリまで渋っていたせいで、準備が間に合わなくなってしまい、急遽、力の強い私がこの国に来ることになったのである。最上級の力を持つ七つ星の聖女と称される私でも相応に大変だったのだ。だから感謝されこそすれ、偽聖女呼ばわりされるのはとても心外なのだが。
「お前のようなちんちくりんにそんな力があるわけないだろうが!」
ヨハネスはどうあっても私が力のある聖女だと認めたくないらしい。おまけに繰り返し私をちんちくりん呼ばわりしてくる。確かに16歳の割には小さいのだが、大勢の前で言われるようなことではない。
「落ち着けヨハネス」
今まで黙っていた騎士団長の息子が前に出てきた。
「こいつらは偽聖女と偽騎士なんだろう? ならば切り捨ててしまえばいいじゃないか」
そういうと騎士団長の息子は剣を抜いた。
「聖女の名を騙った罪、この俺様が裁いてくれ・・・」
騎士団長の息子が言い終わる前に、ジェラルドが彼の両腕を切り落としていた。血が全く出ていないのは切り落とした瞬間にちょっとした治癒魔法で切り口を塞いだのだろう。なかなか器用なことをする。
「我が聖女に剣を向けることを許すわけがないだろう。馬鹿かこいつは」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーっ!」
騎士団長の息子が遅れて悲鳴を上げた。傷をかばおうにも両腕が落ちているのでそれも出来ず、膝を折って蹲る。
私はそれを見てとあることを思いついた。
「ヨハネスとやら。もし私がこれの腕を元通りにしたら私が聖女だと信じてもらえるかしら?」
「はっ! やれるものならやってみろ」
「そう」
私はジェラルドを伴って騎士団長の息子に近づく。
「ルチアは優しいな。こんなクズにも慈悲を与えるなんて」
「そういうつもりじゃないわ。わかりやすいデモンストレーションが出来そうだから利用するだけよ」
「そういうことにしておくよ。おいお前、動くなよ?」
ジェラルドが叫んでいる騎士団長の息子を動かないよう押さえつける。私は騎士団長の右肩に両の手のひらをかざす。
「おい、ちぎれた腕はそこに転がったままだぞ。まさか腕を新たに生やそうというのではないだろうな! 馬鹿め!! 欠損した身体を聖女の力で生やすことなどできん!!」
ヨハネスが後ろで騒いでいるが気にせず力を送り込む。私の両手から光が出て騎士団長の息子の肩を包み込み、徐々に腕の形を形成していく。やがて光が収まると切り落とされたはずの右腕が姿を現した。
「そうそう、指が完全に復元されていないのはわざとだから。親指と人差し指の2本あればペンと食器くらいは持てるでしょう? あなたのような人に再び剣を握ってほしくないから他の3本の指は諦めてね」
「お前は我が聖女に剣を向けた大罪人でありながら、ここまでの慈悲を与えられたのだ。感謝するんだな」
「あ、ああ・・・」
騎士団長の息子はすっかり怯えてしまい、まともに声が出せないようだ。
「さてヨハネス、身体欠損を治して見せたけれども、これでも私が偽聖女だと? ああ、あなたはそちらのアンナが聖女だと信じていたわね。ならば。アンナとやらに彼の左腕を治してもらってはいかが?」
アンナに話を振ると彼女は王太子の横でぶんぶんと首を横に振って、出来ないという意思表示をしている。存外素直な子のようだ。ニコラス王太子も顔面を蒼白にして震えており、こちらも何かしてくる様子はない。私はヨハネスに向き直る。
「ヨハネス、何故黙っているのかしら?」
ヨハネスは震えながらゆっくりと後ずさる。私は抑えていた聖力を解放しながら彼に近づく。
「あなたは散々私のことを小さいと馬鹿にしたけれど、私はこれでも16歳なのよ? そして年の割に小柄で幼くみえるのは私が高位の聖女だからなのだけれど、あなたは我が神聖王国に連なる神官なのだから聖女の事情は知っていなければいけないでしょう?」
