学園の屋上の後日談
私――バラクロフ伯爵家長女コーネリア改め、平民のコーネリアは、学園の卒業と共に、バラクロフ伯爵家と縁を切って王立魔法研究所に就職した。
あの告白の後しばらくは、国が大騒ぎになった。
バラクロフ伯爵家は無能を晒して信用をなくしたことで、社交界から孤立する羽目になった。
妹は相当な努力をしないと、良い縁談が見つからないだろう。
いい気味だ。
今までの私の人生を好き勝手してきたのだから、これから苦労すればいい。
今までのように私のせいにはできないから、現実を思い知って反省すればいい。
まあ、私の知っている妹なら、反省などせずに次の八つ当たり先を見つけることになるだろうけど。
両親はきっとお互いに責任を押し付け、そのうち妹を放逐するかもしれない。
何を今更、という感じだが。
一度社交界から干されれば、今のバラクロフ伯爵家は再起不能だろう。
子孫に恨まれるといい。
そして、子孫よ、頑張れ。
元婚約者のアロイス・ベルマー様は、学園卒業ともに分家の子爵家に養子に出されたらしい。
その後のことは表に出てこないので、まあ、きっと何かあったのだろう。
病気か、それとも事故か。
貴族の家名に泥を塗れば、待っている未来は真っ暗だ。
ベルマー侯爵家は名を落としたことで、どの貴族からも融資が受けられなくなった。
その結果、領地経営がうまくいかずに、伯爵家に降爵になった。
領地が減れば、負担も減るだろう。たぶん。
アロイス様と遊んでいたご令嬢は、中途退学の上、その後は表に名が上がらない。
そういうことなんだろう。
私はバラクロフ伯爵家と縁を切ったが、学園時代に築いた交友関係は、全てではないものの続いている。
そのため、貴族社会の情報も度々入ってくるのだ。
女性というものは噂話が好きなので、それなりの精度の話が良くも悪くも入ってきている。
彼女たちを見ていると、社交をせずに好きな魔法を研究できて良かったと心底そう思った。
あの告白劇が、本当の劇になって王都で披露された時は、流石に恥ずかしかったが。
まぁ、結果よければ全てよしとしよう。
多少の不利益は覚悟の上だったのだがら。
おかげで王立魔法研究所に就職できたので、総合的にはプラスだ。
王立魔法研究所に入所して二年は、主に先輩について研究の補助をすることが仕事だった。
空いている時間で自分のしたい研究をレポートにまとめて提出したら、三年目の去年から単独で研究室を貰うことができた。
一人研究室(補助がいない)だが、好きな研究ができることはすごく嬉しい。
今は、風魔法を用いた音の研究をしている。
音の反射で空間を把握する研究をしたり、魔物が好きな音や嫌いな音を研究して討伐に応用できないか試しているところだ。
……それらをさらに応用して、とある人から逃げているところなんだが……
「やあ、コーネリア嬢。」
……上手くいっていない。
「……エステリコール様、こんにちは。」
女性に騒がれる笑顔を向けてくるこの方は、ランディ・エステリコール侯爵子息。
王太子殿下の側近として有名な方である。
一年ほど前から、何故かこの方によく話しかけられる。
初めは偶然だと思った。
けれど回数が増えるごとに疑問が生じ、今ではすごく不気味なので避けている。
……ことごとく失敗しているが。
暇なの!?暇じゃないでしょう!?
あなた、王太子の側近じゃない!
心の中で叫んでも、現実は非情である。
会ってしまった以上は、相手をしなければ失礼だ。
「今日はどうされましたか?」
溜め息を飲み込んで、笑顔で問いかけた。
「先月提出された、音の反射ついて知りたくてね。」
「わかりました。研究室でお話しを伺いましょう。こちらへどうぞ。」
私はエステリコール様を自分の研究室に案内した。
もう数え切れないほど研究室で話をしているので、案内と言っても形だけなのだけど。
招かれざると言えどもお客様なので、お茶セットを用意して着席を促した。
私の研究室とは言っても相手は貴族の子息なので、扉は少し開けたままにしている。
何か言われた時の保険は、かけておくべきだ。
いくつかの資料を用意して対面に座ると、早速質問が飛び出してくる。
従来の風魔法は、切断や吹き飛ばすなどの攻撃にしか使われていなかった。
だから例の告白で風魔法を使った拡声は、魔法を使う関係者にとって画期的な方法だったのだ。
これを聞いて、私は風魔法に無限の可能性を見出したのだ。
先月提出したレポートは、風魔法を応用して音を拡散し、空間の把握を可能にする研究についてだった。
自分を中心に音を拡散し、反射してきた音の大きさ、距離、角度などから、周囲の空間に存在する物質を把握することができる。
室内だけでなく森や街へ赴き実験をして、把握した空間を絵や文字で書き起こした。
また、私以外の人も利用できるような訓練方法や、魔力量と空間把握能力の統計なども取っていた。
エステリコール様に資料を見せながら、一つ一つ実験の成功や失敗などを説明した。
「なるほど。魔力量だけでなく、緻密な魔力操作の腕も問われるのか。けれどそれも絶対ではない。どちらも得意であっても、失敗している者もいる。」
「その人たちの共通点の一つに、普段から方向音痴で空間の把握が苦手という者があります。」
「それは、興味深い。」
普段から空間把握が苦手な人や計算が苦手な人、絵を描くのが苦手な人など、いくつかの共通点が見つかって、大変面白い研究だった。
まだまだ奥が深い分野だと思っている。
「ありがとう、よくわかった。私はこれで失礼するよ。またよろしく。」
「いえ、お力になれて良かったです。」
……できれば、もう来ないでほしい。
よろしくしたくない。
本音を何重にも隠しつつ、エステリコール様を見送った。
エステリコール様の輝かしい最後の笑顔に、どうかにかこの平穏が続くようにと祈らずにはいられなかった。
――――――
「ランディ、どうだった?例の告白の君は?」
慣れた執務室に入室すると、我らが王太子、ルクセン殿下が揶揄うように問いかけてきた。
「告白の君って、もう数年前の話ではないですか。」
「だがあれがきっかけで女性の地位が向上したし、王都の民たちにはいまだに人気の劇だぞ?」
「確かにそうですが、本人が聞いたら頭を抱えそうですね。」
「まぁ、いい。それで?」
話を振ってきたのはルクセン殿下の方なのにと、思わなくもないが、本題の報告に入る。
今回コーネリア嬢に会いにいったのは、彼女が提出したレポートが、大変利便性のある研究内容だったためだ。
彼女の研究は当初からルクセン殿下の興味を引き、早々に接触命令が下された。
ルクセン殿下の読み通り、彼女の研究は今後国にとって重要な研究の一つになると、今回の件で確信した。
「音の反射を利用すれば、戦場の把握はもちろん、暗部が潜入する時の下見にも利用できますね。」
「だろうな。今まで風魔法は攻撃系魔法だと思っていたが、補助にも使えるらしい。やはり彼女には、私の専属研究員になってもらいたいところだな。」
「そうですね。このままフリーにしておくには、危険かと。」
「敵に利用されないよう、有象無象に潰されないように確保しておくか。」
「お任せください。」
――――――
「くちっ……誰かに噂されてる?」
何やら背筋に寒気がしたが、気のせいだろうか?
何も知らない私は、今日も好きな魔法を研究するのだった。
王太子殿下に確保されるまで、あと………………