聖女は10歳頃を境に聖力を優先的に成長させるようになるため、身体の成長が遅れるのである。力が強いほどその影響は大きい。三つ星くらいまでなら多少若く見える程度に収まるが、五つ星以上になると明らかに差が出てくる。七つ星の私は人一倍せっせと食べても聖力の成長に持って行かれてしまい、なかなか身体が成長しなかった。おかげで16歳のはずだが12歳くらいにしかみえないといわれてしまう。そしてこのことは神聖王国の管轄下の神殿には書物でしっかり周知されている。主たる二柱の神を祀り、その愛し子たる聖女を守る神殿の関係者であれば、当然学び知っていなければならないことなのだが。
「ヨハネス、あなたに主たる神々を祀り、愛し子である聖女を守る知識と力は備わっているのかしら? 私にはあなたが知識を得ることもせず聖力を鍛えることもせず、享楽に耽っていたようにしかみえないのだけれど」
ヨハネスの衣装は神官としては悪い意味で華美なものだ。無理な清貧を強要するような教義はないが、無駄に派手な装飾が施された法衣はただただ悪趣味だ。妙に大きい宝石がついた指輪をいくつもはめてるのもいただけない。そして一番残念なのは体型が全体的にたるんでおり、若いはずなのに腹が出ていることだ。おかげで彼の容姿はどう見ても悪徳神官にしかみえない。
「ヨハネス、あなたは正しい聖女の聖力もまともに感知できない落ちこぼれ神官だけれども、流石にこの近距離でここまで強い聖力なら感じ取れるわよね?」
ヨハネスの顔に浮かんでいるのは憔悴か恐怖か。目を大きく見開き、鼻の穴も開き、口は何かを発しようとしているが声になっていない。
私はそんなヨハネスの足下に魔方陣を展開させ、ヨハネスを捕らえる。
「ヨハネス、最後に問うわ。今この場にいる正しき聖女は誰?」
私はヨハネスを見上げるようにして問いかける。捕らえられたヨハネスは顔を背けようとするができない。得体の知れない怪物を見たような表情をこちらに向けている。
「答えられない、か。今この場にいる最も罪深き者は、聖女と祭り上げられたアンナでもなければ、アンナを聖女と信じ込んだニコラス王太子でもない。ましてや狼藉を働いた騎士団長の息子でもない。最も罪深き者はお前よ、ヨハネス」
私は魔方陣を起動させる。それは罪を犯した神職を裁く神聖王国でも一部の者にしか伝わらない秘術だ。そして、私はヨハネスの罪を読み上げていく。
「ヨハネス。お前は我が神聖王国に連なる神殿に勤める神官でありながら、聖女ではない者を聖女と祭り上げ、この国を混乱させた。正しく神々の教えを説かねばならぬはずのお前の口から出るのは虚言妄言ばかりだ」
「更にお前は正しき聖女を偽物と断じた。その目は真偽を見分けられぬ節穴だ」
「お前の行いは神官として許されぬ。ゆえに神々から賜りし奇跡の力もお前には相応しくない」
怯えきったヨハネスが何かを発しようとしたが、それは声にならなかった。
「何もかももう遅い。虚言妄言ばかり吐くお前の口は必要ない、真偽を見分けられぬ節穴のごときお前の目は必要ない、そして神官として相応しくないお前に神々の奇跡の力も必要ない、よってそれらを全て神々に返却する」
魔方陣が輝きヨハネスから言葉と視力と聖力を奪っていく。ヨハネスから奪われたそれらは金色の輝きとなって天に昇っていく。
やがて魔方陣は光を失い、その役割を終えた。後には力なく横たわったヨハネスが残された。今後彼の目は光を映すことはなく、喉が音を発することもないだろう。聖力も失われたから奇跡も魔法も使えなくなった。ヨハネスは聖女直々に罰を与えられたことになり、次の神官長になるどころか、ただの一神官ですらいられないだろう。
「お疲れ様、ルチア」
力を使って消耗した私をジェラルドが抱き上げてくれる。だがまだ終わりではない。
「まだニコラス王太子とアンナが残ってるわ。そちらに連れて行って」
ジェラルドに抱えられてニコラス王太子とアンナの方に向かうと彼らはひっと後ずさる。
「あなたたちも聖女の詐称に加担しているから、無罪放免とは行かないのよ。特にニコラス王太子。あなたは王族の身でありながら偽りの聖女を担ぎ上げたのが致命的だわ。ウェストミア神聖王国は偽聖女をたてた国を認めることはないし、神々の守護を分け与えることもしない」
「は、はは・・・そんなものなくたって」
「それ以上はやめなさい。取り返しがつかなくなるわ」
私はジェラルドに目配せをする。
「これ以上いらないことをしないように拘束させてもらうよ。余計なことを言わないように発言も制限する」
ジェラルドがニコラス王太子の足下から光の鎖を出現させ、彼の身体を縛っていった。
「ここで私が見た出来事は本国に伝わっているの。そういうことが出来る子がいるからね。なので余計なことは言わない方がいいわ。とりあえず、確定的で近い未来を告げるとまもなく本国から高位の神官がやってきて、コヴィントン王家の終焉を告げることになるわね。この国は東西の2家の公爵家があるから・・・東の公爵家の令息がこの騒動に関わっていることを考えると西のメンドシーノ公爵家が次の王家になるかしら」
アンジェリカの方を見ると普段は表情を露わにしないようにしているであろう彼女も驚きを隠せない様子だった。無理もないだろう。ニコラス王太子は拘束され発言も制限されているため、フガフガ言いながらもがいている。
東の公爵家の息子と宰相の息子は膝をついて「どうかお許しください」と頭を床にこすりつけている。あれって、東方の国々で伝わる土下座というやつかしら? 何はともあれ残りの男性2人が何かしてくる様子はなさそうなので安心する。
「そちらの二人に私たちが何かすることはもうないけれど、この後の面倒から助けることも出来ないわ。自分たちの力でなんとかしなさい」
彼らにも婚約者がいるから、その婚約の始末もつけなければいけない。そしてこの後の王家の交代劇で国がゴタゴタするから、彼らも含めこの国の貴族は色々と忙しく動かなければいけないだろう。そう考えると彼らの家の当主はやらかした息子を放り出すよりはたっぷり締め上げてこき使う方向に行くんじゃないかしら。
「最後にアンナ、あなたね」
「ひっ!」
桃色髪の少女の名前を呼ぶと彼女はわかりやすく怯えた。王太子の横にぶら下がってアンジェリカを見下していたときのような不遜さはもうない。
「あなたがこの騒ぎの中心で偽聖女なわけだけれど」
「ごめんなさい! ちょっと治癒能力があるからって調子に乗りました! ヨハネスに君は聖女だと言われていい気になりました!! でもでも、あたし自分が聖女かそうじゃないかなんてわからなかったんですぅ!」
顔中の穴という穴から液体を垂れ流しながら跪き、床を頭にこすりつけている。恥も外聞も投げ捨てたその姿はとうてい演技にはみえなかった。正直彼女を更に断罪して追い詰めるのは気が進まなかったが、偽聖女疑惑に加担してしまっている以上続けざるを得なかった。
「アンナ、あなたには2つの選択肢がある。1つは偽聖女として裁きを受ける選択。ただ、神の愛し子たる聖女を騙ったことになるから重罪は免れないわ。死罪になることだって珍しくない」
私が放った“死罪”の一言にアンナはひゅっっと息をのむ。神を騙った者に下される罰は重い。そして、その愛し子たる聖女を騙った者もほぼ同様である。さらに言えばすんなり死罪になるのは割とマシな方で、悪意があると認められた場合は苦しみながら生き続けるような苛烈な罰になることもある。ガタガタと震えながら泣いているアンナをこれ以上追い詰めても仕方がないので言わなかったが。
「もう1つの選択肢。あなた本物を目指してみる気はない?」
アンナがきょとんとする。
「つまり、本物の聖女を目指さないかってこと。今のあなたは聖女たる力は持たないけれども、治癒能力を使える程度の聖力はある。ならば神に仕え研鑽すれば、もしかしたら一つ星の聖女くらいの力は得られるかもしれないわ」
「わ、私は生きていて良いのですかぁ?」
「あなたが生きて償いたいのならこちらの道を選びなさい。そのためには神聖王国の修道院に入ってもらうことになるわ。修行のため異性との接触は控えてもらうけれども、それくらいは受け入れられるわよね?」
アンナはものすごい勢いで首を縦に振った。それを私は了承と捉える。
「ならあなたを修道院に迎えるよう手配するわね。ああ、入る前に私の妹に会ってもらうわ。その子に気に入られないと修道院には入れず重罰まっしぐらだから、変なことしないようにね」
「ひゃ、ひゃい!」
まあ、あなたの見た目は可愛いから多分大丈夫だけれど、と独りごちる。なにはともあれ、この国での私の役割は終わった。私はジェラルドに身体を預けた。
「お疲れ様、我が聖女」
ジェラルドの優しい声とともに、私は意識を手放したのであった。
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さてその後の話を少ししよう。
あの婚約破棄と偽聖女騒動はしっかりウェストミア神聖王国に生中継されていた。神聖王国は神の名を騙る者、そして神の愛し子たる聖女を騙る者を決して許さない。そしてコヴィントン王国の騒動は王族とその国の神殿関係者が揃って偽聖女騒ぎを公的な場で起こしたことが致命的となった。あの夜会で私が疲れて意識を手放した後、すぐにイザイア兄様が率いる本国の神官兵が転移ゲートを使ってコヴィントン王国に乗り込み、ニコラス王太子や神官ヨハネスをはじめ、偽聖女騒動に関わった者を捕縛していった。後からジェラルドに聞いたところによると、イザイア兄様は喜々として雷魔法を落としていたそうだ。ちなみにこの雷魔法、食らうととても痛い上に、体中の毛がチリチリになって情けない姿を晒すことになってしまうのだが、それ以外に身体に傷害を与えることはなく、命を脅かすことは決してないという安全なものだ。逆に言えば、いくら食らわせても相手は死ぬどころか傷つくことすらないから、心置きなく痛がらせ、怖がらせることができるという嗜虐趣味者にとっても優れた魔法である。
そんな魔法でお兄様がオラオラと王族貴族達をいたぶっていたら、許しを請うた複数の貴族の告発により、コヴィントン王国の王族と一部の貴族、神官長を初めとする王都の神殿関係者の癒着・腐敗が暴露された。寄進金の着服、詐欺まがいの寄付の徴収、食料の占有などでるわでるわ。疫病の流行が予言され、神聖王国から聖女の派遣の申し入れがされたにもかかわらず、ギリギリまで渋っていたのは、神聖王国に腐敗が発覚することを恐れたからだというから、なかなかに救えない。
結果としてコヴィントン王家は退位し、メンドシーノ公爵家が新たな王家となり、国はメンドシーノ王国として再出発することになった。旧コヴィントン王家ややらかした貴族達の処罰は新しいメンドシーノ王家と良識派の貴族達の手に委ねられた。
一方、神殿関係者には神聖王国の名で苛烈な罰が下された。旧コヴィントン王都の神殿は取り潰され、腐敗に関わっていた神殿関係者は身体を槍で貫かれ、旧コヴィントン王都の神殿跡に晒された。彼らは本来の寿命で命尽きるまで、苦しみぬくことになる。私が視力と言葉、聖力を奪ったヨハネスはその旧コヴィントン王都神殿跡地の管理人という名の体で囚われの身分となった。彼は本来の寿命が尽きるまで旧コヴィントン神殿跡から出ることはできず、飢えようが、病に冒されようが、身体が傷つこうが死ぬことはできず、同胞の苦しみと恨みの声を聞きながら寿命が尽きるまで生き続けることになる。
偽聖女騒動から1ヶ月と経たないうちにコヴィントン王国はメンドシーノ王国に名を変えた。中はまだゴタゴタしているが、ここまで迅速な王家の交代劇がなされたのは、騒動が神聖王国、そして大陸中の王国、神殿に生中継され、その対応が異例の速さで進められたためだ。
そして生中継を仕掛けた張本人が今、私の前でゆったりとお茶を飲んでいる。
ファウスティーナ・ノーヴェ・ウェストミア、私の妹でウェストミア神聖王国第四王女、そして弱冠12歳ながら聖女としては最高位となる九つ星の称号を有する少女だ。
「はぁ、お姉様格好良いですわ・・・」
先の断罪劇の映像を見ながらうっとりしている彼女は、幼さの残る年相応の少女にしか見えない。言われなければ彼女がこの大陸全体に及ぶ強大な力を持つ聖女だとはわからないだろう。最高位の九つ星の聖女である彼女は、この大陸にいる全ての聖女の視覚と聴覚を共有できるというのだから、この時点で割と人間離れしている。
「ねえファナ、何もコヴィントン王国の騒動を大陸全土に中継しなくても良かったんじゃない?」
「何を仰います! ルチアお姉様の素晴らしさは全人類に知らしめられなければいけませんわ!」
ふんす、と鼻息を荒くしてファウスティーナは主張する。可愛らしいこの妹はとても私を慕ってくれており、それはとても嬉しいのだが、時々その愛情が重く感じることがある。
「この映像だっていつもルチアお姉様に張り付かせている4体の精霊を使って、ルチアお姉様の可愛く格好良いお姿を美しく記録に残した至高の一品ですわ。ですので、この大陸全ての王族・神殿に共有するのは当然のことですの」
「いつの間に4体も精霊を張り付かせてたの?」
「あら、ルチアお姉様はこの大陸の至宝ですもの。お守りするのは当然のことです。後世に残す記録にはやはりルチアお姉様のお美しい姿を収めねば」
彼女の守るという言葉に嘘はないのだろうが、明らかに記録映像を撮る方に重きが置かれている。ただ、私の護衛にはジェラルドがしっかりついているので、それでもいいのだろう。
「ルチアお姉様の感覚を共有するのもそれはそれで素晴らしいのですけれども、それだとルチアお姉様の美しく可愛いお姿が見られなくて」
「私との感覚共有が素晴らしいって言うのは、私の力が強いからその分視覚も聴覚もより明瞭に得られるという意味でいいわよね?」
そうだと言って、と願ったが、ファウスティーナは何も言わず、頬をほんのり赤らめてもじもじするだけだ。この子、絶対私のプライベートも覗いていそうだ。しかし追求してものらりくらりと躱されそうなので私は話題を変えた。
「ところで、アンナはどうしているの?」
「コヴィントン王国から連れてきた桃色髪の可愛い子のことですね。その子なら私の修道院で真面目に贖罪の日々を過ごしておりますわ」
あの騒動の中心となっていた偽聖女アンナはあの後、ファウスティーナの運営する修道院へ連れて行かれた。そして無事アンナはファウスティーナに気に入られ、修道女として迎えられたのである。偽聖女騒動の罪を償うという名目があるので、しばらくは外には出られないが、彼女の生命が脅かされることはないだろう。
「そう、アンナのことを気に入ってくれたようで何よりだわ」
だって、この子が気に入るだろうから私はアンナを連れてきたのだもの。ファウスティーナは可愛いものが大好きだ。彼女の自室には所狭しとぬいぐるみが置かれているし、別室には彼女のコレクションした人形が博物館のごとく収められている。お気に入りのドレスもリボンやフリルをたくさん使って飾り付けられたものだし、なんなら彼女が普段着用する聖女の衣装も派手になりすぎない程度に可愛らしくリボンがあしらわれている。ファウスティーナの可愛らしい聖女服のおかげで聖女を目指してくれる年頃の少女が増えたのは喜ばしいことなのだけれども、彼女の好きな可愛いものはこれにとどまらないのが問題だった。彼女は“可愛い人”も好きなのだ。そして主に“可愛い少女”を修道院の運営者の立場を存分に使って集めているのである。
「私の可愛い妹たちをお世話する子も可愛い方がいいですし、もし彼女たちが真摯に務めてくださるのなら、新しい妹として迎えますわ」
ファウスティーナが“妹”と呼ぶのは聖女のことである。この子にとって聖女達とは妹のように愛すべき存在なのだ。このあたり、女神の現し身と言わしめられる最高位の聖女であるゆえか、その感覚は人のそれより女神のそれに近い。ちなみに私も妹なのかと問うたところ、「お姉様は私の最愛のお姉様ですわ」という答えが返ってきた。私は例外らしい。
そして、まだ引き返せる程度のやらかしをしてしまった可愛い令嬢を引き取るのも彼女の楽しみの一つである。アンナはまさにこの対象だった。彼女が自分で「私は聖女である」と嘯いていたら駄目だっただろうが、実のところはヨハネスに祭り上げられて浮かれていただけだった。そしてしたことと言えばニコラスを筆頭に頭の緩い令息を誑かした程度。そのため、ファウスティーナにより彼女はまだやり直せると判断された。アンナはヨハネスにだまされて担ぎ上げられたという体になり、その罪の多くはヨハネスが被ることになった。アンナは贖罪のため修道院入りしたのだが、ファウスティーナを初め、先輩聖女達に存分に「愛を与えられて」いるのだろう。
「あの手のことを起こす子は本来与えられたはずの愛情が足りていないのですわ。だから殿方に愛を求めるのですが、満たされなければ次の殿方、またその次の殿方へ求め続ける。可愛そうな子なのですわ。ならばやり直せるなら愛で満たして救ってあげるのが、私の使命ですの」
それっぽいことをもっともらしく言っているんだけれど、何故か響かないのは気のせいだろう。
「いかがわしいことはしていないよね?」
「神に誓って決して」
そこまでいうならそうなのだろう。添い寝くらいまでは多分しているんだろうけども。
「私、とても良いことを思いつきましたの」
「どうしたの?」
ファウスティーナがとても嬉しそうな表情を私に向けてくる。
「ルチアお姉様は各国の聖女絡みのトラブルを解決する。私はやらかした可愛いご令嬢を保護する。とても良き良きですわ」
いや、良き良きじゃないから。
「ルチアお姉様、頑張ってくださいね!」
頑張れじゃないわよ!
私は心の中で叫んだ。だがこの時点で既に遅かったのかもしれない。
私はその後、聖女達の聖女として大陸中の聖女絡みのトラブル解決にかり出されることになる。そしてそれを妹が『七つ星聖女ルクレツィアの福音書』としてまとめ、大々的に出版することを。
『七つ星聖女ルクレツィアの福音書』が出版されてだいぶ経ってから私はファウスティーナに尋ねた。
「福音書ってこんな冒険譚みたいなものだったっけ?」
「気にしてはいけませんわ。お姉様の輝かしい活躍を読めることこそが福音なのですから」
よくある「お前は聖女である○○を虐げた! よって婚約を破棄する!!」という場面を、「本物」が見ていたらどうなろうかと考えて書いてみました。
最近、性悪聖女が蔓延っていて悲しいので、可愛い聖女のお話を書いていきたいところです。
『七つ星聖女ルクレツィアの福音書』は長編にできたらしてみたいなって。
読んでいただき、ありがとうございました。




